こいつらも……女なんだよな。
「もう、うるせえな。わかったから離れろよ……」
川田に足蹴にされ、藤本は床を転がる。
しかし、その表情は喜びにあふれていた。
「ひひ、わかってくれた? 俺にも紹介してくれる?」
「気持ち悪いよ、お前……」
川田がため息をついた。
「まあ、たしかにお前にもお世話係の女の子をつけようっていう話はあったよ」
「あった! あったのかい!」
藤本の声が上ずる。
床をはいずりながら近寄ろうとする藤本を、川田が伸ばした手で制止する。
「ああ……。でもお前ずっと意識がなかったじゃん。だから女の子を選ぼうにも選べなかったわけ。やっぱり適当に選ぶわけにもいかないし、お前と気が合うっていうか……好みのタイプだったりするほうがいいだろ?」
「うんうん、そうだね。じゃあ、いまから選ぼうか!」
「いや、そうじゃなくて、俺がお前の好みのタイプ知ってるから、代わりに選んでおいたの。その子達はほかの部屋で待機してもらってるから、ちょっと連れてくるわ」
そういいながら、川田はドアに手をかける。
藤本は満面の笑みを浮かべながらベッドに座りなおした。
髪の乱れもなおしている。
「よーし、そういうことかい! それなら待ってるよお!」
「っていうかさ、お前体調は大丈夫なのかよ? さっき意識戻ったばっかりじゃん」
「そういうのは大丈夫。ずっと寝てたからむしろ溜まってるよ。すっごい元気だから、もう、いますぐでも大丈夫!」
「なに言ってんだよ……。本当に気持ち悪いな……」
吐き捨てるように言って、川田は部屋を出て行った。
藤本はベッドに座ったまま、ぼんやりと視線を動かした。
壁にかけられた絵画を眺める。
そして、部屋のなかを見回す。
――やっぱり川田っていいやつだよな。
あらためて、そう考えた。
――どんな娘が来るんだろうな。
落ち着かない。
ゆっくりと、時間をかけてドアとベッドのあいだを往復した。
座ってままではいられなかった。
そして、そのときが来た。
ドアが開く――。
「待たせたな。この子達だ」
川田が部屋に入るよう促す。
あいさつよりも前、部屋の中に入ってくるよりも先に、藤本はまず最初に叫んでいた。
「おい、こいつらオークじゃねえか! 全員オークかよ! ふざけんなよ!」
オークたちはベッドの前にくると、3人が横に並び、前後2列になった。きれいな長方形を作っている。
そして、全員がまっすぐに立ち、藤本を見つめた。
訓練された動きだった。
ただのオークではない、という気配を漂わせていた。
オークたちが並んだのを確認して、川田は藤本にうなずいた。
「そう、オークだよ?」
「オークだよ、じゃねえよ! おい、なんでこいつら連れてきたんだよ! 帰れよ!」
「なんでって……? お前が呼べって言ったんじゃん。帰れとか……いきなりそんな言い方するのはかわいそうだろ……。なあ?」
オークたちは静かに目を伏せて、成り行きをうかがっているようだった。
「こいつらを呼べとは言ってねえよ! こいつら豚の化け物じゃねえか! なんでこうなるんだよ! ああ、もう、いろいろおかしいだろ!」
うまく言葉にできない苛立ちで藤本の顔がゆがんだ。
ベッドを叩きながら髪を振り乱している。
「なあ……川田、お前さっき人間以外にもいっぱい種族がいるって言ってたよな。エルフとか、獣人とか。なんでよりによってオークばっかり選んで連れて来るんだよ! これはどういうことだよ!」
「落ち着けって。そりゃあ種族はいっぱいいるよ。でも来るのを断られたんだって。この子たちはお前のこと気に入ったみたいだけど、ほかはみんな断ったの」
「断ったら殺されるってさっき言ってただろ。なら断るわけねえだろ!」
「いや、だからお前の顔を見て、これなら死んだほうがましだってみんな言うんだよ。そう言われたら、もうしょうがないじゃん。いまごろ全員処刑されてるだろうし」
「あのさあ、そんなこと言うかな……。自分の命がかかってるんだよ?」
藤本の顔には怒りを通り越して、笑いが浮かんでいた。
「実際、言ったんだからしょうがねえじゃん。俺も同じ立場だったら死んだほうがましだって思うよ?」
「うん、そうか……。俺はそんなにブサイクなのか……。わかった……。じゃあ、それはいいよ。あれはどうなったんだよ。俺の好みを知ってるっていうのは。お前、自信満々で言ってたよな」
「おお、こいつらお前の好みじゃんか」
川田の言葉に、オークたちがそわそわと落ち着かない様子で顔を見合わせる。
頬が赤くなっている。
藤本に流し目を送っているオークもいた。
「だって、こいつらお前の母ちゃんにそっくりじゃねえか。お前、母ちゃんのこと大好きだろ? なら母ちゃんにそっくりなこいつらは、お前のタイプってことだろ?」
「おい、うるせえよ! 母ちゃんの悪口言うなよ! 全然似てねえよ!」
「いや、似てるって。落ち着いて見てみろよ」
と川田がひとりのオークを前に歩かせる。
肩に手を置き、「笑ってみな」とやさしく促した。
はずかしそうに顔を背けながらも、オークは「ゴフッ」というくぐもった声をあげ、笑顔を作ろうとしている。
「な?」
「な、じゃねえよ! なにがしたいんだよ!」
「はあ……。なんかお前さっきから怒ってばっかりだな。なんでだよ?」
川田が不思議そうな顔をする。
「そりゃあ、怒るでしょうよ! こんなことされたら普通怒るよ! 考えればわかるだろ!」
「ん……ああ、そっか、そういうことか」
納得したように川田がうなずく。
「俺がいたら邪魔だもんな。なんか、そうだよな。俺もこういうところ友達に見られるの嫌だわ。恥ずかしいっていうか、知り合いには見せたくない部分だよな。……すまん。気づかなかった。俺は自分の部屋に戻る。あとは――」
オークたちを見て、ニカッと笑う。
「お前たちで楽しんでくれよ」
そういって川田は部屋を出て行ってしまった。
ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。
「おーい、川田。ぜんぜん違うぞー? そういう気の使い方しなくていいぞー? 間違ってるぞー?」
藤本はドアに呼びかけた。
「冗談だよな? 本当に部屋に戻ったの? どうするの、この状況? オークをおいてっちゃうの?」
ドアを開けてたしかめると、本当に廊下には誰もいない。
「なんだよ……。女の子を紹介してもらえるって言って、結局オークかよ……」
オークたちは藤本を見つめていた。
そこにあるのはにごった目ではなかった。
きらきらした、純粋な目だ。
「なんだよ……」
藤本はつぶやいた。
どうすればいいのかわからないのだろう。
オークたちはじっと立ちすくんで、藤本の言葉を待っていた。
藤本が帰れと言えば、オークたちは帰るのだろう。
オークたちの熱っぽい視線を一身に受けて、どういうわけか、藤本はその言葉を口に出せないでいた。
――でも、そうか、こいつらだって女なんだよな。
藤本の考えが伝わったのか、オークたちが顔を見合わせてはずかしがっている。
赤く染まる頬。
きらきらとした、つぶらな瞳。
服の上からでもらかる、柔らかそうな腹の曲線。
思わず手を伸ばしそうになって――。
藤本は、ゴクリとのどを鳴らした。
***
夜が深まっていく。
宮殿の住民は寝ているのだろう。
物音ひとつしない。
静かな夜だった。
月が明るく輝いている。
星の瞬く音が、聞こえてきそうだった。
静かな宮殿のなかでただ一ヶ所、藤本の部屋だけは様子が違った。
衣擦れの音。
押し殺した、囁き声。
――ギギィ。
ベッドが軋む。
ゆっくりとした体重の移動を思わせる音だ。
その部屋だけは時間の流れが違った。
まだ眠りの時間ではない。
普段の生活とは違うひととき。
眠りにつくまでの、夢の前の夢。
そこは現実とは別の場所。
現実を忘れて。
幻のように儚く。
夢のなかのような高揚感。
そこではそれぞれが生まれたままの姿をさらしている。
汗と体液が絡みあい、ひとつになる。
そう、そこで繰り広げられているのは、密やかで、しかし激しい――
「おおおい! お前ら男じゃねえか! なんでだよ! おかしいだろ! おいやめろって! 6人がかりってどういうことだよ! やめろよおおお!」
激しい、夢のような時間だ。
藤本の長い夜は、まだまだ終わりそうになかった。
ひとまずこういうかんじです。作者は異世界ファンタジーコメディーを書こうとしています。んー、やるだけやってみてます……。