世話焼き幼馴染に告白しました
そろそろだな。
俺――佐藤結城はベットの上で布団に包まりながら、時計を見ながら微笑んだ。
毎朝俺は6時45分頃に目覚ましも無く目を覚ます。しかし目が覚めても、俺はしばらく目をつむり布団から出ようとはしない。別に二度寝をしたいというわけではない。ただじっと待っているのだ。しばらくすると、たん、たん、と階段を誰かが昇ってくる足音が聞こえる。俺はそれを聞くと、思わず微笑んでしまう。
階段を上り終えたら、足音は俺の部屋に近づいてくる。そしてその足音は俺の部屋の前で止まり、
「ユウ君~、そろそろ起きないと駄目だよ~」
ノックもせず、そいつは俺の部屋に入ってきた。そして部屋に入ったそいつは俺がまだ寝ているのを見ると、はあっと溜息をついた。
本当はすでに起きているのだが、まだ俺は寝たふりを続ける。そうしていると、そいつは寝ている(ふりをしている)俺に近づくと、
「ユウ君~。ほらあ、早く起きなきゃ駄目だよ~。朝ご飯食べる時間だよ~」
言っている内容とは裏腹に妙に間延びしている声を出しながら、俺を起こそうと体を揺さぶる。その力加減は凄く優しく、ずっとされたら気持ち良くて逆に眠ってしまいそうだ。ずっと堪能したいが本当に眠ってしまいそうなのと、朝ご飯食べる時間が本当に無くなりそうなので、俺は目を開ける事にした。
「……桜、おはよう
「あ、ユウ君起きたね。おはよう」
目を開けるとその視界の先には、さっきから俺を起こそうとしていた――俺の幼馴染である桜の笑顔があった。もう出会って10年以上過ぎていて、お互い成長しているはずなのに、桜の暖かい笑顔は出会った時から少しも変わっていない。
「もう、早く起きてよね。早く着替えて下降りてきてよ。今日はフレンチトースト作ってるから」
「わかった」
俺が返事すると、桜は笑顔を浮かべながら俺の部屋を出ていった。
出会ってからもう10年以上経ち、初めて会った時も可愛いと思っていたが今ではさらに綺麗になった幼馴染。流れるような腰まで届きそうな黒髪。目は大きく、テレビに出るアイドルなんかより数段綺麗な顔はいつも笑顔を浮かべていて、高校では同学年はおろか先輩後輩も魅了させている。スタイルも良く、高い身長に他の女子達よりも肉付きが明らかに数段上で、一部の女子達からはお姉さまと憧れらえている。
そんな幼馴染が俺を起こしに来てくれるから――今日も、そして今後も俺は寝たふりを続けるだろう。
寝ている男の部屋に年頃の少女が出入りしているが、それについて咎めるような人間は、幸いなことにこの家にはいない。いや正確には、今この家に住んでいる住人は俺だけである。
両親はどこにいるのかと尋ねられたら、俺は黙って人差し指を天に向ける。
俺の両親は、俺が生まれた後二人揃って交通事故で無くなった。孤児になった俺を、親父の弟である叔父さんが引き取ってくれた。今住んでいる家は俺の両親が3人で暮らす為に買ったようで、俺が大人になったらその権利を俺に返すと言って叔父さんは俺と一緒にこの家に住んでいた。叔父さんは優しく、時に厳しく俺を育ててくれたが、俺が中学を卒業すると『もうお前も江戸時代なら大人だ。金は毎月振り込むから自活しろ』と言って叔父さんは仕事の為海外に行ってしまった。
昔から何の仕事をしているのか全くわからない叔父さんだったが、今まで俺の為我慢してくれてたんだと思うと少し寂しいが文句なんて無く、笑顔で空港で見送った。
そして叔父さんがいなくなってからのこの家だが……一まあこのように、毎朝桜が家に来るようになった。
桜は俺の家から数件離れた所に住んでいる、もう10年以上の腐れ縁が続く幼馴染だ。俺が初めて出来た友達であり、俺が一番信頼する幼馴染。明るく世話焼きな桜に、俺はどれだけ救われたかわからない。
叔父さんが家を出る前、俺が1人暮らしを始めると桜に話したら、
「ユウ君が1人暮らし! 大丈夫なの! 毎日一人で起きれるの?!」
桜は俺の一人暮らしに過剰に心配し取り乱した。別に今までも叔父さんとは家事を分担し、お金さえあれば一人でも問題無いのだが桜は大袈裟に騒ぎ、俺の心配をした。幼稚園児じゃあるまいし別に何ともねーよと言っても、桜は納得せず、
「ユウ君! 私毎朝様子を見に来るから!」
そう宣言し、桜は学校がある日は俺の家を突撃するようになった。
俺はすぐにベットから降りると、あらかじめ準備していた制服のズボンやワイシャツ、ブレザーを手早く着て、ネクタイを締める。下にいる桜を待たせるわけにはいかないしな。身支度を整えると、俺は鞄を持って部屋から出た。今日の朝食はフレンチトーストか、俺の好物だと少しニヤけながら階段を下りて行った。
居間に行きテーブルに座ると、台所から桜が表れて俺の前に出来立てのフレンチトーストとサラダ、牛乳を置いた。桜も俺の真向かいに座り、同様のメニューを自分の前に置いた。そして俺と桜は手を合わせると、
「いただきます」
同時にそう言って朝食を食べ始めた。叔父さんが家を出てからは、学校がある日は桜と一緒に朝食を食べる。夜は一人で食べている為、桜と一緒に食べる朝食は、俺にとってとても大切な時間である。
朝食を食べ終え、俺は自分の皿と桜の皿を回収し、台所で洗う。さすがに片付けまでを桜に任せるのは気が引けるしな。
洗い終わった後、鞄を持って玄関に向かうと出かける準備を終えた桜が待っていた。桜は俺を見ると、
「ちょっと待って。ユウ君ネクタイちょっと曲がってる」
しょうがないなあという顔をしながら桜は俺に近づき、俺のネクタイの位置を合わせる。俺に密着するように近づいた桜から、少し良い匂いがしてくる。
「もう、ユウ君出掛ける前にちゃんとしないと駄目だよ~」
桜が俺に注意するが、実は桜にこうしてもらいたくて俺はたまにワザとしている。至近距離で桜を見ることができるこの状況を、俺は少しでも楽しみたいのだ。
「よし、これで大丈夫だよ」
「ああ、サンキュ」
そんな俺の邪な考えを隠しながら俺は桜に礼を言うと、桜は柔らかく微笑んだ。
そして俺達は、一緒に家を出て、通っている高校まで一緒に歩いて行くのだった。
「――で、今日も桜に起こしてもらって桜が作った朝食を食べ、二人一緒に仲良く学校に登校したわけだな?」
「ああ、そうだがなんか文句あるか?」
「……文句はないが、少しはお前は自立した方が良いぞ」
「いやそれ文句だろ」
桜とはクラスは別な為、昇降口で別れた後俺は自分のクラスに入り席に座ると、健二から呆れた顔で俺に小言を言ってきた。
「だって桜が押しかけてるんだしよ」
「お前がきっぱりと家に来るなと言えばいいだけだろ。桜は昔からお前にお節介焼くが、お前もそれに甘えっぱなしは良くないぞ」
俺の言い訳を、健二はばっさりと切り捨てた。
健二は桜と同じ、俺の幼馴染だ。桜と出会ってから数年後、近所に引っ越してきた健二と、俺と桜はすぐに仲良くなった。昔からガタイが良かった健二だが、高校に入ってからは益々成長し、今では190cmを超えた、我が校きっての空手部のエース。そして頭も良く、学年で毎回5番以内をキープしている。正直健二ならこの高校よりももっと良い高校に進学出来ただろうが、俺と桜に合わせてこの高校に進学してくれた。ガタイも良く頭もよく、さらにこいつは爽やか系のイケメン面で、性格も兄貴みたいに人当たりが良いため、マジで女子達からはモテまくっている。ガチでリア充爆発しろと言いたい。
そんな健二だが、健二は桜が俺の世話を焼くのを、何故か昔から苦々しく思っている。
「わーってるよ。でもな……こう抗いたい物があるんだよ。つーか健全な高校生なら、相手が幼馴染でも女の子が毎朝起こしに来てくれて朝ごはん作ってくれるなんていう夢の状況を、自分から断るとか無理に決まってるだろ! お前にこの気持ちがわかるまい!」
「わかんねーよ。大体、相手が幼馴染でもってお前、桜だから断れないんだろうが」
俺が熱く言い訳しても、健二は冷めた目で俺に言い返した。
「お前も来年には高3になって、将来の進路考えないといけなくなるんだぞ。いつまでもガキじゃねーんだから、そろそろ大人になれ。もしかしてお前は大学生になっても、サラリーマンになっても桜に起こしてもらうつもりか?」
「……いやさすがにそこまで行ったら、もう、そのなあ」
「その、なんだよ?」
「いや……桜とは、幼馴染じゃなくてだな、一歩先のさあ」
恋人や、その俺の奥さんな関係に発展してないと駄目だよなと思うと顔が熱くなってきた。だって今はまだその言い訳出来るけど、大人になってもなら俺もそのままじゃいけないのはわかっている。
俺が顔を熱くさせながらもごもごしていたら、その様子を見ていた健二は大きなため息をついた。
「よし、ようやく完成した」
誰もいない美術室に俺の独り言が響いていった。部員が俺一人しかいない美術部所属の俺は、放課後次回のコンクールに出展する絵を描いていた。
無くなった俺の母が美術が好きだったのが原因なのかわからないが、俺は昔から絵を描くのが好きだ。もっとも、コンクールなどに応募しても賞などは取ったことない。でも絵を描くということが好きな俺は、挫けずに書き続けている。今回書いた絵は俺が今まで描いた中で一番自信があるものだ。今度こそな期待が生まれてくる。
そしてこの絵にはコンクールのため以外の理由もあって描いてきたのだ。二つの決意を込めて、今回この絵を仕上げた。自分が持てるすべての画力を込めて描き上げ、俺は満足して出来た絵を眺める。
大きく背伸びをした後、ふと窓の外の風景を見ると真っ赤な夕焼けが見えた。後もう少しで完全下校時間か。早く後片付けして帰るかと思っていたら、
「ユウ君ー、まだいるー?」
美術室入り口から、桜の声がした。
「え、はあ! 桜!?」
「あ、やっぱりまだいたんだあ」
突然の桜の出現に俺が驚愕していると、桜は嬉しそうな顔をしながら俺に近づいてきた。
「さ、桜!? 何でお前まだ学校にいるんだよ? お前帰宅部員だろう!」
「帰宅部だったけど、今期から私生徒会に入らされたって前言ったよ~。今日は仕事が溜まってたから帰るの遅くなってたんだあ。もしかしたらまだユウ君いるかなと思って来たの」
ああ、そういやこいつ見た目可愛いし面倒見とかいいから、皆から推薦されて生徒会副会長になったんだっけ。生徒会の選挙ってほぼ人気投票みたいなもんだから、圧倒的大差で当選したんだよな。同じ理由で健二も無理やり生徒会長にされたりもしたんだった。
「遅くまでご苦労様。部活頑張ってるんだね。あ、それ新しい絵? 見せて見せて!」
「あ、ちょっと待て! これは」
「未完成でもいいよ。どんな絵かな~」
俺が静止の声を出すも無視して桜は近づき、俺の絵を覗き込んだ。一瞬取り上げて隠そうかとも思ったが、まだ絵の具が乾いてないし乱暴に扱ってしまい汚れたり破れたらヤバいので出来ない。固まる俺の横で、桜は俺の描いた絵を眺めそして、
「え? これって……私?」
桜の口から、若干の戸惑いを含んだ声が漏れた。
何故なら俺が描いた渾身の力作の絵。その絵に描かれているのは――夕焼けを背に笑顔を浮かべながら佇む桜の姿があったからだ。
「ああ、勝手に描いて悪い」
「え? いや、そのいいけど……ちょっと照れるかな」
無断で絵のモチーフにしたことを桜に謝ると、桜は少し戸惑いながらも許してくれた。
「もうユウ君、別に言ってくれれば絵のモデルやったのに。こんな想像で書かなくてもちゃんと私は協力するよ」
「……ごめん」
「謝ることでもないよ。むしろ私を書いてくれて嬉しいかな。一生懸命、ユウ君は私を描いてくれたんでしょ」
そう言って、桜は俺に笑顔を向けた。
桜の背には窓から差し込む夕焼けがあり、偶然ながらも俺が描いていたのと同じ光景が、今俺の目の前にある。
それは俺が想像で描いた絵なんかとは比べ物にならないほど美しく、神聖な物に見えた。
そして、俺の中で何かが弾けた。
「桜」
俺は桜に声を掛けた後、ゆっくりと近づいた。
「桜、その絵なんだが……コンクールの為に描いたのもあるが、もう一つ別な意味もあるんだ」
「え、何それ?」
自分の姿が描かれている絵に特別な意味があるのが気になるのか、桜は俺の言葉に興味を持った。何か期待しているその桜の顔を見ながら、俺はありったけの勇気を振り絞って桜に言った。
「もっと心の準備が出来てから言おうと思ったんだけどさ、その絵を描き上げたら、俺は桜に大切な事を伝えようと決意してたんだ。桜には高校に入ってからは毎朝面倒掛けてるし、いや高校に入る前から桜は俺に色々してくれた。そんな桜に俺は毎日感謝していた。でも、感謝だけでなく、もう一つ桜に伝えたい事があるんだ。
――――好きです。幼馴染でなく、俺と今後は恋人として付き合ってください」
俺は顔から火が噴きだしそうなほど熱くさせながら、桜に告白した。
初めて会った時から抱き続けていた、俺の気持ちを今日桜にぶつけた。
桜は俺の告白を聞いて、驚愕の表情を浮かべた。今まで仲の良い幼馴染からの愛の告白。驚かない方が無理だろう。
桜は驚いた顔をしながら、小さく顔を俯かせた。そして胸に手を当てると、荒い息遣いが聞こえてくる。
まさか過呼吸になるほど驚いてるのか? と思ったが、俺はじっと桜からの返答を待つ。
毎日毎日俺の家に通い妻みたく親身にしてくれる幼馴染に、俺は新しい関係になりたい。桜は俺にとって一番大切な、愛する女の子なんだ。
しばらく俯いていた桜だが、ようやく気持ちが落ち着いたのか胸から手を離した。顔は緊張したままだが、真っ直ぐに俺を見つめ、そして口が開いた。
そしてそこから紡がれる言葉は
「ごめんなさい。ユウ君とだけは私付き合えない」
「……だから俺はあれ程口を酸っぱくして言ってただろ。ユウキを構いすぎるなって」
「う~、だって~」
生徒会室で作業をしながら、健二は呆れ顔で、桜は落ち込んでいる。他の役員達は別件でこの場にはいない。健二と桜しかいない生徒会室で、二人は大きなため息をついた。
「ユウ君、あの日以来私を家に入れてくれないんだよね……」
「お前だけじゃない、俺も拒否されている。完全にあいつ引きこもりになってやがる」
「どうしよう健二! ユウ君がこのままじゃ」
「あ~まあ、しばらくはほっとくしか無いだろう」
「そんな!」
「しゃーねーだろう。 マジで好きな女から『おめーとだけは無理!』って振られたんだから。しばらくはそっとしてあいつが自分から立ち直るのを待つしかないんだよ」
「う~、そんな~。心配だよ~。……あ~もう何でユウ君は私を好きになっちゃったの~。他にかわいい子とかいたでしょうに」
「……お前、それマジで言っているのか?」
桜の嘆きに、健二は半眼で桜を睨みつけた。
「10年以上も付き合いのある気心知れた美少女幼馴染で、高校に入ってからは毎朝起こしに行ったり毎朝一緒に登校したり、昼の弁当まで作ってあげたりしてたんだぞ。お前の行動は全力で男を落とそうとしていたとしか思えないんだが?」
「う~、例えそう見えても~」
「お前の気持ちは俺もよくわかるが、その気持ちはユウキに理解させることは出来ないんだよ、今のお前じゃ。お前のユウキに対する愛は、女としての愛じゃなく母親としての愛だってことをな」
苦虫を噛み潰したような顔で健二が言うと、桜は無言で項垂れた。
「……ユウキが生まれてすぐ、俺とお前は交通事故で一緒に死んでしまった。でも俺達は転生し、ユウキの幼馴染として生まれ変わった。その奇跡に俺達は感謝し、幼馴染としてユウキを正しく導こうと昔誓っただろう」
「……」
「母親としてユウキを育てて上げられなかった無念は俺にはよくわかる。だが、母親としてのお前は、もう無理なんだ。お前は今はユウキにとって異性の幼馴染にしかなれないんだよ。……それは俺も同じだ。どんなに思っても、あいつの父として接する事は無理だ。それにその役は……弟が立派に果たしてくれたからな」
そう言って健二は自嘲した。桜の気持ちは痛いほど健二もわかっている。でも、今の現世ではもうその役は自分達のものではないのだと理解している。
「立ち直るのを待とう。ユウキは俺達の大事な息子だ。必ず乗り越えてくる」
「……ええ、そうね。私達の子供だもの。ユウ君ならきっといつかわかってくれるよね」
健二は桜の肩に手を置き慰めると、桜は微笑を浮かべながらその手に自分の手を重ねた。
その後ユウキは何とか立ち直った。
しかしその後桜に進路の事を尋ね、桜から笑顔で『今度こそ好きな人と一生を添い遂げるの』と健二に永久就職すると伝えられると、ユウキはまた引きこもりになってしまった。
転生物読んでたら、こういう作品もありかな? とか思いながら書いてみました。