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守護の愛 ~悠久録~  作者: 沙羅魚
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第六章 刻印

挿絵(By みてみん)




 第六章 刻印






「父上、どうか此度の旅、琭葩を真耶まやに残してほしく存じます」

「は?」

「冰龍?」

「兄上!」




 一同が驚愕に声を上げた。中でも、当人である琭葩は、寝耳に水といった具合だ。




「ちょっと待ってください!兄上、なんで、俺を置いてなど…」

「考えれば、分かるだろう」

「そんな!兄上…そんなに……」

 



 琭葩は顔を伏せた。彼は、激情を抑えるために肩を震わせ、唇は強く噛みしめている。

 そんな弟に、冰龍は諭すような声で、名を呼んだ。



「琭葩」

「それほどまでに、兄上にとって俺は心もとないのですか!?頼りにならぬ弟なのですか!?」

「……」



 冰龍は、何も言わずに、弟の方に意識を向けているようだ。

 恋人を馬鹿にされた気分で、梓紗も声を荒げる。




「そうよ。いったい、何なのよ!そこまで琭葩に――…」

「……」

 


 冰龍は梓紗には視線を向けず、黙ったまま弟に視線を送っている。



「ちょっと!なにか言いなさいよ!」

「梓紗、お前は黙っていろ」



 梔昏の凛とした声が、梓紗の耳に届く。



「だって――っ!」



 梓紗は、言い返そうと兄へ振り返ったが、言葉を続けることは出来なかった。



「梓紗」



 梔昏は、常の彼からは想像出来ない眼光の鋭さを浮かべ、妹の次なる行動を制している。



「兄様」




 有無を言わさない、逆らうことは、赦さないという兄の強靱な意思がそこにある。流石さすがに梓紗も、その迫力には、屈せずにはいられなかった。



「冰龍」



 妹を黙らせると、梔昏が冰龍に向かって声をあげる。

 それに対し、冰龍は、弟に向けていた顔を梔昏へと少し反らせた。




「お前は大切な部分を省きすぎる。ちゃんと、説明を加えろ」

「……」



 梔昏の指摘に冰龍は肩をすくめ、少しの逡巡の後、長である父に向かって唇を開いた。



「琭葩を置いて行くことを進言したのは、族長の後継者候補である我ら兄弟が、二人とも、死地となるかもしれぬ場所へ赴くのは、真耶族まやぞくに支障があると判断したゆえにございます」

「あ」

「兄上…」



 その言葉に、冰龍の意思を心得ていた梔昏以外の全員が、ハッと息を呑む。



「俺が、琭葩の分も祝部として尽力致します。ですから、真耶まやのために、琭葩を置いていくことをお許しください」

「な、何を言っているんですか!」

「琭葩?」

「兄上。順番で言えば、兄であるあなたが、この真耶族まやぞくの族長になって然るべきではありませんか!」

「……そうはいくまい」

「なぜです?兄上は、昔から博識で、武にも優れておられる。昼間のあの戦士達に、指示を出す統率力からすれば、兄上が――」

「無茶を言うな」



 冰龍は軽く首を左右に振る。直後、彼は、頭まで隠す獣の毛飾りがついた仮面を外した。



「っ!」

「ひ、冰龍!」



 梓紗と琭葩は、息を呑んだ。

 冰龍が、九年ぶりにその素顔を、衆目に晒したのだ。

 仮面の向こうに、素顔を隠したあの頃よりも、ずっと大人の男の顔になっている。

 だが、顔立ち自体は、あの頃の面影がある。



「……冰龍」



 長い間、仮面をかぶっていた所為か、その肌は抜けるように白い。以前からその兆候はあったが、彼は、それは美しい貌立ちをしていた。今も、研ぎ澄まされた水晶のような雰囲気が醸し出されている。

 しかし、白くきめ細やかな、その肌の上には、禍々(まがまが)しいほどの黒紫の紋様の痣がある。

 あざの様は痛々しく、以前よりも、ずっと濃くなっているように思えた。それを負わせてしまったという、自責の念から顔を伏せたくなるほどだ。

 それだけでなく、冰龍は衣服の合わせ目を解いた。



「冰龍!?何しているの!?」

「よく見ておけ」



 一見細見ながらも、無駄なく引き締まり、適度な筋肉に覆われた冰龍の上半身が、露わになる。



「っ!?」

「兄上!?」



 そこには、顔の痣と同じような文様が、胸から背中、腰にまで広がっている。



「これが俺の真の姿だ」



 まさに、烙印とも言えるそれを見せられては、梓紗も琭葩も、何も言えなくなってしまう。



「魔物に、このような恨みの烙印をされた俺が、族長になど立てまい」



 冰龍は、静かに自分を卑下する言葉を呟く。そこに自嘲めいたものが、一切含まれてないだけに、彼の痛みが伝わる。

 彼は眸を下に反らすと、そのまま手際よく衣を身に着けなおしていく。



「俺が、族長になれば、民は不安がる。直に、こんな痣をさらけ出すよりも、隠す方が幾分ましだと思い、こんな仮面を被っているというのに。

 大体、考えても見ろ。衆目に、素顔さえ曝け出せないのだぞ……」

 


 自嘲ではなく、ただ本心や理を淡々と述べている様子の冰龍に、梓紗は胸が痛くなった。



「そんなこと――」

「本心から、そう言いきれるか?」

「っ!」



 冰龍の懸念を、否定しようとした梓紗を、冰龍が遮った。その声音は、これまでのものとは打って変わって優しい。

 押し黙る梓紗から視線を離し、冰龍は琭葩へと顔を向ける。




「琭葩、族長にはお前がなるんだ。

 確かに、学識は、まだ不十分だが。武の上で、お前は俺に引けはとらん。民を統率する力など、一団を率いておれば自然と身に付くものだ」

「ですが……」

「お前は、この地に残り、いざというときのためにその力を使え。真耶族まやぞくと父上をお守りしろ」




 琭葩は何も言えなくなってしまう。梓紗も然り。梔昏は、何か言いたげな風だったが、敢えて黙っている風だった。



「冰龍」



 そこで、重々しい声が、冰龍の作り出した空気を遮るように、響いた。それは、他でもない父である彪牙ひゅうがの声だった。



「そなたはいらぬ心配をするな。ときの神殿には、琭葩も共に行くが良い。それが、そなた達の使命だろう。

 いくら、そなた達が、族長の後継者候補筆頭とて、分け隔てはせぬ」

「ですが父上」

「もしも、お前達が、心より部族のことを思うのであれば。秘宝を持ち、生きて帰ってくるのだ」

「父上」

「父上」



 彪牙ひゅうがは、父として、まだ若い息子達を、さとすように言った。



「神とて、お前達に、何かの素質を見出されたために、どちらをも祝部ほうりとして選ばれたのであろう。族長一門は、お前達の他にも、幾人もいるのだから。

 それに逆らうは、真耶まやの誇りを捨てることぞ」

「……」



 父の言葉を受け、琭葩も兄に向き直る。




「そうですよ、兄上。俺も行きます」

「…琭葩。相分かった」



 冰龍は観念したように頷き、そして、仮面を再び被り直す。

 彼の美しくも、痛々しい烙印の残る素顔は、また、銀色の仮面の奥になりをひそめたのだった。

 隠れていく、美しくも哀しい冰龍の(かんばせ)に、梓紗は罪悪感と責任感、そして切なさに似た感覚を覚えたのだった。




「冰龍、琭葩、梔昏、梓紗」




 彪牙ひゅうがが集った四天王してんのう祝部ほうり達の名を呼ぶ。




「父や伯父としては、行くな、と言いたいところだが。族長として、そなた達に命じる」



 彼は、部族の族長として、雄々しい表情と堂々とした声音で命じた。



四天王してんのう祝部ほういとして、秘宝を持ち帰れ」



 族長の命令に、四人は居住まいを正し、片膝を立て、胸に右手を置いて軽く頭を下げる。

 これが、真耶族まやぞくでは、最大の敬意を示す作法さほうだ。



「御意」

「承知」

「身命」

「仰せのままに」



 そんな四人に対し、彪牙はすぐさま、優しく労わるような声に戻す。



「すぐにとは言わぬ。しかし、近日中には出立せよ。時は、一刻を争う自体ゆえな」

 


 四人は、各々(おのおの)、了解したと示す。

 それを受け、彪牙ひゅうがは、そのまま広間から下がっていった。






挿絵(By みてみん)


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