第五十一章 結ばれし想い
第五十一章 結ばれし想い
自分の道を迷うことなく進んでいく冰龍を琭葩が見守っていると、背後から草を分けながら走ってくる気配を感じた。
「……」
琭葩が振り返ると、案の定、その人物がこちらへ向かってきている。
「琭葩!」
息せき切って走ってきたのは梓紗だった。
薄桃色の夜着姿のままでという出で立ちから、よほど急いで来たのだろう。
「梓紗」
梓紗は琭葩の傍らに辿り着くと、荒い息をどうにか整えようとしながら、訊ねてくる。
「冰龍は!?」
「…あそこだ」
琭葩は、広がる野原を示した。
彼の指差す先には、少し、小さくなった冰龍の背中が見える。
「行って来い!」
琭葩は、梓紗の背中を押す。彼が、この言葉を梓紗に言うのは、これで二度目だ。
今度は弾かれたように、梓紗は駆けだした。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「冰龍!待って!冰龍!」
「……梓紗」
高い声を耳にし、冰龍が立ち止まり、振り返った。
「冰龍」
梓紗は彼のもとへと駆け寄り、やっと追いついた。
「行くのね?」
「ああ」
「どうしても?」
「ああ」
梓紗の質問に、冰龍は晴れやかな笑みで頷く。
そんな彼に、梓紗は寂しさと恋しさを感じつつも、帰ってきてとは言えなかった。
「忘れないわ、冰龍」
「梓紗」
「私、あなたを忘れない。
あなたは、色々なことを私に教えてくれた。強さ、仲間、やさしさ、愛。全部、あなたがいたから、私は知ることができたわ」
「…俺も、だ」
「え?」
「お前がいたから、俺も救われた。
何度も冷えきって、もう、戻れないかもしれないと思ったとき、お前や碌葩がいなかったら、俺は……」
梓紗の頬に触れながら、冰龍は語る。
「冰龍」
「それにお前は、何度も俺を守ってくれたな。感謝している」
「そんなの」
「……俺は、この世界を見てくる。
長くは生きられない分、人の倍のものを見て生きる。生きている限り、俺はこの目に世界を焼き付ける」
「じゃあ、生きるために、行くのね」
「そうだ」
冰龍は力強く頷いた。
梓紗は一度瞼を閉じ、涙を堪えようとしたが無理だった。頬を熱い涙が伝う。
「一族を頼むぞ。琭葩を支えてやってくれ」
「ええ」
「じゃあな」
冰龍はそう言って、梓紗の髪を撫でると、背中を向けた。
「っ!」
梓紗は、迫る想いを抑え込むことが出来ず、彼の背中へ言葉を投げかける。
「愛してる」
「……」
冰龍は振り返りはしなかったが、足の歩みを止めた。そんな彼に、梓紗はさらに想いを届ける。
最後の瞬間だからこそ、後悔はしたくない。
「あなたがどこにいても、どうなっても、私が別の道を歩いても、私はあなたをずっと、ずっと愛しているから」
「……っ!」
弾かれたように冰龍が振り返り、次の瞬間には、梓紗は強く抱きしめられていた。
「冰龍?」
「っ」
そして、何かに引かれたかと思うと、冰龍の唇が梓紗の唇に重なっていた。想いを、全てぶつけるかのように長く深い口付けだった。
梓紗も、それを受け入れる。
やがて唇が離れ、彼らは至近距離で見つめ合った。
涙で頬を濡らす梓紗を、愛しさと切なさが織り交ざった宝石のような冰龍の眸が見つめる。
そして、噛みしめるように彼はその言葉を口にした。
「梓紗…俺も、お前が好きだ」
「冰龍!」
その言葉だけで十分だった。
梓紗が、更に涙を浮かべるのを目にし、冰龍はもう一度、力いっぱい彼女の華奢な身体を抱きしめる。
「……」
そして、自分を納得させるような表情を浮かべると、穏やかな微笑みを浮かべて、梓紗の身体を離す。
「っ」
「梓紗、元気で」
彼女の目元に指を這わせ、涙を拭きとると彼は歩き出した。彼の目には、もう、迷いはない。
「冰龍っ!」
叫ぶ彼女に振り返った冰龍は、最後にやさしく微笑んで、さよならと言うように片手を上げる。
そんな彼を食い入るように、梓紗は見送った。
その影が小さくなり、地平線の向こうに消えていくまで。




