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守護の愛 ~悠久録~  作者: 沙羅魚
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第四十九章 胸騒ぎ

挿絵(By みてみん)




第四十九章 胸騒ぎ







 それから、七日がたった。



 冰龍は、何事もなかったかのように村にいる。

 帰ってすぐに、梔昏の墓に詣で、自分の霊廟が建っていることを可笑しがり、民たちと触れあい、父の助けや琭葩と語らったりなどなど、普通に日々を過ごしていた。

 あざが消えたことで、民達の前にもよく出るようになり、美しい彼に惹かれる女達も、日に日に増えていく。



「大丈夫…よね?」



 夜もすっかり更けた頃、梓紗は自室の寝台の上で独り、物思いにふけっていた。



「……冰龍」



 ぼんやりと、雪洞の中で揺れる灯の淡い明かりを見つめる。

 小さくて、大きな風が吹けば消えてしまうと思えるほど危うげだが、しっかりと存在を放つその様は、梓紗に冰龍を思い出させる。

 梓紗は、今日の昼間のことを思い出していた。



 昼、村を歩いていると、小高い見張り台に続く道の途中で、冰龍と琭葩が連れ立って村を見下ろして、何事か話しているのが見えた。

 穏やかな光景だった。

 これからの二人を見ているように思え、眩しく見えた。

 だが、同時にこんな様子を見ても、梓紗は身の内に生まれた、何とも表現しえない不安を完全に消すことはできなかった。



「冰龍…」



 一生、こんな時間が過ぎれば良いのに、そう思わずには、いられなかった。



「考え過ぎよ。そうよね?」



 自分に言い聞かせるように言葉にのせたが、それに応える自分の声は聞こえてはこない。



「…大丈夫」



 不安をかき消すように、梓紗は雪洞の明かりを消し、自分の夜具を引っ張って眠りについたのだった。










~・~・~・~・~・~・~・~・~・~








 明け方近く。

 濃藍のうらんにも、青くも見える夜闇が動き、庭に面した、梓紗の部屋のすだれが開かれ、人影が入ってきた。

 月明かりに照らされたその人物は、紛れもなく冰龍だった。

 彼はこの村に帰ってきたその日の恰好、つまり、旅装束に身を包んでいる。



「……」



 冰龍は部屋の中に入って眠っている梓紗の姿を確認すると、物音をたてず、気配を消したまま夢の中にいる彼女に近づく。

 可憐な梓紗の寝顔を愛しげに見つめていた冰龍だったが、やがて、哀しげに微笑んだ。



「梓紗、さらばだ…俺は、この村を去る」



 決意を込めた囁きを冰龍は漏らす。



「生きている間に、もう一度だけお前達に会いたくて、ここに戻ってきたが、俺はまた旅に出る。

 流れ着く先は分からない。どこで朽ちるかも分からないが、俺は……見ることが出来るまで、この世界をこの目に刻んで逝こうと思う。

 だから、お前が泣くのは分かっているが、俺は行く」



 冰龍は梓紗の寝顔に近づき、ひたいに口づけた。



「梓紗。たとえ、俺の肉体が滅びても、俺の魂の一部はお前と琭葩の傍にいる。俺を傍に感じてほしい。

 俺の意志はきっと、お前の中で生きるから………」



 そう告げて、冰龍は自分の耳飾りを片方外すと、梓紗の枕元へ置いた。



「形見として、持っていてくれ」



 冰龍は未練を断ち切ろうと首を振ると、すぐに立ち上がって簾の方へと向かった。

 最後にもう一度だけ、梓紗の寝顔に微笑みを向けると、そのまま彼女に背を向ける。



「元気でな」



 それだけ告げて、彼は梓紗の室を後にした。






~・~・~・~・~・~・~・~・~







「っ…」



 冰龍が消えてしばらくした後、梓紗はふっと目を覚ました。



「冰龍?」



 首を左右に巡らせたが、部屋の中には誰もいない。なんだか、冰龍が近くにいたような気がしたが。



「え?」



 手に固いものが触れたかと思えば、そこには、冰龍がいつも付けていた耳飾りが、置かれていた。



「冰龍っ!」



 冰龍がここに来ていたことを確信し、梓紗は胸騒ぎにかられ、すぐさま室を抜け出した。








挿絵(By みてみん)

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