第四十三章 鬨の神殿
第四十三章 鬨の神殿
霧のなかを進みながら、冰龍と琭葩は神殿までの道を進んでいた。
ここに来るまで、いくつかの魔物と対峙したが、これまでの戦いを切り抜けていたうちに、二人とも腕を上げていたのか、一刀のもとに倒してきた。
「もうすぐだな」
「はい」
二人は崖の上から鳴りを潜めつつ、眼下にそびえる建物を眺めた。
随分、古代…神代の時代に建てられたのだろう、風格ある神殿だ。見る限り、神々しい雰囲気が醸し出されている。
梓紗は無事だろうか…
冰龍と琭葩は、注意深く気配を探るが、彼女から感じる気配は、感じられない。彼女の愛用している香の匂いもしなかった。
感じられるのは、複数の魔物の妖気だ。
「行くか」
「はい」
二人は唾を吞み込み、その場を移動した。
ごつごつとした山道を、足音もたてずに歩きながら、二人は前へと進んでいく。
「右は、俺が引き受ける。お前は、左を警戒しろ」
「分かりました」
「こういう態勢になると、梔昏と組んだことを思いだすな。年が離れている分、お前と組むことになるとは、思っていなかったが」
「やはり、梔昏との方が安心出来ますか?」
何を言い出す、と冰龍が笑った。
「今の俺は、お前に命を預けている」
「兄上…」
即座に、嬉しそうに琭葩の眸が輝いた。
「お前、すぐ顔に出るな。長になったら、その癖は治すことだな」
「……」
「そんな顔をするな」
「俺は、やはり、兄上が長になるべきだと思います」
「そう言ってくれるのは、ありがたいけどな。俺の身体は、本当に長くは保てない」
「……」
冰龍が、横目で弟を窺う。
「お前は、この旅で随分と成長した。大丈夫だ。お前が、村を引っ張っていけ」
「……その返事は、まだ、出来ませんよ。ここで、俺に何かあったら、兄上、あなたが村を引っ張っていく立場なんだ」
「…そうだな」
やがて、神殿の間近へと二人は降り立った。
「お出ましなのか?」
「そうですね」
禍々(まがまが)しい妖気の数と共に、わらわらと魔物達が出てきた。
「多いが、階級で言うなら低俗だな」
「なめられてるんでしょうか?」
「さぁな、とりあえず、全部片づける…いくぞ!」
「はいっ!」
冰龍と琭葩は地を蹴り、魔物達を切り倒しながら、前へと進んでいく。数だけが取り柄の魔物達は、次々と倒れていく。
「っ、恐らくっ、蟒之王が用意したものっ、じゃっ、ないな!
この辺りにいるっ、魔物達、だろ!」
「あぁ、成程っ、そういう……道理で!」
会話をしながらも、余裕を持った様子で、二人は神殿への道を切り開いていった。
「っ!………神殿だ」
最後の一振りを決めた後、冰龍は、まっすぐに神殿のなかへと入っていく。琭葩も同じように、それに続いた。
神気が満ち溢れた、どこかひんやりとした肌触りの空気の中、回廊を慎重に歩き、二人は様子を窺う。
「この中は、神気が満ちている。よほど強い妖力がなければ、中に入ることも辛いはずだ」
「じゃあ、ここにいるとしたら?」
「蟒之王しかいない」
冰龍は、断言した。
「兄上、梓紗を救う方法は思いつきましたか?」
「…お前の方はどうだ?」
琭葩が面目なさそうに、視線を伏せる。
「分かりません。俺は頭が弱い」
「ふっ…一つ、考えがある」
「兄上?」
「この鍵で、神殿の秘宝を開封することが出来れば、恐らく、魔物達には辛い神気が発されるだろう。
そうすれば、少しは蟒之王も怯む隙が出る」
「そうなんですか?」
「巫女殿の書庫にあった、古書の文献で読んだことがあるんだ」
恐らく、神話について疎かった琭葩は、知らなかったであろう。
大巫女の芙慈乃から、目を通してみないか、と言われて読み始めた蔵書の中に、そのような文献が、確かにあったのだ。
「後は、梓紗と俺達の払いとしての神気をぶつければ、あいつを、梓紗の身体から追い出すことが、叶うかもしれん」
「梓紗次第、ということですか?」
弟の問いに、冰龍は頷く。
「そうなるな。だから、気力と体力のために、あいつには眠れと言ったんだ」
「そんな意図があるとは、思いませんでした」
「全ては、梓紗と、もう一度、話すことが出来ればだが」
「あぁ…」
そうこう話しているうちに、神殿の奥地へと、二人は辿り着いた。
そこは、祝部である彼等でさえ、圧倒される程の、澄んだ神気に満ち溢れた場所であった。




