第四十章 告白
第四十章 告白
三人となった祝部達の旅は、それからも続いた。気付けば、村を出立して、既に、半年以上が経過している。
鬨の神殿の場所がなかなか見つからなかったのがその一因だが、ようやく、神殿まであと少し、というところに彼らは辿り着いていた。
鬨の神殿は、ある峡谷を超えた場所にあるらしい。
そこも、深い森が茂っており、魔物達が発している瘴気も半端なものではないので、なかなか、人間が近づける場所ではなかった。
祓いの能力を持つ三人だからこそ、ここまで辿り着けたのかもしれない。
「以前、鬼結が言っていた。ここからは、もっと危険になる」
「そのようですね」
「ひどい瘴気を感じるわ」
「妖気にしても、瘴気にしても、禍々(まがまが)しいだけのものもあれば、身体に障るものもあるからな」
梓紗の声に反応した冰龍が、大丈夫かと、背中をさすってくれた。
冰龍に他意はないのだろうが、つい、琭葩の方を窺ってしまうと、彼はこちらを見ておらず、特に気には留めていないように見える。
しかし、長い付き合いである梓紗には、敢えて見ないようにしてくれていることは分かっていた。
「……」
あれから気持ちは、冰龍に伝えていない。伝えるような状況ではないし、そんな心のゆとりもない。
冰龍にも、自分達が別れたということは告げていなかった。
「今日は、ここで一晩明かすか」
「そうですね」
「じゃあ、焚火の準備をしないとね」
「ああ。あと、狩りも。俺が行ってくる」
立ち上がって、琭葩が背後に広がる森の方へと向かっていく。その後を追うように、梓紗も立ち上がった。
「私も、行くわ」
梓紗の申し出に、琭葩は首を横に振った。
「良いさ。一人で大丈夫だ。鍋の用意をしておいてくれ」
「うん、分かった」
なんとなく気を使ったのか、今も共にいるのは辛いのか、琭葩と共に行動することは、以前より少なくなった。
「……」
森の中へと入っていく、かつての恋人の背中を見送りながら、梓紗は、身勝手ながらも多少なりの寂しさを感じてしまう。
「おい、お前達、何かあったのか?」
「え?」
先ほどの位置に座ったまま、冰龍が訝しげな表情を浮かべている。
「随分と前から感じていたが……以前なら、いつも、お前の傍に付いていたあいつが、このところ、単独行動が多い」
「流石、兄弟ね」
「まぁな」
「単独行動か…
まぁ、そうなるでしょうね。別れたから」
「……」
冰龍は特に驚いた様子はなかった。
聡い彼のことだ。勘付いてはいたが、言い出さないでいてくれたのだろう。
梓紗は、苦笑気味に振り返る。
「気づいてた?」
「薄々と」
「そう」
「……」
それ以降、二人の間には沈黙が続く。
「別れたのは私の所為だから、仕方ない」
「梓紗?」
「私が心変わりをした……いえ、私が、嘘を吐いていたから」
「嘘?」
「…………私は……あなたが好きだわ」
「……」
冰龍は、驚いたような顔はしなかった。
もしかしたら、自分は、既に、ぼろを出してしまっていたのだろうかと、梓紗は多少、心配になる。
「昔から、あなたが好きだった。
でも、あの事件があって、あなたに嫌われたと思った。だから、どれだけ好きだと思っても、あなたから冷たい目を向けられることが怖かった。
疾しいと思う気持ちも」
「梓紗」
「でも、不思議よね。あなたのその眸は、忘れられないの」
「眸?」
「ええ。
あなたが巫女殿に移る前、お見舞いに行ったときに、すごく鋭い目を向けられた」
「あれは――…」
「分かっているわよ。私達をあなたの呪いから、遠ざけたかったんでしょ?」
「……」
冰龍からは、無言の肯定が返ってくる。
「見事にあなたの思惑にはまったわ。
でも、同時に、その目に鷲掴みにされた。蛇に睨まれた蛙というか……恐怖と同時に惹かれたの」
「お前、変わってるな」
「そうかしら。人の心をつかむ何か、あなたには、あると思うわ」
「買い被るな」
「そんなつもりはないけど。でも、私は、あなたに憎まれていると思った」
「それは、ない」
即座に否定する冰龍に、梓紗は分かっていると、頷く。
「…でも、それは、今だから言えることでしょう?
あなたはあのとき、自分が憎んでいると、私達に思わせようとしていたんだから」
その指摘に、冰龍は肯定するように、小さく頷く。
「そうだな」
「これ以上、憎まれたくなかった。
あなたが好きだ、と思いたくなかった。だから、あなたの面影を持っていた琭葩から好きだ、と言われたときに」
「梓紗――」
「…酷い女だよね、分かってるわ」
「……」
「でも、私はあなたが好きだわ。
あなたの苦しみも、孤独も知ってから…余計にあなたのことを強く想うようになった」
「っ…」
「確かに、私は鬼結とは全然違うし、比べものにならない」
「……」
「それでも、見ないようにしていたものを、一度見てしまえば、もう後戻りはできない。
それを知られても元には戻れない。琭葩とは戻らない」
「梓紗」
「あなたが、私を嫌いでも良い。
最低なことを言っていることも分かっている。でも、あなたを支えることは無理でも、傍についていた――」
「やめろ」
「っ」
冰龍の鋭い声に、梓紗はビクッと身を強張らせた。
「…そうよね」
「お前が、考えているようなことではない」
「え?」
「梓紗が気に病むような理由ではない。好きとか嫌いとか、そういう次元の問題じゃないんだ」
「冰龍」
冰龍は言い聞かせるように、厳しい声音で、梓紗に告げた。
「いいか?梓紗……金輪際、俺に愛を施すな」
「どういう意味?」
「俺は、もう二度と、恋はしない」
「っ」
「……」
冰龍は顔を背けた。
「分かったわ。困らせてごめんなさい」
梓紗は、そう言って、背中を向ける。
「私、枯葉を見つけてくるわ」
そう言って、梓紗は冰龍に背を向けると、森の中へと入って行った。その後ろ姿を見送る冰龍は、切なそうに彼女の黒髪を見つめた。
「……もう、嫌なんだ。大切な奴がこぼれ落ちていくのは……
それに、俺は」
冰龍はいつまでも、広がる空を見つめていた。




