表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守護の愛 ~悠久録~  作者: 沙羅魚
41/54

第三十九章 和解

挿絵(By みてみん)



第三十九章 和解




 森奥で、梓紗は、やっと冰龍の姿を見つけた。

 しかし、先程のこともあり、なかなか、声をかけるのが躊躇ためらわれた。

 梓紗が、どうしようか、と、木の陰に隠れていると、冰龍の声が聞こえてきた。



「梔昏…」



 彼は、梓紗に気づいていないのか、空に向かって、話しかけている。



「心配するな。お前の分も、あいつ等を守ってみせる……

 だが、やはり、お前がいないと心許こころもとない。それに、どうしようもなく……

 こんな俺のために、夢に出てきてくれたんだよな。

 ありがとう。

 こんな弱音言っても、詮無いよな。でも…」



 冰龍の声は、離れていても、分かるほど掠れていた。



「冰龍?」



 気づいたら、梓紗は、木の陰から出て行ってしまっていた。



「……梓紗?」



 振り返った冰龍の頬には、透明な涙が一滴ひとしずく伝っていた。鬼結を失ったときに泣いていた冰龍と、今の冰龍が、重なる…



「泣いて…いたの?目が赤い」

「……」



 冰龍は、苦笑して前を向いてしまう。



「お前には、情けない様を見られてばかりだな」

「冰龍!」



 堪らない気持ちになり、梓紗は、冰龍の背中に身を寄せた。



「……どうした?」

「ごめんなさい。さっきは、酷いことを言って……

 取り返しのつかないことを言ってしまったのも分かっている。でも、私は、あんな風に思ってない。

 それなのに、苦しさに負けて、私……あなたの所為に、冰龍の所為にしてしまった」

「梓紗」

「哀しいのは、皆、一緒なのに。

 いいえ、冰龍が一番辛いのに、傷つけて…ごめんなさい。

 兄様にも、酷いことを言ってしまった」

「…そんなの、気にしてないさ」



 冰龍は、梓紗を安心させようとしてくれているのか、先程の琭葩と同じく、やわらかく、穏やかな声音で、心配ない、と言ってくれた。

 その時の表情が、琭葩によく似ており、やはり、二人は兄弟なのだと、改めて感じる。



「お前の混乱も分かる。

 以前、初陣で大事な奴らが魔物の牙に敗れて、死んでいくのを見たとき…俺だって、誰彼構わず、発狂しそうになった」



 冰龍は、梓紗の聞いたことのない昔話をしてくれた。



「それにな。

 俺も、琭葩がお前や梔昏を庇って死んだら、同じことを言わないという自信はない」

「冰龍」

「俺だって、そんなに大成した人間じゃないさ」



 苦笑と自嘲を混ぜたような、乾いた笑いを、冰龍は漏らす。



「冰龍は、強いわね」

「どうかな…

 俺が、今回、冷静に対処していたのは……

 梔昏の死を、互いに命を預け合ったときから覚悟はしていたからだ。呪いを受けて以降も、あいつは、ずっと近くにいたしな。

 だが、見ろよ」



 冰龍は、くるりと身体の向きを変えて、梓紗の方へ手を差し出した。彼のその手は、小刻みに震えている。



「あいつの死を受け止めていても……

 止まらないんだ……昨日から」

「……」

「実際は、欠片も冷静じゃない。今にも、崩れそうなのが本音だ」



 この旅を始めてから、色々な冰龍の顔を見てきたと思う。

 強さ、優しさ、孤独、苦しみ、弱さ……でも、どれをとっても、冰龍なのだ。

 どうして、今まで知らなかったのだろう。

 いや、本当は分かっている。冰龍が知らせようとしなかったのも、あるだろうが、その理由の多くは、自分が、踏み込まなかったからだ。

 臆病だったから。

 こんなに色々なことを、知ろうとしなかったことが、悔やまれる。



「だが」



 今まで、自嘲するように笑っていた冰龍の表情が、引き締まる。



「俺が、崩れることを梔昏は望んでいない。

 そうなっては、何の為に、あいつが命をかけてくれたのか……俺の命は、鬼結と梔昏、あいつ等が守ってくれた命でもある」

「そうね」



 梓紗は、深く頷いた


 命の大切さ、尊さ、儚さ、全てを…冰龍は、身を持って知っているのだろう。



「悪いな

 こんなことを、話すつもりは無かったんだが…」

「ううん。言ってくれて良かった」

「え?」

「だって、冰龍のことを知れたもの」



 梓紗は、僅かに微笑んだ。



「ねえ、私がここに来なかったら、あなたは、今言ったこと全部を仕舞っていたの?」

「ああ、そうかもしれないな」



 梓紗の問いに、冰龍は頷いた。



「どうして?」

「どうしてって、別に。

 皆が、前へ進むことが出来るのなら、問題無いだろ。時には、誰かに、激しい感情をぶつけなければ、人間、前には進めないものだ」



 冰龍の言葉に、梓紗は胸が熱くなる。

 どうして、彼は…兄は、琭葩は……こんなにも他を思えるのか。


 そうか……これが、愛。

 それぞれの形の愛情なのだ。


 この旅を始めて、様々な存在の思いが交錯し、他のために動いた形を、多種多様な愛情の形を見てきた。

 皆、誰かのために、その愛情を捧げていた。押し付けるのではなく、誰かのために……その愛で動いていた。

 じゃあ、自分には、一体何が出来るのか……



「冰龍」

「俺に怒りをぶつけろ。そうすりゃ、おまえも早く立ち直れる」

「ずっと、そうしていくつもりだった?」

「ああ。何か、問題はあるか?」



 この返しに、梓紗は、生前、兄が抱いていた気持ちが分かる気がした。

 どれほど、兄が彼を案じていたのか。兄は、自分の命を懸けて、彼に開放の道を示そうとした。

 だったら自分は、そのためにも彼にまっすぐに接する。

 良いと言われた性根のまっすぐさ…

 自分は、まだ、これしか見つからないから。それが自分のやり方なのだ。



「私は、あなたを憎まない」



 きっぱりとした口調で、梓紗は言った。



「……」

「私が憎むのは、蟒之王おろちのおうだから…」



 その返しに冰龍が瞠目した後、ははっと微笑んだ。



「梓紗…………まぁ、それが妥当だろうな。だが、あいつは、ある意味、遠い存在だ」

「それでも!」

「ん?」

「あなたを憎んだりなんかしない」



 冰龍の眸をまっすぐに見て、梓紗はもう一度、同じ言葉を冰龍に伝えた。



「梓紗」



 強い意志の宿った梓紗の眸を、冰龍が見つめてきた。



「さっきのだって、私のやましさと後悔よ。

 あの時、私が動かなかったら、兄様は、死なずに済んだんじゃないかって思ったら、苦しくて、逃げたい衝動に駆られた」

「それは、誰でも考えることだ。お前だけが悪いんじゃない」



 伴う結果は、大抵……一人の所為せいではないのかもしれない。無論、責任転嫁という意味では無くて。

 取り巻く、様々なことが複雑に絡み合って、誰かの干渉が絡み合って起こる。

 喜びでも、悲しみでも………それは、きっと同じ。



「……起こったことの真理なんて、きっと、誰も分からないのね」

「ああ、そうだ。

 真理なんて、人それぞれ。だが、己の信じるものを信じていくしかない」



 

 そう言った冰龍のひとみには、かつてない青い輝きが燃えていた。その炎のような煌めきが、とても美しいと、梓紗は思わずにはいられなかった

 この強さに、自分は惹かれていたのかもしれない。







挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ