第三十章 魔界の苦悶
第三十章 魔界の苦悶
その頃、闇が広がる魔界では…
バシッ!
『っく!』
ビシッ!
『っ!』
バシッ!
『くっ!』
天井に繋がる、魔力で錬成された鎖に鬼結は吊るされ、その部屋の主の魔力によって、甚振られていた。
その主の手の動きに合わせ、鬼結の肌から血飛沫があがり、痛々しい痣が増える。
目には見えないが、主の魔力が鞭のようにも刀のようにも姿を変え、鬼結を傷つけていくのだ。
『くっ、あああっ!』
『鬼結、貴様……
せっかくの好機を逃した落とし前、こんなものでは済まぬぞ……
分かっているのか?』
『はぁ、はぁ』
鬼結は傷の痛みに顔を歪ませ、荒い息づかいのまま、自分を甚振る目の前の存在を睨みつける。
『なんだ、その目は?』
『……』
『この、常夜蟒之王の命が、きけぬと言うのか?』
近づいてきた男の目は、鬼結と同じように赤い。三つの角を頭に抱き、同じく宝珠を額に埋めこまれており、目の下には隈のような化粧が施されている。
この男は、常夜蟒之王。
魔物達を統べる長で、鬼結達の王でもある。そして、冰龍の運命を歪めた者。
鬼結は口を閉ざしたまま、目を伏せた。
『……』
『答えろ!』
『……』
答える代わりに、鬼結は、再び蟒之王を睨みつける。
『ふっ……小生意気な女だ。我が言いなりにはならぬ……
でも、そこが良い。美しい者を屈服させることこそ、我の喜び』
だから、冰龍の人生を狂わせたのかと、鬼結は問いただしたい気分になった。
冰龍は人であるが、魔物の鬼結の目から見ても、とても、美しい男だ。美しいものを壊したくなる蟒之王の恰好の餌だったというわけか。
となれば、梔昏や彼らの弟妹たちにも蟒之王は手を下すだろう。
痛めつけられるなか、鬼結は、ぼんやりとそう思った。
『気を失うまで、痛めつけてやる』
『くっ!ぅうっ!くあぁ!』
振り下ろされる魔手により、鬼結は罰を甘んじて受け続けた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
彼女が鞭打たれ、肌を切られていく様を、扉の向こうで聞いている二つの影があった。
水月と雪橋だ。
彼らは痛ましい声を苦々しげに聞きながら、拳を握りしめた。主である、蟒之王には、いかに二人でも、口答えは出来ない。
『……』
『くそ!』
鬼結が嬲られる様に歯噛みしていた、やがて、決意したように雪橋が動いた。
彼は、そのまま部屋を出て行こうとする。
『雪橋、どこに行く?』
『決まってるだろ!これ以上、見てられねぇ!元凶を潰しに行く!』
『何を血迷ったことを……あちらは、侮れんぞ?』
『煩い!
言っておくが、ついてくるなよ!これは俺が片づける!』
『雪橋!待て!』
彼は水月が止めるのも聞かず、闇を作りだし、人間の世界への道へと飛び込んでいった。
『雪橋っ!』
水月は雪橋の消えていった方を、当惑げに見つめながらも、隣室で罰を受け続ける鬼結を放っていくことも出来ずに、その場に留まったのだった。




