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守護の愛 ~悠久録~  作者: 沙羅魚
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第二十九章 酷なる呪い

挿絵(By みてみん)




第二十九章 酷なる呪い





 それから、約半刻を過ぎた頃だった。



「っ!」

「冰龍!」

「兄上!」



 うっすらと冰龍がまぶたを開き、何度か瞬きを繰り返す。



「鬼結っ!」

「あいつ等は消えたよ。鬼結は、お前を万全の状態で始末しないと、気が済まないんだと」

「梔昏…そうか…」



 冰龍は頭を抱えて、深く嘆息たんそくした。



「兄上、水です」

「ああ。すまない」



 琭葩から渡された水を、冰龍は、一気に飲み下した。



「兄上」

「…ああ。分かってる」

「じゃあ、教えてくれるの?」

「……」



 黙り込む冰龍に苦悩が見え隠れしていた。

 それを前にした梓紗と琭葩が、口を開こうとした時だった。



「いい加減にしろっ!」

「っ!?」

「し、梔昏?」

「兄様?」

「冰龍…お前っ、いつまで黙っているつもりだ!こいつらの気持ちも、少しは考えろと、何度も言っているだろ!」



 梔昏が、本気で激昂している。こんな兄は初めて見るような気がした。



「お前の自己満足に付き合わされ、一生、悩み、苦しんで、後悔するのはこいつらだ!

 お前より、過去に置いて行かれたままのこいつらの身になれ!」

「…梔昏」

「……お前の為でも、あるんだ…」



 梔昏の眸には、切実な願いが宿っている。哀願とも言っても、良いかもしれない。



「……分かった。話す」



 これまで無理強いするような真似などしなかった梔昏の、切実な言葉に、ついに折れたのか、冰龍が頷いた。



「兄上!」

「冰龍!」

「梔昏、お前には負けたよ」



 冰龍は梔昏に苦笑し、深く息をついた。



「俺には、呪いが刻まれている」

「呪い?」

「烙印としての、痣だけではないんですか?」

「ああ。そうだ。

 顔から腰まで届く痣、これは、俺の命を吸い取っている」

「え!?」

「なっ!」



 衝撃的な告白に、梓紗と琭葩は茫然とする。



「あれから随分と時がたった。残された時間は、正確には分からない」



 冰龍は相変わらず、淡々と言葉を紡ぐ。



「だが、時折襲ってくる、この発作と焼け付くような痛み……それが強いほど、俺の呪いは進行していくのだと分かる。

 そして、この顔と体に広がる痣が、濃くなれば濃くなるほど、俺の命が吸い取られた証だ」

「そ、そんな…」



 あまりのことに、悲壮な顔をする二人に、冰龍が労わるような笑みを向けた。



「ははは、そんな顔をするな。だからといって、すぐに死ぬわけじゃない。俺は、秘宝を手にするまでは、死なないさ」

「……」

「……」

「悪いが水浴をしてくる。発作で汗だくだ」

「ああ」



 冰龍は立ち上がると、最初の日のように夜の森の中に入って行った。水の気配を察することに長けた彼だ。

 すぐに、泉か川を見つけることが出来るだろう。



「兄上!」

「待て、琭葩…」



 追いかけようとする琭葩を、梔昏が腕を掴んで引き留める。



「独りにしてやれ」

「……」

「それとな…俺から、言うつもりはなかったが、あいつはどうしても、自分の口からは言いたくないらしい。あいつの呪いは、もう一つあるんだ」

「え?」

「兄上はまだ、なにかを背負っているのか!?」



 しがみつくように、琭葩は梔昏の肩を掴んだ。そんな彼を落ちつかせながら、梔昏もようやく口を解いた。



「…自分の不幸、そして周囲の人間をも不幸に巻き込む、という呪いだ」

「他人を不幸に巻き込む?」

「ああ。

 あの惨劇で、冰龍の治療に当たった人間は、死んだ。呪いに宿る妖力にあてられたのが原因だが、それはどうも、呪いの連鎖のようなものらしい。

 それを知ったあいつは、巫女殿みこでんの奥深くに身を潜め、人と会うことを避けた」

「それじゃあ、兄上が巫女殿みこでんこもって、九年間もあんな態度をとり続けていらしたのは――…」

「私達を、守るため…?」



 梔昏が深く頷いた。



「そのとおりだ。自分が呪いを受ける身になったことを、怨んでいるように見せかけてな」



 梔昏の明かした事実に、梓紗は嗚咽を堪えるのがやっとだった。

 琭葩も茫然として、どうしたらいいのか、といった表情を浮かべている。



「……冰龍!」

「あいつは、広い優しさと鋼の強さを持ち合わせた奴だ。なかなか、それを表にはしないがな」

「そんな…」

「だから、あいつはこの戦いで死のうとしていた。

 呪いで死んで、お前達が心に傷を負うことがないように。自然に見せかけて、死ぬ方法を、ずっと考えていた」

「っ!?」

「そこまで…考えて……そんな…俺達に何も言わず」

「俺も、同じ道を行くことにしている」

「え?」

「冰龍の命が潰えるその時まで、俺は傍らにいる。そして、冰龍が死んだら、俺の役目も終わりだ」

「兄様!」

「俺は、冰龍に永遠の忠誠を誓っている…俺の主なんだ…

 だから、九年前からあいつに刀を向けられ、殺されかけても俺は傍にいたし、黄泉よみにも、俺はついて行く」

「……」



 壮絶な梔昏の決意と覚悟を、琭葩と梓紗は肌で感じ取った。

 彼らは共に戦い、寄り添ってきた。特別な絆を結んできた。命をお互いに預けることが出来るまで。



「梔昏」

「なんだ?」



 琭葩が、顔を伏せながらしんみりと声を発する。



「俺は、あんたが羨ましい」

「ああ。知っている。お前は本当に、兄貴を慕っている」



 梔昏の言葉に、せきを切ったように琭葩が抱いていた気持ちを吐露した。

 旅に出て、間もないの頃、二人はよく話し合ったそうだが、やはり、琭葩のなかにある、梔昏への嫉妬心はすぐには無くなるものではないらしい。



「なんで、あんたなんだよ……兄上の気持ち、一番理解できるのが、どうして?」

「命を、互いに預け合ったからだ」



 梔昏の返しに、碌葩が顔を上げた。



「命を預け合う?」



 琭葩の問いに、梔昏が頷く。



「俺達は、幼いころから一緒に戦士としての心得を学び、十一で、正式に戦士団に入った。同じ年頃の少年戦士達の主格だった」




 そのことは知っていた。二人が同じ年に、少年少女で結成される軍団に所属していたのは



「魔物との戦いでは、俊敏な動きや伝令をよくやったよ。奇襲攻撃をしかけるのは、身体がまだ細くて、瞬発力のある子どもが役に立つからな。お前達もそうだったろう?」



 梔昏の問いに、二人は頷く。



「俺達は基本、背中合わせで戦った。

 どちらかが、しくじれば、裏切れば、確実に死ぬ。

 俺は冰龍に、冰龍は俺に命を預けたんだ。九年前に、冰龍が団を辞めるまで、それは続いた」



 三年間。

 彼らは出撃する度に、互いの命を互いの背中に預け、信じ合っていたのだ。

 それは、いくら友人同士でも簡単なことではない。



「それじゃ…最初から、俺はあんたには敵わないんだな…」



 どこか肩を落とした様子の碌葩の頭を、ポン、と、優しく梔昏は撫でた。



「琭葩。

 絆というものは、奪い、取り合うものじゃない」



 諭すように梔昏が言う。



「……」

「絆にも、色々と種類がある。

 親子の絆、友の絆、恋人の絆、兄弟の絆……」

「梔昏」

「俺はあいつと友としての絆は結べても、兄弟の絆は結べない。超えられない領域ってものは確実にある。

 それに、あいつが一番行く末を案じ、気にかけているのは、俺のことでも、鬼結のことでも、一族のことでも無いんだ」

「え?」



 梔昏はまっすぐに、琭葩を見つめた。



「同じ二親の血を分けた、唯一の弟、お前のことだ」

「っ…でも、でも、俺は守られたいとは思わない!俺だって、俺だって兄上の役に立ちたいんだ!」

「それが、お前達兄弟のすれ違いってやつだ。それは、真正面から、自分の口で教えてやれ。自分がどうしたいのか、もう子供じゃないのだと、兄貴に教えてやれ」

「梔昏」

「あいつにとっては、琭葩…お前は、いつまでも小さくて、心配に値する弟なんだよ。俺から見る、梓紗と同じだ」

「ちょっと兄様!」

「兄や姉というのは、そんなもんなんだ。どれほど気が強くて、生意気だろうと、弟妹が大きく育とうとも、心配で世話を焼きたくて、余計な考えをしちまう」

「兄様」

「そんなものだろう」



 梔昏は、妹に兄としての慈愛の視線を送る。

 その気持ちを感じとったのか、梓紗もふっと柔らかく微笑んだのだった。



「じゃあ、兄様……私のためにも簡単に死なないで」

「…梓紗」

「約束して!自分から死ぬような真似はしないって」

「……約束出来るかは分からんが、努力はするさ」



 梓紗の頼みに梔昏は困ったように笑って、妹をなだめるかのごとく、髪を撫でるのだった









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