第二十七章 鍵
第二十七章 鍵
「おーい、おーい梓紗!」
「…ん?」
「あーずさ…起きよう。今晩眠れないと思うぜ。ま、既に夜だけど」
「え!?」
ハッとして顔をあげると、そこには琭葩の顔があった。
そのことに、まず、驚き、梓紗は上体を起こす。
「よく寝てられたな。昼間から今まで」
「同意見だ」
入口の方には、梔昏と冰龍が岩壁に背中を預けて腕を組み、苦笑している。
「あ…の…一体」
「梓紗が消えたから、三人で合流して、探してたんだ」
「ええ!?」
「それで、三個目のこの洞窟で見つけたってわけ」
「三個?」
「洞窟はね…
梓紗の香りを辿っていたら、ぐるぐるしてるし、にわか雨も降って、途中で香りは消えてるし」
「お、お世話かけました」
梓紗は深々と頭を下げた。まさか、寝入ってしまい、そこまで皆に迷惑をかける事態になっていたとは…。
「全くだ」
「本当に、世話がかかる妹だよ」
冰龍と梔昏が嘆息する。
しかし、彼らはすぐに笑い始めた。
「とはいえ、大手柄だな」
「え?」
兄の言葉に意味が分からず、梓紗は首を傾げる。
一体、何が手柄なのだろう?皆の時間を割いて、一日を無駄にした、失態だと言われるのなら、まだ分かるが…
梓紗の顔を見ながら、冰龍が言う。
「お前、くじ運が良すぎるぞ」
「は?」
「辺りを見てみろよ」
「梓紗、お前が見つけたんだよ」
冰龍、そして琭葩の指差す先を視線に映すと…
「ああっ!」
そこでやっと、梓紗は気づいた。
奥地であるこの辺りから、そのまたずっと奥地までの岩壁、そこから、緑色の光が漏れている。
それは数多く、まるで、森の中にいるような錯覚に陥った。
「まさに、碧緑の森だ」
「これが…」
岩壁の表面や隙間に碧玉の鉱脈がひしめき合い、洞窟の穴に入ってきた月光に照らされて、光っているのだ。
それは、幻想的、神秘的な光景だ。
「じゃあ」
「この奥にあるんだろう。鍵が」
「あの男の言う通りなら、な」
「まあ、信じてみて、損はないだろう」
「ほら、行くぜ」
琭葩に差しのべられた手に手を重ね、梓紗は立ち上がる。
ハッとして冰龍を見ると、彼は、梔昏と何事か喋りながら、梓紗達の横を素通りしていく。
「……」
あんな不自然な態度だったのに、何も思うことはないのだろうか。
そんな冰龍の反応に、梓紗は、またも、心が萎んでいくような気分だった。
「梓紗?」
「え」
「早く来いよ」
恋人の促しに、梓紗は頷きながら、彼らの後に続いた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
しばらく歩いていくと、大きな空間に出た。
その中央部には、手前左右に二体の石像、中央部左右に二体の石像、最奥左右に更に、二体の石像が、円を描くような配置で並べられている。
全ては、乳白色の玉で作られており、入り口を慈愛に満ちた表情で見つめていた。
置かれた石像の最中央には、まるで、守るように一の箱が、置かれているのが分かる。
「これは…」
あまりの美しさと神々しさに、思わず、四人は、ため息が漏れてしまう。
そんな梓紗をよそに、冰龍と梔昏は、この石像が誰の模倣なのかを、確かめているようだ。
「手前側から、四天王…」
「最奥の二体は、天帝夫妻だな」
その説明に、梓紗と琭葩は興味深げに頷いた。
「これが神」
「本当に、神は存在したんだな。これほど、精密な玉の石像は人間業では作れない」
琭葩の感想に、梓紗が首を傾げた。
「神がお作りになった、と言うの?」
その疑問に答えたのは、兄の梔昏だった。
「それしかない。今の技法では、こんな作品を生み出すのは無理だ」
しばらくして、彼らは惚けたように、それぞれが、それぞれの祝部となった神々の像の前に立った。
「確か、武芸を極めたのが阿祇夜維之尊だったよな」
琭葩が敬意を込めて跪き、そのまま、阿祇夜維之尊の像に頭を垂れる。
「ああ。それに学術を説いた、篝誉璃之尊」
梔昏も同じように跪き、胸の前に腕を掲げながら、篝誉璃之尊の石像に敬礼を捧げる。
「芸術を愛したのが、貴澄珠江媛之尊」
二人に倣うように、梓紗も自分のなかに降り立つ女神、貴澄珠江姫之尊に頭を垂れる。
「倫理を重んじた、翆嗚観之尊」
それは冰龍も同じだ。彼も跪き、頭を神々の前に垂れる。
何より、石造を前にして、彼らも気づいたが、四人の顔と四天王の顔は、瓜二つと言えるほどに、よく似ている。
「まるで、一対のようだわ。無礼にも程があるけれどね」
梓紗の感想に、まんざらでもない様子で琭葩が言い添える。
「これだけ似ているから、俺達が祝部になったんじゃないのか?」
「そうかもしれないな」
「箱の中身も重要だ。俺達の未来が、かかっている」
「そうだったな」
梔昏の指摘に三人は頷き、箱のある、最中央へ足を踏み入れる。
緊張はしたが、意外にも箱は易く開いた。
「これは…」
「玉だ。四色の」
「青、赤、桃紅、緑」
「それぞれの神を象徴する色だな」
四人がそれぞれの神に相応する色の玉を、手に取った瞬間――…
反応したようにそれらの玉が、カッと光り、呼応するように、彼らの心音がドクンと高鳴った。
まるで、生きているように玉が輝く。
「間違いない。これが、鍵だ」
彼らは、互いに頷きあった。
「前進したな」
「これで、秘宝に繋がることができる」
「良かった……村を助けられるのね」
「ああ」
希望に満ちた、彼らの喜び合う声が洞窟の奥地で響くのだった。
「よし…行くぞ」
「ああ」
「そうだね」
三人が頷きあっているのを見ていた梓紗は、ふと、六体の石像へ視線を向けた。そして、惹かれたように、梓紗は石像の前に歩み出す。
「梓紗?」
「どうした?」
背後から響くように届いた声に、梓紗は反応を示さず、彼女はその場に跪くと、胸の前で合掌し、一度、瞼を閉じた。
「梓紗…」
「……」
「……」
三人の男達は、凛とした梓紗の背中に、呆気にとられたように視線を注ぐ。
そんなこととは思わず、梓紗は、心の中で祈りを唱えた。
『ありがとうございます……
この鍵で、我らは、命をかけて、絶対に世界を守ります。あなた方の子孫として恥じないよう、尽力致します。
どうか、どうか…見守っていてくださいませ』
祈りを唱え終えると、ゆっくりと瞼を開いて、立ち上がる。
「お待たせ」
振り返った梓紗の表情は、少女と言うより女性の、それも高貴な立場、民を率いていく立場としての強い決意と美しさが、香り立つようなものだった。
三人の、どこか惚けたような視線が彼女に向けられる。
「どうしたの?行きましょう」
首を傾げた梓紗にハッと我に返ったのか、彼らは頷いた。
「あ、ああ」
「じゃあ、行こうか」
「そうだな」
四人は一礼の後に、その空間を後にした。
去っていく彼らの背中を見ている、石像達が一瞬、微笑んだかのように、光ったのは、偶然では無いだろう。




