第二十五章 変化と戸惑い
第二十五章 変化と戸惑い
翌日。
梓紗達は、いつものように木々の間を飛び進んでいた。
四人は、昨日、弧黄泉亥頭句盛が言い残した、鍵の在り処について、話していた。
「昨日の、あの魔物の言葉、どう思う?」
梔昏の問いに、冰龍は難しい顔のまま、正直な感想を答えた。
「苦し紛れの嘘にしては、辻褄が合う」
「だな…」
兄達の言葉に、琭葩が訊ねる。
「とりあえず、その線で探していきます?」
「それが、一番、効率が良いかもしれないな」
「じゃあ、決まりですね」
決定と同時に、彼らは地面へと降り立った。
「いくつか洞窟を調べるか。緑玉の鉱脈のある洞窟と言っていたな。夜になった方がより、見つかりやすいだろうが」
「そうですね」
「また、二手に分かれた方が良いな」
「ああ」
「この間の?」
「それが良いだろう。琭葩と梓紗、二人で組ませたら、暴走しかねん」
「な、なんだよ、梔昏。それ」
「恋仲のお前達を組ませたら、どうせ、いちゃつくだろ」
「っ!」
梔昏の言葉に、梓紗はかすかな狼狽を覚えた。琭葩とは恋人同士であることは違いない。
それなのに、冰龍にそう思われるのが、ひどく辛いと、梓紗は思わずにはいられなかった。
「ほら、行くぞ」
「え、ええ」
冰龍に促され、梓紗は彼の後へと続いた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~
その間、冰龍はなにも言わず、梓紗にも振り返らない。
「冰龍?」
「ん?」
梓紗の声に、冰龍は振り返る。
「私と琭葩…ちゃんと、恋人に見える?」
「あ?」
冰龍は、梓紗に怪訝そうな視線を寄せてくる。
「ねえ、教えて。あなたは、私と琭葩が恋人に見える?」
「梓紗?」
どこか、切羽詰まった様子の梓紗に、冰龍はやわらかく微笑んだ。そして、大きな掌を梓紗の髪の上に乗せる。
「ああ。ちゃんと恋人に見えるよ。だから、安心しろ」
「そう…」
「なんだよ?村で、何か言われたのか?」
「そういう、わけじゃないわ」
梓紗は、表情をかすかに歪めながら、視線をずらす。
いつもの、溌溂とした彼女とは、かけ離れた様に、冰龍は眉をひそめる。
「梓紗、お前、一体…どうした?なんか変だぞ?」
「冰龍…」
スッと視線をあげ、梓紗と冰龍の眼差しが、かち合う。
「冰龍、私……っ!
ごめん!」
梓紗は、そのまま冰龍から顔を背け、一目散に走り出した。
「おい!待て!梓紗っ!」
冰龍が制止する声も、彼女の耳に届かない。
梓紗は一瞬で、森の中へ姿を消してしまった。流石は、村で一番の俊足を誇った梔昏の妹だ。
やはり、その血は争えないらしい。
「梓紗…速くなったな……
血は、水よりも濃しとは頷ける……って…そんなこと言っている場合では、ないか…」
冰龍は、ふぅっと溜息をつき、梓紗が消えていった方向へと走る。
木々の間を飛び交い、梓紗の香りを探す。戦士や忍びとしての能力を身につけると、こういう時に役立つ。
やはり、若い頃に、懸命に修練しておいて正解だったと、冰龍はひそかに、過去の自分に感謝した。
「それにしても…さっきの、あいつの目つき…」
なんか、見覚えがあるな、と、冰龍は思い返す。
女が浮かべるあの手の眼差しは、かつて、どっかで見たことがある。
「鬼結…」
梓紗のあの切なげな眼差しに、鬼結の目を思い出した。あれは、自分が恋しく想う男に向ける目だ。
「まさか…あいつ」
冰龍は、頭の中で大体の察しをつける。
「……」
どういうことだ?いや、まさか、な。
というか、本当にそうと、決まったわけではない。とりあえず、彼女を探すことだ。
冰龍は、複雑な感情を持て余したまま、森のなかを走り抜けたのだった。




