第二十三章 鍵の情報
第二十三章 鍵の情報
それからというもの、四人は紅の道を歩き続け、幾日も幾日も『碧緑の森』を探し回った。
しかし、そこらじゅうに、緑あふれる森や雑木林、山々はいくつもあり、どれが碧緑の森なのか判別出来ない。
また、鍵のある場所に繋がる物も、見当たらなかった。
「なかなか、見つからないね」
「ああ。そうだな」
「鍵の在り処が見つからない上に、魔物の襲撃が、どんどん多くなってきてる気がする」
帯刀している刀の鞘に手をかけながら、周囲に気を張る。
「また、雑魚どもなのですか?」
「いや、今回は異なるかもしれん」
琭葩の言葉に、梔昏が用心しろと返す。彼も、殺気を辺りに振りかざしながら足を止める。
『はは、勘が宜しいことだ』
急に声がしたと思えば、四人の前に、小柄で残忍そうな顔つきをした男が姿を現した。
彼が纏う闇の中からは、うじゃうじゃと魔物達が出てくる。
「また、出てきやがった」
「数だけは、優秀と見えるな」
『そんなこと言っていられるのも、今の内だ。俺達は、今までのような雑魚じゃないぜ』
男が、頬のあたりまで裂かれた如き、大きな口を開いて笑う。
蛇の顔をしており、口には、鋭い牙もある。何という魔物かは、分からなかった。
しかし、本人が言うように、確かに今までの相手とは違い、格段に強い妖力が感じられた。
『我は、弧黄泉亥頭句盛!者ども、かかれ!』
弧黄泉亥頭句盛の声と共に、背後に控えていた、様々な姿の魔物達が四人へと襲いかかってくる。
冰龍達は刀を抜き、一斉に、それに応戦しにかかる。
しかし、今回の魔物達は、これまでどおりの、一筋縄で敵うような相手達ではなかった。
斬っても、斬っても、息を吹き返す再生力の持ち主だったのだ。
「な、なんだ!?こいつら」
「不死身なのか?」
「このままじゃ、切りがないよ」
何度も斬りつけ、倒しても、彼らは元通りの姿になって甦ってくる。
次第に、四人の息も上がり始めた。
『ははははっ!どうだ?畏れ入ったか。ここがお前達の墓場になるのだ!』
嘲笑する弧黄泉亥頭句盛の姿を、冰龍は一瞥する。
「……くっ、言わせておけば」
冰龍は低く呟くと、今、刃を交えている相手を薙ぎ払う。
そして、次の瞬間、彼の額と眸から、青白い光が放たれた。
額に青い紋様が浮かび、眸は、黒から青に変わっている。
神の力を解放した時の姿だ。
もっと力を解放し、神がそれに応え、降臨したら彼の身体は翆嗚観之尊と共鳴、融合し、青狼の姿になるだろう。
これは、一歩手前の状態だ。
冰龍は、力の放出を続けたまま、目の前の敵に斬り込んだ。ズバッという音をたてて、冰龍に斬られた魔物が倒れ込み、そのまま霧のように霧散する。
「霧になった!」
「再生しない」
「どうしてだ?」
「神力を使ったからだ」
「え?」
流れるように、刀を振るいながら冰龍が言う。
「これだけの妖力に対抗するには、聖水の聖気では足りん。
俺達の持つ神力の強さを上げ、それを、媒介である刀に移すべきだったんだ。
よく考えれば、これまで、刀に含まれた聖なる気のみで、十分に戦って勝てる相手だったからな」
「成程」
「あっちの実力が上がったから、刀だけの力じゃ無理ってわけか」
「それなら、自分達の力を」
「解放すれば良い!」
今まで神力を使うことに無縁だったからか、簡単そうで、盲点になっていたところを示され、合点がいった。
梔昏が素早く力を解放する。
赤い光が漏れたかと思うと、彼の額に紋様が現れ、眸が赤く染まる。それに倣うように、碌葩も梓紗も意識を集中した。
すぐさま梔昏に続き、琭葩の身体からも、緑色の光が放たれ、神力が溢れだした。
しかし、梓紗だけは、どうしてもまだ未発達なのか、体が発光してもすぐに消えてしまう。
「っ、どうして…」
梓紗は懸命に神力の解放を促したが、意志に反して身体は動いてくれなかった。心が、焦っていくばかりだ。
それを見てか、魔物達は、一斉に梓紗へと攻撃を仕掛けてくる。
力の解放と戦闘二つの事柄を迫られ、梓紗は追い詰められた。
「梓紗!」
「梓紗っ!」
「っ!」
他の三人とも、梓紗よりも遠い位置にいて対峙する魔物に阻まれ、なかなか、彼女を助けにいけない。
『その女を殺れ!』
弧黄泉亥頭句盛の言葉に反応した魔物二頭が、大きな爪を振りかざして、交互に梓紗に襲いかかった。
「く!っ!」
梓紗は紙一重で避けながら、必死に意識を集中する。
そこに隙ができるのか、背後に迫っていた俊敏な蜥蜴のような魔物が、梓紗に食いかかろうとした。
「っ!?」
ここまでか、と梓紗が目を瞑った時だ。
ザンっと、鈍い音があがった。
ハッと目を見開くと、冰龍がその蜥蜴の魔物を一撃で仕留めたところだった。
「大丈夫か?」
勢いよく振り返る冰龍の顔を見て、安堵と胸が熱くなる気持ちが、梓紗のなかに溢れた。
「冰龍…ありがとう」
「それにしても。女に集団で襲いかかるという、その根性が気にくわない」
ふと、気づくと、先ほどまで梓紗を襲いかかっていた二頭の獣が、切り倒されていた。
「……」
改めて、冰龍の強さを思い知る。
強くなりたい…守られたくない。私も戦って、仲間を守りたい。
使命を遂げたいの!
強く、強く、梓紗がそう願ったとき…
トクン――
「っ!」
梓紗の身の内から、牡丹色に近い紅の光が放たれた。現れた紋様も、双眸も、その色に発光する。
「で…きた」
「梓紗……よく、やったな」
冰龍が、梓紗の頭を優しく撫でた。
それだけで、これまで感じたことのなかった温かい広がりが、梓紗を支配する。
「冰龍」
「…しかし、さっきから考えていたが」
冰龍は一変して鋭い眼光をとばした。
その先にいるのは、弧黄泉亥頭句盛の姿だ。
「全てのものが、あまりにも都合良く、貴様の命令どおりに動くな…」
冰龍の言葉に、梓紗は周囲を見渡す。
周囲にいた魔物達は、琭葩と梔昏が倒していたのか、随分と少なくなっていたように思えた。
しかし、また闇が生まれ、ぞくぞくと魔物達が飛び出してきた。
「……お前か?」
『っ!?』
そう、冰龍が呟いたと同時に、彼は凄まじい速さで、弧黄泉亥頭句盛の方へと向かっていった。
『ひっ!』
冰龍は一直線に、彼に斬りかかる。
すると、思いもよらないことが起こった。弧黄泉亥頭句盛の手下達が、黒い霧となって霧散したのだ。
「ええ?」
「嘘…なんで?」
「そういうことか」
「どういうことだよ?」
「とりあえず、あの男の動きを抑える。四方から囲め」
梔昏の命に、梓紗と碌葩が振り向くと、冰龍に刀攻めされていたあの魔物は、一目散に逃げていた。
「わ、分かった」
「今行く」
梔昏に続き、梓紗と琭葩も深い森の中を走った。
そのまま、四方に大きく分かれ、冰龍の気配とは、それぞれ反対の方から攻め入った。
四方から囲み、徐々に、その範囲を狭めて挟み込んでいくのは真耶族戦士の常套手段だ。
絶妙な間合いを計りながら、彼等は、決して小さくはない妖力の波動を、挟み込んでいく。
『っ!』
「残念だったな」
行き着いた先に刀をかまえた梔昏が待ち構えていた為、弧黄泉亥頭句盛は狼狽し、反対側へと飛び去る。
「おっと、こっちも行き止まりだぜ」
同じように琭葩が現れ、先を塞ぐ。
真耶族の俊敏な動きでは、逃げ足の速い魔物にも引けをとらない。
弧黄泉亥頭句盛は再び、脇へずれて、駆けだした。
標的がやってきたのを見計らい、梓紗は音もたてずに木の上から弧黄泉亥頭句盛の脇に降り立ち、彼の喉へ刀を突きつけて、行く手を遮った。
『ひっ!』
「さっきは、よくも狙い討ちにしてくれたわね。その借り、たっぷり返すわ」
その声と同時に、梓紗の刀が躊躇なく動いた。
間一髪の差で、弧黄泉亥頭句盛は刃から避けたが、次なる梓紗の一振りが、彼の腕を切り裂く。
『ぐはっ!』
痛苦に顔を歪ませながら、彼は必死に逃げ道を探す。
だが、既に、彼の立つ四方は祝部達に押さえられている。
『くっ…』
「貴様が幻影を見せていたとはな」
「その幻影も、お前の妖力だから、俺達には効くが、偶像だから、俺達が倒しても、また再生する」
「成程、それを封じるには、こいつを狙えば良いってことか」
「これで、仕留められる」
四人は顔を見合わせると、一斉に、刀を握る手に力を込めた。
「これで、もう、幻影は使えないぜ」
「貴様が大量に幻影を出しても、この至近距離なら、誰か一人にお前を任せ、三人だけで、魔物の相手も楽にできる」
命の危機を感じとり、弧黄泉亥頭句盛が両手をあげた。
『ま、待った!』
「待ってやる義理など、無い」
取りつく島もなく、冰龍が弧黄泉亥頭句盛の言葉を一蹴し、全員が刀を振り上げようとした。
しかし、次に彼が発した科白で、全員の動きが止まる。
『お前ら…鬨の神殿に使う鍵が欲しいんだろ?』
「……」
「……」
「……」
「……」
束の間。
彼らの間で緊張の糸が張った沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、正面に立つ冰龍だった。
「だったら、どうなると言うんだ?」
『俺は、その場所を知っている!』
予想外の発言に、四人は、その言葉と魔物を吟味するように、彼を凝視した。
彼らの素振りに少し余裕が感じたのか、弧黄泉亥頭句盛が、一気に言葉を繰り出した。
『と、取引をしようじゃないか』
「取引だと?」
『俺を殺すな。
そのかわり、鍵の在り処を教えてやる…難なら、魔物達の計画も特性も動きも教える!だから、俺を見逃してくれ』
手を合わせ、頭を下げる魔物を前に、彼らは探るような視線を浴びせた。
正直、信じられるのかは疑わしい。しかも、簡単に手の内を、曝け出しているも同然だ。
平気で、そういう情報を漏らせるところが、梓紗は気にくわなかった。
「……」
「悪くはない話だが…どうする?」
梔昏が訊ねる。
真っ先に疑わしげな表情を浮かべたのは、琭葩だった。
「こんな奴の言葉、信用できるのか?」
「私は、信じないけど」
素直な感想を、梓紗は述べる。
簡単に仲間と言うべき魔物達に、不利になるようなことを敵に喋るような者など、梓紗には信じられるわけがなかった。
もっとも、今の発言が、真なのであれば、の話だが。
『頼む!本当に教えるから……
碧力の森は、森じゃない。ある洞窟の中の鉱脈のことだ。緑玉が多く岩壁に含まれて、月光に照らされると、まるで木々の葉にようになるんだよ。その奥地に……鍵はある』
「……」
まだ、疑心に満ちた意識は、変えらない。
『嘘じゃねえよ。俺は在り処を探せと命じられ、それを見つけたんだ。上にも、まだ報告していない事実だ』
「それは」
「…信じるか?」
四人が顔を見合わせたときだ。バッと、黒い煙が彼らを覆った。
「っ!?」
「なっ!」
一瞬で、その煙は明け、そこにいたはずの、弧黄泉亥頭句盛の姿はない。
「あいつ!」
「逃げたか…」
『はははっ!隙だらけだったぜ…』
そう言って、すでに近くの土手の上に逃げた、弧黄泉亥頭句盛がいた。
そしてそのまま、森の中に消えていったか、に見えた。
しかし、そのまま彼は、後ずさりするように、こちらへ後ろ向きに戻って来る。その様子を見た冰龍が、納得したように頷いた。
「やはりな」
「え?」
「?」
梓紗と琭葩が、何が、やはりなのか、と首を傾げる。
彼同様、冰龍の言葉が何を意味するのかは、分からなかったが、梓紗はこれまた、予想出来なかった者達の登場に軽く声をあげた。




