表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
守護の愛 ~悠久録~  作者: 沙羅魚
21/54

第十九章 恋慕の追憶(後編)

挿絵(By みてみん)




第十九章 恋慕の追憶(後編)



 冰龍と鬼結が恋人となって、一年。

 冰龍の毎日は、とてもなく充実していた。それは、ひとえに、鬼結の存在があったからだ。

 完全な安心感はなかったが、冰龍は、心に、これまでには無かったゆとりを持つことが出来た。

 愛しい女が近くにいることが、これほど、満たされるとは、思わなかった。

 しかし、だからこそ、恐い部分もある。

 自分の惚れた女を、誰が不幸な目に遭わせたいなど、思うものか…。

 とはいえ、魔物に呪いを与えられ、彼らをひどく憎み、怨んでいたはずなのに、自分は、魔物を愛してしまった。

 なんとも、皮肉な話である。


 しかし、それでも良かった。

 鬼結と、一緒にいることが出来ればと、本気で望んでいた。彼女は満たされなかった寂しさの半分を埋め、梔昏と同じ、いつも共にいて、抱える孤独の心を癒してくれる。

 彼にとって、残された、あたたかい春の日ざしのようだった。


 それを強く自覚した時、冰龍は、決断を下した。

 





~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~




 それから、梔昏に証人を頼み、口の固い飾り職人を呼び寄せ、冰龍は、一つの品を創ってくれるよう、頼んだ。


 そして、その二十日後、頼んでいたものは、出来上がった。

 その日の宵は、夜桜が闇夜に咲き降る、美しい夜だった。


 冰龍はその宵は、鬼結を帰さず、普通の会話をしながら、なんとか、自身の部屋に留まらせた。

 ちなみに、その宵、梔昏も闇に潜んで、訪れてくれていた。



『鬼結』

『ん、何?』

『…………』



 冰龍は、桐箱の中に綺麗に収められたその品を、鬼結の方に向けた。



『冰龍、急にどうしたの?これ』

『お前に似合うと思ってな。特別に創らせた』



 それは、精緻で美しい髪飾りだった。



『気に入ればいいが』



 箱から取り出し、冰龍は鬼結の髪に、赤い牡丹の髪飾りをつけてやり、微笑んだ。

 二十日前に、呼び寄せたのは、口の重いことで知られる、部族でも高名な飾り職人、詩珀しはくだ。

 彼に頼んだのは、この髪飾り。

 赤い牡丹をかたどり、その下に、紫の蝶結び、緋色の飾り紐を斜め上下に二重に結いつけ、青玉と金、紅玉をあしらった垂れ飾りをつけた、繊細で見事な細工を施された逸品だ。

 冰龍が考案し、その特徴を詳しく詩珀に話し、彼はそれは見事に、完成させてくれた。

 ちなみに、実際に自分の誠意を示すためにも、かつて、この痣を負う前、軍団に属していた頃の給金で、あがなった品である。



「言っとくが…

 女に物を贈るのなんて、初めてなんだぞ?」

「確かに。

 意外にお前って、経験値低いよな」



 そこへ、潜んでいたはずの梔昏の同意が響いた。普段から、冰龍と共にいる梔昏気配に慣れすぎて、気付いていなかったのか、その声に鬼結がビクッと身をこわばらせる。



「おい、梔昏…」

『梔昏、い、いたの?』



 冰龍が非難を飛ばす。



「はいはい、分かった。黙るよ」



 仕方ない、と言いたげな梔昏に、冰龍は内心、ふてくされる。




「ったく……」

『冰龍』

「……」



 冰龍は鬼結を見て、やわらかく微笑んだ。

 色鮮やかな飾りは、鬼結の絹糸のように滑らかで、引き締まった色合いの髪にとても映えた。



「思った通りだ。よく似合う」

『綺麗だわ…嬉しい、ありがとう。大切にする。

 それにしても、贈り物の相手が、私が初めて?』



 首を傾げる鬼結の可憐な笑みを受け、冰龍は、鬼結の黒髪を一房掴み、そっと口づけた。



「その話を出すなよ……」

『冰龍』

「あぁ、分かった。

 そのとおりだ。第一、お前以外に贈る相手もいないし、その気もない」

『それ、本気で言っている?』

「当たり前だろ」

『信じるわよ?その言葉』

「ああ。信じてくれ……それと、もう一つ」



 冰龍は少しの緊張を含みつつ、興味津々といった具合の梔昏の気配を感じ、彼の方を一度だけ窺い見た後、目の前の恋人に呼びかけた。



『ん?』

「鬼結……俺の女になる気はないか?」

『私はもう、あなたの女よ?』



 何を言っているのか?と、不思議そうな表情を、鬼結は浮かべている。そんな彼女の返しに、冰龍は首を横に振った。

 そして、思いきって鬼結の肩に手を置く。



「そういう意味じゃない。

 証を、俺と契を結ばないか…っていうか…つまり……

 俺の妻に、なってほしい」

『…え?』



 求婚きゅうこんを示す冰龍の言葉に、鬼結は目を見開いた。

 梔昏にも目配せし、彼女は、真意を確かめている。



『…本気で言っているの?』

「戯言でこんなことを、俺が言うと思うのか?」

『それは、そうだけど……でも、ほんとに、魔物の私を妻にと?』



 自嘲気味に、鬼結は訴える。

 しかし、そのことは既に、冰龍にとっては造作もないことだった。



「確かに、お前は魔物、俺は人間だ。

 だが、それが何だっていうんだ?俺は、人間魔物関係なく、お前を愛しているし、一番大切な存在と思っている」



 これだけは、本心だ。断言できる。

 そんな勢いめいた冰龍に、鬼結は、衝撃を隠しきれないでいるようだ。



『そ……そんなの…』

「俺の言うこと、信じられないか?」



 鬼結は、首を横に振る。



『そういうわけじゃない。ただ、あなたは、きっと後悔するわ?』

「後悔が先にたっては、その先の未知は生まれない」

『でも…』

「もう迷うな。お前自身の答えは、どうなんだ?」

『この顔を見れば、分かっているでしょう?』

「当たり前だ」

『じゃあ、最初から、答えなんていらないじゃない』



 クスッと微笑んだ鬼結に、冰龍も微笑み、その手を紳士風に持ち上げる。



「では?…姫君」

「っ、ふふ。喜んで受けるわ」



 似合わないようで、似合っている芝居じみた冰龍の動作に、鬼結は、頬を赤く染めながら、首を縦に振った。



「よし、決まりだな!おめでとう、冰龍、鬼結!」



 軽く手を叩いて、梔昏が出てきて、祝福の言葉を述べる。



「梔昏…」

『ありがとう、梔昏』

「承った、証人としてな。

 これで、お前達は立派に夫婦だ!じゃあ、後は水入らずで」



 簡単にそれだけ告げ、梔昏は、にこやかに笑って片目を瞑ると、子どもの頃から身体に馴染んでいる、隠密の技で、夜闇の中にスッと消えていった。



「さて……」



 冰龍はにこやかに微笑み、自分の閨へ彼女を通す。

 実は、昼のうちに梔昏に手伝ってもらいながら、仄かに甘い香りのする香を焚き、桃色の雪洞(ぼんぼり)に明かりを灯し、真新しい褥に、薄桃色の花びらを散らしておいた。

 その後継を見て、鬼結は胸を高鳴らせた。



『っ、冰龍、あなた。

 こんなの嫌いじゃなかった?』



 鬼結の指摘に、冰龍はフッと照れ笑いを浮かべる。



「一夜くらい、我慢するさ。

 女っていうのは、こういうのが好きなんだろ?」

『最高よ!』


 

 鬼結が感極まったように、冰龍に抱きつき、冰龍もしっかりとその細い体を抱きとめる。




『冰龍…あなた』

「鬼結…」



 二人は口づけを交わし、そのまま褥の上で肌を重ねた。

 夜闇の中にほんのりと浮かび上がる彼女の肌は、降りしる月明かりと共鳴し、白く発光する花のように、美しかったのを覚えている。





~・~・~・~・~・~・~・~・~・~







 翌朝の旭日の光を、冰龍は、鬼結の可憐な寝顔を見つめながら、幸福を胸に迎えた。

 腕枕をしてやりながら、冰龍は今までよりも強い愛おしさを鬼結に感じる。

 これまでも、彼女を確かに愛してきた。熱病のような恋、燃えるような愛を、抱いていた。

 そして、昨夜契りを交わし、公には出来ないとはいえ、夫婦になって、今までとは別の形の感情も、加わっていた。

 闇を照らす月や、染み渡る水のような、静かでも、確かな広がりのある感情だ。

 一晩肌を合わせただけで、恋人に抱く恋情から、家族である、夫婦としての愛が芽生えていた。








~・~・~・~・~・~・~・~・~・~






 それから、早二年。

 鬼結と夫婦の縁を結んで、二度、季節が廻ったある日。

 冰龍は、彼女に一つの提案をした。



「なぁ、ここから逃げないか?」

『冰龍?」



 冰龍の提案に、書画を描いていた鬼結は耳を疑い、縁側に腰掛ける冰龍の背中に視線を送る。



「このまま、ここにいても…俺達は、一生、不自由なままだ。

 普通の夫婦のように共に暮らすことも、子を産むことも、育むことも出来ない。だから、二人で、どこか遠い場所へ去ることが、俺達にとって、一番良いことじゃないか?」



 鬼結は立ち上がり、冰龍の傍らに腰を下ろす。



『でも、冰龍…

 あなたには、大事な使命があるでしょ?それを、捨てて――」



 冰龍が振り返り、鬼結の肩に手を回す。そのまま、自然に鬼結は夫の方に身を預ける。



「どうして俺が、妻を滅ぼすような道を選ばないといけない?」

『…だって、魔物からも、人間からも逃げるなんて、無理よ』

「心配ない。

 俺を信じろ。魔物も人間も邪魔をするなら、俺が倒す。

 自分達の力で結界石をつくり、それを生活する周囲に埋めれば、良い」



 力強く計画を話す冰龍、鬼結は窺い見るように視線を上げた。



『…冰龍。

 でも、梔昏のことは?彼は承知しているの?』



 妻の問いに、冰龍は頷いた。



「梔昏は、分かってくれている。

 既に、このことも話した。時折でも、あいつに文を出す…だから、大丈夫だ」

『……』

「どこかの国の森の奥とか、山の中……

 夫婦として静かに暮らせれば、俺はそれで、十分だ。

 子を産んで、育て、穏やかであたたかな家庭を、お前と持ちたい」



 焦がれるように夢を語る冰龍に、鬼結は、そっと抱きしめるように腕を回しながら頷いた。



『そうね。私も、そう望むわ』

「だったら問題ない

 次の満月の夜、ここを出よう」



 冰龍の提案に、鬼結は桜の花びらのように、やわらかく頬笑んだ。



『ええ……素敵ね」

「魔物のお前は、呪を受けた俺の傍らにいても、死なない。

 この、顔と体の痣を、お前は受け入れてくれた。だから、気負わずにいられる。お前の隣は、本当に心地よい」

「そう思って、くれていたの?」



 冰龍は鬼結の右手を、そっと自分の左手で包み込んだ。



「ああ。

 お前は、俺が傍にいることを許される、唯一の女だ。

 一生、お前を妻として、大切にする」

『冰龍……』



 そのまま、冰龍は鬼結を腕の中に収めた。鬼結も、そのまま身を任せるように冰龍の胸に頬を擦り寄せた。



「俺は、絶対にお前を離さない。何があっても、誰に反対されても、お前は、俺の妻だ」

『…はい、あなた』

「いいか?

 次の満月の夜、大切なものだけを持ってこい。

 闇に紛れて、朝には、俺達は幻になる」

『ええ………ええ』



 鬼結の頬に手を添えると、彼女も、愛おしそうに添えられた夫の手の甲に、自らの手を重ねた。





 その幸せそうな鬼結の表情を、俺は、生涯、忘れることは無い……




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ