第十五章 魔界
第十五章 魔界
自分達の住む世界、魔界へと帰った鬼結は、ずんずんと、あてもなく暗闇を歩いていた。
魔界と俗に言われている、この世界。
多種多様な魔物が、ここに集まっており、それぞれ、暮らす地区を持っている。
一方で、彼らは基本的に、人間と同じ世界にも、個々の領域を持っている。
例を挙げれば、岩場に生きる狼鬼族、絶壁に営む妖鳥族、火山に生息する火鼠族、沼地に棲む蛟族などなどと、ある。
そのなかでも、勢力の大きな一族を挙げれば、水辺や海辺に住む、水月率いる水鬼族、雪原や険しい雪山に暮らす、雪橋率いる雪鬼族、人里離れた深い山奥に住む、己が率いる鬼族の、三大鬼種族だろう。
とはいえ、集まっている仲間全部が、全部友好的というわけでもない。
同じ根城を争い合う、敵同士である種族も、何組もいる。ただ、今は、必要に迫られて、刹那的に手を組んでいるのだ。
この魔界に集められているのは、闇に生まれた常夜蟒之王に従う、魔族全般の長達、そして、それらに連なる精鋭部隊だ。
『鬼結』
『……』
『鬼結、分かっているのですか?
貴女はもう、蟒之王の臣下なのですから…昔の情は――』
『分かっているわよ!』
水月の問いに、鬼結は、勢いよく振り返る。
しかし、苦々しい表情を浮かべている鬼結とは対象に、水月は、無表情のまま、彼女の真後ろに立っていた。
『想いを残しているのも結構ですが、あなたはもう、身一つでは無い』
水月が言い聞かせるように発したその言葉に、鬼結は、視線を反らす。
『……』
黙りこむ鬼結を一瞥し、水月はゆっくりと息をつくと、そのまま、瞼を閉じて、静かに言葉を繋げる。
『我らに課せられた使命。
貴女が望んでいなくとも、あの方々を葬るべきです』
水月が敢えて、鬼結の神経を逆撫でする言葉を選んでいることは、分かっていた。
しかし、今はそれを、冷静に受け流せるような心境には、なれない。
鬼結は、水月の言葉尻に被さるように、間髪入れずに叫んだ。
『分かっている!……もう、あいつ等に情けはかけないわ』
そんな鬼結の姿を、しばらく無言で見つめていた水月だったが、やがて一度、頷いた。
『…お分かりになっているのであれば、結構です。
それでは。
俺は、一族に召集をかけていますので』
そう言い残すと、水月は、その場から一瞬で消えた。
一人、残された鬼結は、水月のいた場所を見つめ、置かれた自分の現状と、水月の言葉、そして、先程の冰龍とのやり取りを思い、独り、考え、苦しむのだった。
行き場のない思い、やるべき事と、心に望む事の相反する事態に、魂が、悲鳴をあげている。
『……』
鬼結は顔を歪めると、短い裳の隙間から、髪飾りを取り出した。
それは、思い入れのある品だ。冰龍と自分を繋ぐ、絆の証のようなもの。この四年間、いつも髪に付け、今回、冰龍と対面する時だけは外した。
それでも、魔界へ置いてくることは出来ず、ずっと布の隙間に、肌身離さず持っていた。
『冰龍…』
髪飾りを両手で抱えながら、軽く口づけして、小さく、鬼結は呟いた。
『私は……一体、どうすれば……』
鬼結の切なさをのせた呟きは、魔界の闇の中に、こだまするのだった。




