第十一章 真耶の血
第十一章 真耶の血
覚えのある気配に、二人は思わず背中合わせになり、周りに気を張る。
「魔物…だよね?この感覚」
「ああ。
一つ一つは雑魚だが、かなり量が多いな」
彼らの前に、湧いて出たような、獅子や、大蛇、鳥や牛、狐、悪鬼などの妖魔や魔物達が現れる。
「二人で倒せる?」
「ま、やってみるしかないな」
冰龍は腰に帯びた刀を抜き、それに続くように梓紗も、帯刀を抜いた。
剣の心得は、勿論、ある。
だが、これだけの相手をしたことが、あるだろうか。
真耶族の武具には、基本的に、大巫女の芙慈乃を始めとする巫女達の霊力を含ませ、さらに聖水に浸して、聖気を帯びさせ、破魔の威力を持たせている。
ゆえに、魔物を倒すことも出来るのだ。
「いくぞ」
「はい!」
冰龍の掛け声と共に、二人は地を蹴った。
鮮やかに剣を振るい、手足や飛び道具を巧みに使いながら、冰龍と梓紗は目の前の敵を倒していく。
しかし、魔物達も量が量だけに、一筋縄ではいかず、しかも、じょじょに、一頭一頭が、自分の妖力を上げていっているようにも見える。
「なんだか。私達、奴らを煽ってない?」
「そうだな……だが」
冰龍が、一度言葉を区切った後、そのまま、剣を振り上げて、襲いかかってきた悪鬼を仕留める。
「……痺れるぜ」
返り血を浴び、冰龍はかすかに肩で息をしながら、戦闘に興奮しているのか、不敵な笑みを浮かべている。
「冰龍」
好戦的な科白を口にする冰龍に、梓紗は、ゾクリと身を震わせた。
優しい彼、冷静な普段の彼からは、想像できないほど、本能的で野性的な表情だ。
しかし、それは決して嫌悪を抱かせない。
彼の昂ぶりに、まるで、自分も引き込まれるようだ。
巫女や古の神話、神の教えなど、聖なる力を誇りつつも、真耶族は、戦闘に優れた、好戦的な一面を持つ部族だ。
また、真耶は、部族の存続を守るために、優秀に育て上げた忍びや戦士としての能力を、時の権力者に献上してきた、代々の戦民族。
その、古い戦人の血が、確かに、自分達の内に流れているのだ。
神の恩赦と寛大さに、感謝せずにはいられないのに、不思議だ。
何故、戦や血に高揚を覚えてしまう、浅ましく、獣めいた自分達に、加護を与えてくださったのか。
とはいえ、この戦いが終われば、自分達は、生命を奪ったことへの良心の呵責に、苦しむことになるだろう。
敵対する、魔物との戦いは、そのための救いなのか、はたまた、罰なのか。
「血は、水よりも濃いみたい…なんだか哀しいけど」
「そうだな。これが、所謂、俺達の性だ」
「え?」
「同族や、我が身を守るためとはいえ、俺達は……一度、箍が外れたら、何の厭いもせずに、相手を殺す。斬った命への罪悪を、どれほどに感じても」
「そうね」
「だが、俺は、この務めを成す。それが、今の使命だ。
そうだろ?」
「ええ」
二人は、戦闘中に、不敵な笑みを交し合う。
そして、そのまま再び、魔物達と斬り結び、極限にまで迫る、命の奪い合いを繰り返していく。
血が流れるのを、心で厭いながらも、その血を浴びて、本能のままの高揚を隠せないという…
哀しく熱い、一族の性を感じながら…
そんな二人の胸中を察しているのか、魔物達の量は、なかなか減らない。
流石に、梓紗の息が上がり始める。
多少の疲労を、じんわりと感じたとき、それを察したのか、冰龍の声が、背後から勇ましく響いた。
「数だけは、自信があるって、ことか?上等だ。全部、叩っ斬ってやる!」
「…そう、こなくちゃ…ね」
二人が、背中越しに気合を入れなおし、もう一度、刀の柄を強く握り直した瞬間だ。
「二人だけで楽しむなんて、不公平じゃないか?俺達も、遊ばせてくれ」
「兄上、梓紗、助太刀するぜ!」
上から降ってくるような声に、ハッと顔を上へ向けると、近くの木々の上に、梔昏と琭葩が立っていた。
どこか、憑きものが取れたような顔を、琭葩は浮かべている。
その傍らに立つ梔昏が、投げかけるように、冰龍と梓紗に呼びかける
「どうやら、そっちも片がついたようだな」
梔昏の確信づいたように叫ぶ物言いに、冰龍が頷く。
「ああ。そっちもか?」
「抜かりはない」
「それなら、さっさと降りてきて、手伝え」
「御意」
「はい!」
冰龍が、挑発的に誘う。
こんな彼の振る舞いを見るのは、琭葩も久しぶりだろう。多少、驚いているようだが、どうやら喜んでいる。
ガサリと枝音をたてて、二人がふわりと地面に降下し、無事、着地する。
そして、素早く剣を抜くと、華麗な剣舞を舞うように、目の前の敵を凪ぎ倒していく。
「この感覚……拙いかもしれないな」
「そうだね。なんていうか…興奮していく。命を奪う罪悪は感じるのに、血を浴びることに歓喜しているような……」
「魔物とて生き物。本来、殺生は、好まない筈…だったんだがな」
相手との間合いを計りながら、梔昏と琭葩も、先程の自分達と同じようなことを漏らしている。
「そろそろ、片がつきそうだな」
「ええ」
「一気に終わらせるか……正直、物足りないが…」
「俺達、さっき来たばっかりだからねえ…でも、分かる。同時に満たされない気分になる自分が、怖いよ」
「それが、俺達、真耶族の性だ。諦めろ。今回の任務には願ってもないことだ。
しかし、なぜ、神の守護を受ける祝部が、戦民族と成り果てた、我が一族に降りるのかが、理解しかねるな」
あらゆる神が厭う、殺生に昂揚を覚えているのに…と、冰龍が呟いた。
「同感ね」
「確かに」
「ああ」
と言いつつ、四人はどこか歪んだ、複雑そうな笑みを浮かべる。
そして、それぞれ、最後の正念場にさしかかった。
~・~・~・~・~・~・~
それから、さほどの時間を置かないうちに、現れた全ての魔物を、倒したのだ。
「これで、全部?」
「そうみたいね」
目の前には、魔物達の亡骸が転がっている。それらはもはや、風化し始めていた。
魔物達は、死した後の風化が早く、一瞬の間で、砂塵や黒煙となって、消えてしまうのだ。




