第八章 旅と道導
第八章 旅と道導
四天王の祝部として、四人が秘宝を持ち帰るべく、鬨の神殿へ向かう旅に出立して、六日がたった。
「そういえば、今日で六日目か」
ふと、琭葩がそう口走り、それに梓紗が応じる。
「もう、そんなになるのね。出立の日が懐かしくも感じるけど」
「六日前と言えば、伯母上も母上も凄かったな」
「全くだ。引き離すのが一苦労だった」
梔昏の言葉に、冰龍は深く頷いている。
出立の直前まで、母達は号泣していたのだが、どうにか、宥めすかして出てきた。
「でも、少し、嬉しかったな…」
「梓紗」
「また、帰れるかも分からないんだもの。本当に、母様達が、大切に育ててくれたのが、感じられたわ」
「…そうだな」
「ああ。違いない」
出立の際、民達からは声援を送られ、両親や親族達とは、別れの盃を交わした。
村を出た、四人は戦装束を身に纏っており、先祖が生業としていた忍びさながらに、木々を飛び移りながら、先を急ぐ。
とりあえず、領域の外まで向かうのだ。
「それにしても。地図が無いってどういうことよ!」
「同感…」
「赴く道中、それぞれ、目的地への印となるものが、書物に書いてある。
それを見つけて行くことが、賢明だろうな」
「で、その書物は?」
「梔昏が持っている」
「この通り」
梔昏が手持ちの荷物の中から、巻物の書物を取り出した。
「何と、書いてあるんだ?」
冰龍の問いに、梔昏が、書物の文字を読み始めた。
『祝部が見つかりし時、ここに記す証を辿れ。
金色に染まりし泉のあるところ、肩を並べし、紅に燃える道路の下へ辿りつくべし。
彩し紅の道を辿らんとすれば、青碧の森が見えし。
宵闇を待て。
銀月の光の示さん場所に、白金の鍵ありて、汝、それを以て、我が宮の封を解くが良い。
闇の深き場所の向こう、我らが居場所あり」
「金色の、泉?紅に染まる道?」
「さしあたり、この最初に示されてる、金色の泉を、探すべきなのだろうな」
「金色の泉なんて、普通に考えても、あるわけないと思うけど」
「梓紗。お前は単純だから、そう考えるのかもしれんが。世の中の全てを、そう素直に、解釈をするな。
ちゃんと、こう示したわけがあるのさ」
呆れたように、兄の梔昏に言われ、梓紗は軽く頬を膨らませて、そっぽを向く。
そんな梓紗の機嫌をとろうと、琭葩が、まあまあと宥めにかかった。
「とりあえず、泉を探せば良いのでは?」
「そうだな。一カ所に止まっていれば、より魔物に襲われる可能性も高い」
「それしか、ないだろう」
琭葩の提案に、冰龍と梔昏も頷き、とりあえず、手近なところから、書に書かれた内容に該当する、金色の泉を探すことになった。
「どうしますか?二手に分かれますか?」
「そうだな。その方が、より見つける率は高いだろう。とりあえず――」
「俺と琭葩、冰龍と梓紗で」
「梔昏?」
「梔昏?」
「兄様?」
意外な分け方をした、梔昏の提案に、三人が訝しげな表情を浮かべる。
梓紗としては、冰龍と梔昏、梓紗と琭葩。もしくは、冰龍達兄弟と、梓紗達兄妹で、分かれるだろう、という予想だった。
それは、琭葩も同意見であろうし、冰龍も、そうだろう。
ここで、兄が、そんな提案に出てこようとは、思わなかった。
「どうして、私と冰龍、琭葩と兄様なの?」
妹の問いに、梔昏は意味深に笑った。
「…さぁ、なんとなくだ。だが、梓紗、胸に覚えがあるんじゃないか?」
そんな兄の表情に、図星を押されたかのように、梓紗は内心狼狽える。目が、微かに泳いでいるのを、目敏い梔昏が見逃してくる筈はない。
「そ、そんなの無いわよ」
「そうか。それなら、何だ?冰龍と行くのが嫌なのか?」
「別に…そういうわけじゃ……ないけど」
言葉を濁す妹に、梔昏は悪戯っぽく笑った。
「だったら、問題ないだろう?たまには、普段顔を突き合わせない連中同士の方が、新鮮だしな」
「…でも」
「普段、自分が使わない鼻を使って、案外早く目的地に辿りつけるかもしれんぞ」
「犬と一緒にしないで」
尚も、納得していない様子の妹を、多少、乱暴に押し退けた梔昏は、琭葩の方へ顔を向け、森の東側を顎で示す。
「とりあえず、琭葩……俺達は行くぞ」
「あ、うん。えっと、兄上は、それでいいのですか?」
「別に異存はない」
「そうですか。じゃあ、また後で」
本当は、冰龍と行動したかったのだろう。琭葩の表情には、あからさまに、残念そうな色が差している。
冰龍も、それには気づいているのだろうが、やはり、彼のことだ。
ごく自然な様子で何も言わずに、琭葩と梔昏が森の中に入っていくのを、見送っているようだ。
「俺達も行くぞ」
「う、うん」
先に、西側の森へ入っていく冰龍の後に続き、一抹の不安を抱きながら、梓紗は歩み出したのだった。




