未救の英雄
力もなく、知恵もなく、あるのは信念のみ。
剣を振う。それは達人の域ではない。勿論鍛え上げられた戦士のものである。だが、それは訓練すれば誰もが手にすることが出来るものだった。
弓を扱う。それも凡庸であった。
智謀に長けるわけでも、ましてや武術に天賦の才があるわけでもなし。
だが、彼、あるいは彼女には貫くべき信念があった。
己が成すべき願いがあった。
彼、あるいは彼女は人を救いたかったのだ。
その夢を語れば笑われるだろう。
力なきものが誰を救えるのかと。
救いを求める者に手を差し伸べた。その手を掴むことなく求める手は地に落ち力を失った。
飢餓に喘ぐ者たちがいた。どうすることも出来ず、彼らは息を引き取った。
死の淵に立つ者がいた。成す術もなく彼らは物言わぬ屍と化した。
幾度の失敗があっただろうか?
数えることなどできはしない。
その数は多すぎる。
幾度の成功があっただろうか?
数えることなどできはしない。
ただの一度も救うことなどできはしない。
だが、それでも誰かを救いたかった。
戦があれば人々の盾となった。守るべき人は死に絶えた。
救いを求められれば手を伸ばした。その手は掴むことは出来ないとしても。
人が歩いた足跡はどこかに残る。
凡庸だった。
人並みだった。
凡人だった。
だが、確かに勇あるものであった。
それは、信念だけは、特別であった。
だが命を救うことはできない。
それでも、死を間際にした者は、救われたのだろう。
死を目前にして、誰かが泣いてくれるのは。
掴めぬと知っていても手を差しのばしてくれるのは。
彼、あるいは彼女が息絶えるその時まで手を差し出しつづけた。
結局誰も救えなかった。
だが、その行為は、その想いは確かに伝わっていた。
同情ではなく、哀れみではなく、ただ救いたい。
純粋なまでに昇華された想いは伝えられていた。
それ故に、その者はこう呼ばれた。
未救の英雄と。