三
気づけば夜だった。夜といえば定番、といわんばかりに僕の両親は線香花火を大量に買ってきていて、花火をすることになる。パチパチ、パチパチと細い管の先から火花を散らす花火は綺麗だけれど、いかんせん数が多すぎて、このままだと減らない。と、星夜は二十本ほど束にして持ってきた。まさかこれに火をつけるつもりなんじゃないか、と思った矢先に本当に火をつけた。電球だか某元気玉みたいになった花火はこれはもう線香ではない。
けど、一緒に来ていた友人達は盛り上がって、その凶器を抱えてどっかいってしまった。
大丈夫かなあ、なんとかなるかなあ。とにかく無事にやってくれ、と彼らが消えた方角に言う。心の中で。
星夜が隣に座った、ちょこんと。手には線香花火、今度は一本だけ。僕と同じだ。そのほのかな光は星夜の顔をチラチラと照らす。
「ユメト。話しておかなければいけないことがある」
「何、かな」
「迎えが、くる」
「迎え?」
鸚鵡返しになる。そこからの彼女の言葉は、僕にとっては非現実的で、頭から締め出したくなるものだった。ああそうだ、水が見つかって星夜はこの星には用がない。星夜のカプセルはもう飛べないらしく、仲間が回収しに来るという事だった。だからあの場所まで案内してほしい、と。でも僕は離れたくない。
もっといたい。僕の我がままだけど、それでも、もう星の事なんていいじゃないか、って言いたくなる。何もかも捨ててこの星で暮らそう、それが一番楽なんだ。けど僕は言えない、そんなことを言ったら嫌われる、と思ったから。星夜は最後に、僕に自分の瞳の色と同じペンダントを僕に渡して、こういった。
「ボクも寂しい。ユメトも寂しい。それは分かっている、だからせめてこれを持っていて。ボクの名前をここに記録したから。会いたい、と思ったらそれを握りしめて」
結局、あの海の日から六日後に彼女は帰っていった。星の海のその彼方へと。最後に彼女は僕に呼びかけた。そして、あの闇に散らばる真珠のどこかを目指した。
「どんなに離れていても、きっとまた会える。そう、いつか星の海で」
そんなことを言われても、僕はどうしようもない。最後に慌てて僕も名前の入ったペンケースを渡したけど、そんなことでどうすればいいんだ。星夜はもう宇宙の彼方だ。自分の部屋でベッドに突っ伏す。しばらく顔を埋めてから急に気が付く。そうだ、ペンダントに何かあるかもしれない、と。星夜じゃない、本当の君の名前を――。そう思って、ペンダントを握って目を瞑る。優しい音がした。恐る恐る目を開くと、映像が再生されている。このペンダント、スクリーン機能があるのだ。
そこには星夜がいた。立体映像だけど。彼女は言う。いつかまた会えると、それまで覚えていてほしいと、そして自分の名前を。あの日聞き取れなかった名前を。今回も聞けなかったらどうしよう。その時は明日だ。そうでなければ明後日。僕はそう思って、耳を澄ませたけれど、それでもあの時と同じで聞き取れなかった。落胆したけれど、明日だと思いなおす。それを五日ばかり繰り返していると、さすがに夏休みも終わりが近づく。ああ、とても長いようで短い、それはいつもと同じだけど、今回は極めて濃い夏休みだ、なんて思いながらまたあの映像を再生する。やっぱり聞き取れない。そこへ、ドアをノックする音が聞こえてきた。あけると、父さんと母さんが入ってくる。
「どうしたの、二人して」
「夢翔、お前に渡すものがある」
僕は驚く。それは彼女から渡されたペンダントに使われているのと同じエメラルドのような石だ。
「どうして、これを」
それから、父さんと母さんが僕に語った内容をまとめると、こういうことだった。八年前に二人が北海道に住んでいた頃、(僕はそんなこと聞いたことなかった)雪の日の山道で空からカプセルが落ちてきて、その中に僕がいた。そしてこのペンダントが一緒に入っていたらしい。目覚めたばかりの僕は記憶をなくしていたようで、言葉も何を言っているかわからない。それでも、子供がいなかった二人、いや、父さんと母さんは僕を育てた。その間に僕も言葉を覚えた、という。北海道からは僕を預かって一年後に今の田舎に引っ越したとも言った。
「じゃあ、僕は……父さんと母さんの子供じゃない、の」
「黙っていて悪かった」
「言ってくれればよかったのに!」
「言って信じてもらえると思うか」
そうだ、僕でさえ星夜の言葉でようやく信じたのに。父さんと母さんの言葉とはいえ、こんなおとぎ話を信じられただろうか。
「それに怖かったのよ」
「怖かった?」
「いつかお前が遠いところにいってしまうのではないかって」
そう言って母さんは空を見上げる。その先には、夜ならきっと星が映っている。
「でもね、星夜ちゃんが返って、ようやく決心がついたの。お前には、生まれた場所があるって」
「それに、どこで生まれても夢翔は、天海夢翔は父さんと母さんの大事な一人息子だ」
僕は、静かに石に触る。緑色の淡く暖かい光が僕の部屋にあふれる。星夜の渡してくれたものと同じで、映像が浮かんできた。それに、僕が何者かわかった。
――マレク。これが私たちの最期のメッセージだ。まだ七つという時に独りとなるのはつらいだろうが、それは私たちも同じ。カプセルがどこへ向かうかもわからない。ただ、私たちはお前の幸運を願うばかりだ。この船はもう持ちそうにない、お前が最後の――。
映像は全て赤みがかっていた。何かトラブルで炎上でもしていたのだろう。そうだ、宇宙航行用の小型船にデブリが衝突して、僕は何もわからないままに放り出された。違う。僕だけを何とか助けてくれたんだ。父さんも母さんもどんな髪の色だったかとかはわからないけど、多分、黒だ。いや、記憶の中にある。確かに黒髪だった、そして僕の名前は、マレク・ハルディラ。故郷での名前。けど、この名前は僕にとってさして特別ではなかった。僕にとっての大切な名前は、天海夢翔以外にない。父さん、母さん、大丈夫。僕はちゃんと地球で育った地球の子だ。それは、父さんと母さんがいてくれたから、それに、帰る方法だって分からない。星夜には会いたいけど。