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あの日、星夜と出会った日。帰りは大変だった。勘に頼ってやっとこさ、といったところだ。

 両親への説明は、うまくいった。というかほとんど説明を必要としなかった。

 星夜の一人旅の最中(言っておくけど実際に大体あってる)でしばらくここにとどまるから泊めてほしい、というお願いをあろうことか二つ返事で承諾したんだ。

 普通は警察なりに相談するだろうに。ここら辺はおおざっぱというかなんというか、もちろん僕は嬉しかったけど。

 銀髪に翡翠の瞳といった部分でさえ、ヨーロッパの人とのハーフってことでどうにかなってしまっていた。

 それどころかお父さんには、一晩の誤りがあるといいな、なんてとんでもないことを言われた。もちろん蹴っ飛ばしといた。

 時は八月。中学生たる僕は夏休み。そこに田舎暮らしとくれば海や山なんてアウトドアな事を思われるかもしれない。

 事実はさにあらず、照りつける太陽の下を動き回って汗をかくなんて殊勝なことはしない。

 毎日地元の友達の家に適当にふらっと遊びに行くか友達が僕の家に来てゲームしたりするだけ。

 その友達連中も星夜を見た時には最初は茫とした。友達連中といっても、全員で四人のグループで女の子なんかいなかった。

 それに加えて星夜はこれまで学校で見た誰よりも綺麗だから、言葉を失うのも仕方がないと思う。

 星夜のことは両親と同じように一人旅をしている子だと紹介したら、ここでも同じようにからかわれる。

 なんで皆同じことを考えるのか。というかこっちの方がもっとひどい。なんせ思春期真っ只中の男ばかり三人(僕を除く)。

 なんというかこう、きわどい質問をブン投げたりつきあってもいないのに僕のどこに惚れたのなどと聞いたり。

 その一々に星夜は対応していた、極めて真面目に。眉一つ動かさずに淡々と答えていくその姿は清々しい。

 元々がとてもきれいな銀髪で、風が吹いて揺れる度に涼やかさを僕たちに与える。ありふれていて特別な夏の日常の風景が生まれる。

 夏の日常で変わったことといえば、宿題という難敵を前にした時に星夜が非常に心強かった。――理系科目で。

 今まで散々僕たちを苛め抜き、嘲笑していた魔物が星夜という賢者によって撃退されるなんて出来過ぎな物語じゃないか。

 そういうこともあって、僕たちは外に出る回数が増える。もちろん皆で星夜もつれて。

 星夜は最初、どこへ行くにも驚いていた。驚きの理由は、水が色々なところに流れていることだった。

 蝉の声と汗を強いる木漏れ日と、それを一時忘れさせる山の中に流れる川。そんなものにまで驚く。

 そして、今度は海に行こう、と決まった。星夜は当然水着も持っていなかったけど、母さんと共に買ってきたらしい。これは四日ほど前だ。

 明日が海に行く日。明日、星夜と何を話そうかな、なんて考えながら僕は窓から星空を見る。

 彼女に出会った時と同じように、煌々と星が夜の濃紺を照らす。僕はその夜空をベランダの窓越しに見ながら、随分と昔のようだ、と思ったけどまだ、三週間も経っていない事に気が付く。

 それでも僕はその間に、今までの夏休みと比較にならないくらい色々な思い出が心のアルバムに綴られる。

 星夜。星の夜に出会った、別の星から来た、と自己紹介した少女。美しい銀髪と翡翠を埋め込んだような瞳、磨かれた陶器のような白い肌。

 受け答えはいつも淡々としているけれど、いつも真面目に(そんなに真面目にならなくていいんじゃないかという話題含め)応対してくれる。

 表情はいつも変わらない、ように見えるけど。時折寂しそうな顔をしたりする。故郷を思っているのかどうか、多分そうなのだろうけど、訊いてみたことはない。笑顔に関しては出会った時以来、見ていない。

 そういえば僕は、星から来た、という彼女の言葉を実にあっさりと信じてしまったけどなぜなのだろう。こんなの普通だったらおかしいと思うはずなのに。

 僕はいまだ、彼女のその言葉に一片の疑いも抱いていない。他の人に言われていたら笑って否定したはず。

 けれど僕は、星夜だけはその言葉を真実だと受け入れている。いくら考えても分からない。出会った瞬間から、絶対に真実だと強く思っていた。それはもう理屈なんかじゃなくて。僕自身それがなんなのか説明はつかない。

 部屋の扉が二回ノックされる。このたたき方は星夜だろう。父さんはもっとでかい音をさせるし、母さんはもっと間隔が短い。

「どうぞ」

 入ってきたのは予想通り星夜。水色のワンピースを部屋着として着ている。これも母さんと買ってきたものだ。部屋に入ってすぐ左側にある僕のベッドに正座する。僕は勉強机の椅子に座った。

「何か用かな」

 星夜は頷く。最小限の動作で、肯定する。気のせいかもしれないけど、ちょっとだけ緊張しているように見えた。

「星を見た?」

 星夜にしては珍しく、本題に入らない。僕は、今まで見ていたよ、と返す。一緒に星を見ながら話をしよう、と提案された。

 断る理由はない。僕と星夜は隣に座って、ベッドのちょうど腹の部分あたりにある窓から空を見る。距離が近い。どうしてもその銀髪やら白い肌やらを、意識してしまう。

「ボクがユメトと出会った日も、こんな感じだったね」

 夜空を見たまま、星夜が口を開く。僕はそうだね、と返す。とてもじゃないけどロマンチックな言葉なんて浮かばない。

「星も綺麗だし、月も綺麗だ」

「そうだね」

「ボクはね、不安だった。たった一人この星に来るのが。けどよかった。ユメトがいた。

ユメトはボクにとてもよくしてくれているし、他の皆も」

 星を見ながら一人語る姿に、やっぱり星から来たというのは嘘じゃない、と改めて思う。

 その視線は、どこかに見えるかもしれない故郷を探しているみたいだ。

「水をね、探しに来ていた。僕たちの星の水は、汚染されてしまったから。それはとてもボクたちの技術では改善不可能だった。だから、宇宙の色々な星に人をやって水を求めていた。地球にはあった」

「星一つ分の水なんて、地球でも用意できないよ」

「ある程度のサンプルがあれば、そこから水を造ってゆける。元々水が少なかったから、そうするしかなかったのに、サンプルまでダメになってしまっていた」

「それでそこらを流れる川とかに驚いていたんだ」

「あんなに色々なところに流れていないから」

 星夜は膝を抱きかかえたまま話している。

「でも本当に良かった。この星の水は本当に素晴らしい。きっと、喜ばれると思う」

「そんな大事な事ならなんで子供を遣いにやらせるのさ」

「大人たちはね、皆研究で忙しかったし、ボク達の星は十七で成人。星のための責任を負わなければいけないから」

「十七、だったの?」

 実をいうとずっとおない歳だと思っていた。よくよく考えなくても僕より遥かに大人びているから気が付くべきだったけど。

「十八」

 訂正される。僕の三つ年上だったようだ。

 だからどうしたといえばそれまでだけど。

 ともかくまた一つ新しい事実。

 星夜が腕に込めている力が強くなったように見えた。

「でももう一つ、捜すように言われているものがある。こっちは……みつからないかもしれない」

「僕が一緒に探すから」

「それでもとても、難しい。人探しだから」

「人探し?」

「昔この星に来た人がいる。その人をね、探すのも役目」

 星夜を見る限り、星夜の星の人は僕たちとそう姿は変わらないだろう。それなら確かに、とても難しい。けど僕は。それでも、星夜ならきっと見つけられると思っている。

「大丈夫だよ、きっと」

 いつの間にか、星夜の左手に右手を重ねていた。気づいてしまうと意識してしまって、とんでもなく恥ずかしい。星夜は、どうなのだろう。隣を見る。あまり、意識していなさそう。僕はとてもモヤモヤしたものを覚える。

この感覚は初めてで、単純なようで複雑で、答えが出かかっているのに霧の中。

「……ありがとう、ユメト。最初からできないと思ったら、確かにできない」

 その言葉も、僕の方を向いて言ってはいない。実際は僕のことをどう思っているのだろう、今までと違って、そんなことまで気になってくる。そのままこの場におとなしくするだけでは僕はいられない。僕はこんなに激しい感情を持っていたのか、と疑問に思う。星夜にあってから僕は変わっている。ふと気づけば星夜の事が浮かんでいたくらいだ。誰かの事がこんなに気にかかるなんてこれまでなかった。今日は加えて、星夜が僕をどう思っているかが気にかかるなんて。

「ユメトの手はね、暖かい」

 僕の心の中で色々なものが渦巻いていたのに、その言葉と少し伏し目がちな星夜の表情を見たら、そんなものは全部吹き飛んだ。昏いモヤモヤは晴れて光が溢れる。星夜の言葉があることは、とても素晴らしいことなのだと思えて。僕はなんでこんなにも悩んでいたのか。とても簡単な事だったじゃないか。僕は星夜が――あれ、僕は――。

「ユメト?」

 僕を心配するような星夜の声で意識が呼び戻される。なんだろう、とても大事なことが頭の中に呼び起されたはずなのに、思い出せない。

「ユメト、大丈夫?」

「うん」

 心配してもらえた。そのことだけで僕は、脳裏に一瞬浮かんだ光景が振り払えた。

「ユメトに聞きたいことがあったのだけど、この様子だと難しい?」

「もう大丈夫」

「海って、どんなところ?」

 その素朴すぎる問いに、思わず吹き出す。そういえば星夜はどこかズレているところがあって、僕が友人に星夜を紹介したときに、どうやってナンパした、という友人の(心外なる)質問に対し、星夜は僕を染髪していないし耳に穴をあけて金属を通したりしていないし異性にやたらと声をかけたりもしないから、ナンパではないと返していた。今思えば翻訳機のズレによるものかもしれないけど、ともかくそういったところがある。普段はとても大人びておとなしいから忘れてしまいがちなのだけど。

 それはともかく。そんな星夜が今回僕に聞いてきたのは、海についてだった。

「海、見たことないの?」

 思わず訊いてしまう。質問されたくらいだから知らないだろうに。

「ボクはね、海を見たことがない。海はね、

故郷にもあるけど」

「そうなんだ。僕も海はあまり行ったことがないけど、青くて広くて、独特の香りがして、

それでね、足を滑らせたりして水を飲んでしまうとしょっぱいんだ」

「しょっぱい?」

「塩の味がするってこと、だけど」

「シオ?」

 疑問で返される。どうやら知らないらしい、って、塩使った料理何度も食べたじゃないか。

「あの白い砂は塩っていうんだ」

 そんなどうでもいいことに感心するその表情も、いいな、なんて思ってしまう僕はきっと彼女に惹かれている。そうだろうとも、大体こんな綺麗な子に惹かれない男なんていないはずだ。それはそうと、そのあと海がいかに広くて良い場所かを説明してその日を終えた。


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