断絶
――――あれから、3日が経った。
私の熱もすっかりと治り、いつも通りというのも変だけど、特にこれといった事もなくただ日が過ぎた。
草刈をし、交代でシャワーを浴び、寂しい夕食を私と青馬さん、セレベスさんで済ませた。
しかしこの数日、どうしても気がかりな事は消えなかった。
いつ、自分の腕輪の番号が呼ばれて殺されるのか―――
まだあれから誰も呼ばれていない。
何を基準にしているのかは分からない。
この前の人は、どうして突然殺されてしまったのか。
―――あまり、深く考えるのはやめておこう。
私達は、絶対に帰る。
そう、心で誓っておかないと、精神的に参ってしまう。
――――――――。
「まだ音沙汰ない・・・か」
青馬さんは、完成した自作のGPSソフトの反応を終日気にかけていた。
私達が助かる手がかりは、唯一それにかかっているからだろう。
私も、それに頼るしかなかった。
―――――――。
12時。昼。
突然、倉庫のドアが開けられた。
ゴオン・・・
そこには犯人の一人がいた。
「(ま、まさか・・・)」
私は身構えた。
すると、その犯人の一人は言った。
「Hey,Appear (おい、出ろ)」
あ・・・なんだ、草刈の方か。
一人を指名するのではなく、人質全員に対して呼びかけていた。
不謹慎だが、少し安心してしまった。
でも他の人質達も同じ気持ちかもしれない。
私達は倉庫裏へ行った。
「Cut grass until 15:00 (15時までやれ)」
草刈の道具をそこらに置き、犯人はそう言って離れていった。
ここまではまだ、「いつもの日」なのかもしれない。
いつ自分の番号を呼ばれて殺されるか分からなくて恐怖に怯えた毎日の繰り返し。
あまりにも同じような日の繰り返しで、既に日の感覚がなくなっていた。
あれこれ考えながら草を刈っていると、青馬さんが話しかけてきた。
「―――もう、熱は大丈夫?」
ここ数日何度か訊いてくれたのだが、まだ心配してくれていたようだった。
この状況であまり元気は出せそうになかったけど、私は極力明るく答えた。
「あれから数日経って完全に治りましたよ」
あの時は、大げさじゃなく本当にあのまま死んでしまうかもと思った。
原因は私の精神的な面が問題だったけど。
あまりマイナスに考えるべきじゃないな。
青馬さんのように、何とか自分が助かる方法を考えて前向きに考えなきゃ。
15時になり、草刈を終え私達は倉庫に戻った。
こういう所で一生を終えるなんて、考えたくないな・・・
前向きに考えるようにしなきゃ。
そう、自分に言い聞かせていた。
それから――――――30分後。
異変に気付いたのは少し経ってからだった。
明らかに、いつもと違った周りの様子に気付いた。
それに気付いたのは、私だけじゃないはず。
青馬さんも険しい表情をしている。
―――まさか。
それは、突然だった。
ゴオン・・・・・
倉庫のドアが開けられた。
「いつも」と全くなぞっていない時間に。
直感的に私は気付き始めていた。
これは・・・まさか・・・・
三人ほど犯人の男がそこへ立っていた。
そのうち一人が、口を開いた。
「32th come (32番、出ろ)」
――――――――――!
32番・・・私でも、青馬さんでもない。
一体、誰なんだろう。
自分が呼ばれなかった事で、少し安心してしまった自分が憎かった。
何で・・・私はっ・・・・
青馬さんの表情は俄然変わらなかった。
いや、それどころか―――
―――――――!
――――この時、私は今までで一番信じられない光景を目にしたかもしれない。
見なかったら良かったのかもしれない。
絶望を感じてしまうから。
いや、信じたくない。そんな訳はない。
私は、自分の中を必死に否定していた。
でも―――――
紛れもない、現実だった。
「セレベス・・・さん・・・・?」
32番と呼ばれて立ち上がった男性は、私も青馬さんもよく知っている人だった。
その人は間違いなく、私や青馬さんにとても優しくしてくれた。
指名されたのはセレベスさんだった。
「う、嘘・・・・でしょ・・・」
私は自分の目を疑いながら、セレベスさんの付けていた腕輪の番号を見た。
どうしても信じられなかったが、そこには確かに「32」と書かれていた。
まるで、死を暗示しているかのように。
私は、冷めない悪夢を見ているようだった。
―――身体の感覚がない。
ある意味、自分が指名されて殺されるより、酷い事かもしれない。
何で・・・あのセレベスさんが・・・
あんな優しかったセレベスさんが、いきなり呼ばれて殺されないといけないんだ。
許せない。
私は、急に怒りがこみ上げてきた。
恐怖の方が強かったのが、怒りという感情の方が今は勝っていた。
「セレベスさん!!!!」
私は、他の人質達の様子や犯人の反応など省みず、叫んだ。
どうしても、嫌だったから。
青馬さんは、既に諦めたようだった。
私は、絶対に諦めたくなかった。
私はすぐにセレベスさんのところに駆け寄ったが、彼は優しく言った。
「Thank you, Natsuka (ありがとう、夏香さん)」
それは、あまりにも優しすぎて、哀しすぎたから。
我慢していた涙が、溢れてしまった。
セレベスさんはそう言い、手を差し出してきた。
セレベスさんの行動が分からなかったけど、私も、とりあえず同じように手を差し出した。
「・・・Good-bye (さようなら)」
握手を交わしあい、セレベスさんは、明るくそう言った。
すると犯人達は、セレベスさんを乱暴に倉庫から引っ張り出した。
あまりにそれは残酷な悲劇だった。
私は、我を忘れてただ叫んだ。
「セレベスさん、行かないで!!!!!!」
私は、セレベスさんの元へ行こうとする。
どうしても、この現実を受け入れたくなかったから。
あの優しいセレベスさんを殺そうとする犯人なんて、絶対に許せなかったから。
すると、見張り役の一人が、私を押さえた。
そして――――
バシッ
強く、頬を殴られた。
痛みなど感じるはずがなかった。
このままだと、セレベスさんが連れていかれてしまう。
それだけは―――
絶対に戻ってきて欲しくて、私は必死に立ち上がろうとするが――――
ゴォォォン・・・・ガチャ
倉庫のドアは閉められ、鍵をかけられた。
私は、倉庫のドアの前で立ち尽くしていた。
涙を流したまま。
「うっ・・・セレベスさん・・・っ」
あんなに、優しくしてくれたセレベスさんに。
―――――何も、できなかった。
それが、たまらなく哀しくて。
死にたくなった。
このまま生かされても―――
心からそう思ってしまっていた。
すると――――
静寂に包まれた倉庫の中、激しい音が聞こえてきた。
ダァァァアン・・・・・
声は、聞こえなかった。
いや。既に耳を塞いでいたからだろう。
セレベスさんが殺される音や声なんて、聞ける訳がなかった。
私は、何もできなかった。
守ることさえできなかった。
私は涙を流したまま、倉庫のドアの前でうなだれていた。
「セレ・・・ベスさん・・・」
もう、二度と帰ってこない。
夢を見ているようだった。
残酷で、現実にしか思えない夢を。
今のこの感情を、何て表していいのか分からなくなった。
ふいに、頭の中で声が聞こえた。
―――――――Thank you, Natsuka―――――――――
ありがとう・・・か。
あの人に、まだちゃんとお礼を言えていない。
私は、いつも優しくされるばかりで。
どうして・・・・
どうして、セレベスさんが殺されなきゃいけないんだ――――
自分の命なんか、小さい。
私のように我侭で、自分勝手な人間の命なんて小さいと思う。
でも、セレベスさんのように他人の事を第一に考える人なんて殺されていい訳がない。
意味が、分からない。
哀しい。哀しすぎる。
ここまで哀しいと思ったのは生涯初めてかもしれない。
もう、いつ私達が殺されてもおかしくない。
でも。
セレベスさんが殺されてしまったという事実があまりにも大きすぎて、自分の命が大事という気持ちが薄れていた。
正直、もう―――
生きられる気がしない。
生きている気がしない。
いつまで、この生き地獄を味わえばいいんだろう―――――。
私の涙は止まる事はなかった。
――――――――――
――――――――
――――――
いつの間にか、夕方になっていた。
時間など、既に興味がなかった。
ふいに、殴られた頬の痛みを感じた。
そうか、あの時セレベスさんのところに駆け寄ろうとして―――
私は、本当に馬鹿だな。
何もできない癖に―――
すると、青馬さんは、パンを持ってきた。
「―――食べるかい?」
その口調は、いつも通りの青馬さんだった。
どうして――――
あんなに優しい人が殺されたばかりというのに、哀しまずにいられるんだろう。
自分もいつ殺されるか分からないから、誰が殺されても同じだと思っているのだろうか。
いずれにしても、この状況下で食べ物など口にできるはずもなかった。
「・・・いえ」
それが私の精一杯の返事だった。
「―――そうか」
今日は青馬さんも追及することはなかった。
でも、私には、どうしても腑に落ちなかった。
・・・少し、不愉快だった。
「どうして・・・そんな明るくいられるんですか?」
訊かずにはいられなかった。
あんなに親しい人が殺されたというのに。
すると、青馬さんはパンを食べながら答えた。
「別に・・・明るく言っているわけじゃない。勿論哀しいが、いつまでも感傷に浸るわけにもいかない」
私にはとても理解できなかった。
親しい人が目の前で殺されて、哀しさを露にしないわけがない。
私はこの人とは、根本的に違う。
だから私は、言った。
「――――私は、青馬さんのようには割り切れません」
それから、私と青馬さんは一言も口を聞かなかった。
――――――――
――――――
―――――
はぁ・・・・
ため息しか出ない。
涙は止まったものの。
心は泣いたままだな。
青馬さんとは気まずい関係になるし、セレベスさんは・・・
ふいに、セレベスさんにもらったペットボトルを思い出した。
普段、日本での裕福な生活なら使い捨てのペットボトルなんてそんな後生大事に保管なんてしないかもしれないけど、今のこの状況では大切な必需品だった。
捨てるなんてとんでもない。
私は、そっとペットボトルを握る。
―――セレベス・・・さん。
私が熱を出してから数日経って、このペットボトルを返そうとしてもセレベスさんは受け取らなかった。
夕食が取れなかった時、私にパンを分けてくれた事もあった。
もっと、あの人と色々話したかった。
なのに――――
もう二度と話す事はできない。
そう思うと、やんでいた涙が再び溢れてきた。
持っているペットボトルを握り締め、目を強く閉じた。
もう駄目だな・・・私・・・
深夜だというのに、眠気が全く無かった。
すると、私はある事に気がついた。
「(・・・青馬さん?)」
青馬さんは背中を向けていたが、様子が変だったのに気付いた。
私の一言で関係が気まずくなり、話しかけづらい状況だったが気になってしまった。
震えていた。
恐怖による怯えとはどこか違った気がする。
これは、私もよく知っている――――
哀しみ―――――
私は、話しかけようと思ったが、とどまった。
―――話しかけるべきではない。
微かに、声が聞こえてきた。
「くそっ・・・何も・・・できなかったっ・・・・!」
青馬さんは、泣いていた。
背中越しだけど、確かに気付いた。
私はふいに、青馬さんにとんでもない暴言を吐いてしまったと後悔した。
私のように弱くないって事だったのか・・・
急に罪悪感で埋もれそうになった。
親しい人の死に、哀しまない人なんていないわけないんだ―――。
変な言い方だけど、少し安心した気持ちがそこにはあった。
青馬さん、ごめんなさい・・・
気付かない所で弱さを見せている青馬さんに、私は少し感動してしまった。
それに比べて私って・・・ほんとに弱い人間なんだな。
とりあえず。
――――朝、青馬さんに謝ろう。
そう、心に誓った。
――――――――――
―――――――
―――――




