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HUMAN NUMBER  作者: rikuru
終章
13/13

約束

アメリカティーチングホスピタル。

日本で言う所の、国立中央病院の事を指すらしい。


私の方の検査は、30分弱で終わった。

包帯が取れるまで、2週間ほどあれば完治するそうだ。


青馬さんの方は――――


私は、手術室から少し離れた距離のソファーに腰掛けていた。

右足の痛みは、だいぶひいていた。


それよりも、青馬さんが気になる。


――――静寂。


例えるなら、あの人質の集った倉庫の寝静まった深夜のよう。

私は、この静寂に慣れすぎたのかもしれない。


手術室の赤いランプが消灯した。

終わったのかな・・・・


そう思い、立ち上がろうとするが、無理だった。

肉体的な問題ではなく、精神的な問題。

不安と恐怖が邪魔して、動けなかった。


すると、一人の男性が、静かに私の方へ来た。


あの人は―――高島さんだ。


私から訊くのは怖い。


何故かは分からないけど、嫌な予感しかしない。


「夏香さん」


静かに、高島さんは私の名前を呼んだ。


「・・・はい」


その口調から、青馬さんの様子を物語っていた。



「青馬の奴・・・何があったか知らないけど、幸せそうな顔して―――――」



言葉が途切れた。

いや、高島さんが途切れさせたのだろう。

その後の言葉を慎重に選ぶかのような間だった。


私は、その言葉だけで十分に理解できた。


―――理解してしまった。


「・・・青馬さん、駄目だったんですね・・・・」


直接的には言いたくなかった。

事実を認めたことになるから。

でも、生返事は聞きたくなかったから。


私は、立ち向かわなければいけない。


「あいつは・・・ここまでよく頑張ったと思う。でも、好きな女のために尽くせて、満足だったのかもしれないな」


その言葉を発端に、私の溜めていた感情が爆発してしまった。

今まで我慢していた涙が、一気に溢れ出た。


もう駄目だ。


青馬さんは――――私の為に、死んだ――――

もう、会えないんだ―――――。


「うっ・・・うっ・・・」


私は高島さんに泣きついた。


高島さんは、そんな私を優しく受け止めてくれた。


「今まで部下だったあいつが・・・ここにきて殉職か・・・想像がつかないな・・・」


高島さんは、どこか哀しそうな表情で言った。

私は、涙が止まる事はなかった。


「青馬さん・・・・青馬・・・さん・・・・」


――――――――――


――――――――


――――――


数時間経って。

ようやく私は少し落ち着いてきた。


だが、一つ気がかりな事があった。


「――――高島さん・・・」


いくら感情に身を任せたとは言え、素通りできない問題を私は抱えていた。


「ん?どうした?夏香さん」


「私・・・あの・・・」


どうしても言い辛かったが、ためらっている場合ではない。


「・・・犯人の一人を銃で撃って殺してしまってるんです」


このまま黙っていればいつまでも蟠りが消えないような気がした。


事件として揉み消すのは可能かもしれないけど、私の中の事実はいつまでたっても消えないから。

私は既に覚悟はできていた。

高島さんは、特に表情を変えずに真剣に聞いてくれていた。

私は、静かに言葉を続けた。


「青馬さんが撃たれて絶対に許せなくて・・・でも大事な人が殺されたからと言って殺すなんて悪循環でしかないですよね」


「殺しは犯罪なので・・・どんな罪でも受け入れる覚悟はもうできています・・・」


言いたい事は全て言った。

後は、高島さんの答えをもらうだけ。


―――少し、怖かった。


大げさかもしれないけど、人を殺したという罪で言えばあの犯人達と私は同じだ・・・

由奈と、父さんや母さんに合わせる顔がないな。

どんな罪でも受け入れる覚悟はあるけど、一生罪を背負ったまま生きていく事になるのかな。


―――すると、高島さんは予想とは裏腹に、あっけらかんに答えた。


「夏香さん、それは見事なまでの正当防衛という奴だ。犯罪の概念は国によって異なるが、日本もアメリカもその状況での防衛は罪に問われないんだ」


「・・・まぁ、特にここ(アメリカ)みたいな所じゃ余程の過剰防衛じゃない限りは罪にはなり得ない。日本に比べ物騒な国でもあるしな。大体夏香さんは、犯人に殺されそうになってやむを得ず反撃した・・・というケースなわけだしな」


高島さんは、少し笑いながら言った。


「女子高生のわりに、犯人に銃をぶっ放すなんて寧ろ大した度胸じゃないか。俺の部下になってほしいくらいだな」


高島さんの言葉に少し安心したけど、やはり人を撃ってしまったという重みは消えそうになかった。


「本当に・・・いいんですか?」


少し不安な面持ちで訊いた。


「いいも何もあんたは正しい事をやったんだ。どの道あの犯人達が抵抗していたらうちの警部らに射殺されているしな」


不謹慎な内容に少し面喰ったが、身体が軽くなった気がする。


私・・・本当に危ない状況にいたんだな。

自分が銃で犯人と撃ち合いしてたなんて、信じられない。

やり返したって誰も助かるわけでもないのに―――。


ただ、あの時は自分でもどうかしていたくらい怒っていたんだ。

哀しかったんだ―――。


「・・・青馬さんの事本当に好きなので、許せなかったんです」


正直、まだ青馬さんの死を完全に受け入れていない。

いや、受け入れられないという方が正しいのかも。

あまりにその事実が私の中で大きすぎて、受け入れられる許容量を越えてしまってる感じ。


でも・・・


もう二度と会えないんだと思うと、とまっていた涙がまた溢れ出ようとする。


すると高島さんが私の様子を窺ったのか、口を開く。


「夏香さんみたいないい子に好かれるなんて、あいつも色男な奴だな。存在の仕方が変わってもきっとまたどこかにひょっこり現れるさ」


「(・・・・)」


高島さんの暖かい言葉に、零れそうになった涙を私は手で拭う。


全く、私はこっちにきて一体何度泣いたんだろう。

私は、心配させないようになるべく元気を装って答えた。


「―――そうですね、きっとまたどこかで会う事ができますよね」


―――それにしても。

本当に、この数日間色々ありすぎて疲れた。

ここにきて食べ物だってろくなもの食べてないし、精神的疲労が大きすぎる。

ここまで疲れたのは生まれて初めてかもしれない。


とりあえず今はゆっくり休みたい。


「―――すみません、色々あって疲れちゃったんで・・・病室戻って休みます・・・」


そう言い残し、ソファーから立ち上がろうとすると、高島さんが私に声をかけた。



「ああ・・・君にどうしても会わせたい人がいる。306号室で待っているってさ」



え?

私に会わせたい人?誰だろう・・・。


306号室って、私が今日から3日ほど入院する部屋の号室か。

誰が待っているんだろう。


さほど期待する事もなく、松葉杖をつきながら答えを求めて私はふらりと部屋に向かった。


――――――――――


――――――――


――――――


私は、青馬さんが亡くなったショックで、まだ顔を上げることができなかった。

折角泣き止んだのに・・・このままじゃ、後追う可能性だって・・・

でも、それじゃ青馬さんは浮かばれないか。


あんな性格の人だしね。


あれこれ考えながら、306号室に着いた。

誰が待っているって言うんだろう。


深く考えずに、重いドアを開けた。


すると―――――


そこにいたのは、予想もしない人だった。



「夏香!!!!!!!」



夢でも見ているようだった。



「・・・・・・・・・由奈?」



そこにいるのが、親友の由奈だと一瞬気付かなかった。

すると、松葉杖をついている不安定な私など構わずに、抱きついてきた。


「夏香・・・死ぬほど・・・心配した・・んだから・・・・」


「・・・・由奈・・・・」


確かに、そこにいたのは由奈だった。


ずっと、会いたかった親友。


助けを求めたきり、もう会えないと思っていた。


今までずっと会いたくて、でも会えなかった親友。


まるで夢を見ているようだった。


ここにきて、やっと自分が帰ってきたんだと実感する事ができた。


「(私…生きてるんだ)」


今までの天国のようで地獄のような人質生活で生気を吸い取られてしまっていた私に、今この瞬間全てが戻った気がした。

今この時、生きている喜びを強く感じた。


ようやく再開できたんだ――――


私達は、泣きながら数分抱き合っていた――――。


―――――――――――


―――――――――


―――――――


――――――――退院。


本当は完治まで2週間ほどかかる予定だったが、思った以上に回復が早かったらしく、1週間でほぼ完治したようだった。


由奈と一緒に遊びたかったのだが、ずっと同じ病室にいて看病してくれて一緒にいられたので、満足していた。


夏休みも、後1週間で終わるのか――――


「金はそれで足りるか?パスポートも新たに君の分を申請したから、それを使ってくれ」


「はい、色々お世話になりました、ありがとうございます」


私は深々と頭を下げ、心の底から感謝した。


お金などは犯人に取られたが、高島さんが日本に帰れるだけの十分なお金も復元してくれた。


後は、日本に帰るだけ――――


ノースウエスト航空まで由奈が送りに来てくれるらしい。

それまで、話し足りなかった事全部話さないと。

まぁ話し足りない事があったら、また電話で話せばいいかな。


――――――――――


「そう・・・だったんだ、好きな人が犯人に・・・・」


私は、青馬さんの事、セレベスさんのこと、そして倉庫での人質生活の詳細、ありのまま全てを話した。

あの時、私が由奈に助けを呼ぼうとしたことも。


「あの後、夏香からメールが途絶えた時、とにかく警察に連絡しまくったんだから・・・」


そう・・・だよね。私のせいで、由奈に心配をかけてしまった。

ごめんね。


「証拠とかがないから、警察側も何もできなくて。でも、東京の高島さんっていう人が出てくれて手がかりを掴んでくれたんだよ―――」


そうだ、思い出した。

高島さんって言う人は、唯一青馬さんの作ったGPSソフトを共有している人だったんだ。


それに気付いて、あそこの場所に駆けつけられたのか。


本当に、後少しで私も殺される所だった―――


「ごめんね・・・折角来てくれたのにそんな酷い目に遭わせちゃって・・・」


由奈は謝ってきた。

どうして謝るのかが分からなかった。


「ううん、そのお陰で沢山のいい人達に出会えたし、今となっては忘れられない思い出になったよ」


そう。

ここ2週間ほどで、色々な人に出会った。


この旅行は、一生忘れられない、かけがえのない思い出になるだろう。


お礼を言うのも変かもしれないけど。


「ありがとう、由奈」


そして。


ありがとう。青馬さん。セレベスさん。


存在の仕方が変わっても、きっといつかは会えるよね。


どこかで、見ていてくれるよね。


―――――――――


―――――――


――――――


ノースウエスト空港――――――


「じゃあね~~また連絡してね~~~」


そう言い、由奈は大きく手を振った。

私も合わせて手を振った。


「色々ありがとう!また会おうね~」


私と由奈は、分かれた。


きっと、またいつか。

――――もう、あんな経験は二度とごめんだけど。


嬉しかった事も沢山あった。


私はパスポート審査を済ませ、飛行機へと向かった。


――――――――――――


――――――――――


離陸。


アメリカから少しずつ離れていく。


由奈、そして青馬さん・・・セレベスさんと距離は離れていくけど

心は凄く近い所にいるみたいだった。


いや、近くにいる。


だからだろうか。


「(あれ・・・・)」


どうして私は泣いているんだろう――――。

何に対する涙なのかは分からなかった。


飛行機の窓からの景色を眺めていると、哀しさ、嬉しさ、色々な感情が溢れて涙になった。


「(日本に帰るまでには、泣き止んでいるかな―――」


さようなら。


由奈。


セレベスさん――――


そして、青馬さん。


また、会う日まで。


―――――――――――――


――――――――――


――――――――



―――――あれから、1年後。


私は、とある場所へと向かっていた。

迷いはなかった。

ずっと前から約束していたんだ―――。


どうしても、一番最初に伝えたくて。


―――――青馬さんのお墓。


高島さんに事前に教えてもらって、この場所へ行き着いた。


「(青馬さん、私のバンドのCD、できたら一番最初に受け取って欲しいって約束しましたよね)」


一日も忘れた事はなかった。

その約束を。


私は、今日その約束を果たしにきた。


「(どうしても聴いてほしくて、一番に青馬さんの所に持ってきました)」


その呼びかけに、青馬さんは少し笑ったように見えた。

どうしても挫けそうになる時はあったけど、そんな時はいつも青馬さんの言葉を思い出していた。


私の事・・・ずっと守ってくれて、ありがとう・・・


心から、感謝した。


「(CD、ここに置いていきますね・・・)」


そして、私は約束を果たした。


「・・・・・ありがとう・・・・」


その言葉を最後に。


ゆっくりと、空を見上げた。


――――――――――


アメリカも日本も、空は変わらないな。


この空のどこかで、青馬さん達は生きている。



一筋の、最後の涙を流しながら、そう感じていた。


完結致しました。ここまで読んでくださった方いらっしゃいましたらありがとうございます。非常に残酷で哀しい結末になってしまいましたが、本来は命の重さをテーマとして、親しい人、愛しい人が犯罪者の手によって殺されたらどのように感じるか、あらゆる感情を事細かく書き綴ってみました。命の重さを何とも思わなくなってしまっている犯罪者達は、理不尽に命を奪われる被害者の人達の心理など考えてもいないはずです。少し話が飛躍しそうですが、どんな人でも命は命、それを落とすと必ず哀しむ人はいますので、今回の話は親しい人が亡くなるのは本当に計り知れないほど哀しい事だと伝えてみたつもりです。これで終わりですが、また別の作品を拙いながらも作っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

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