09団長の距離が近い
王国第一師団に合流した翌日から、
俺たちは、迫る決戦の準備に追われていた。
バナ高原一帯の地形確認。
師団各部隊との連携のすり合わせ。
魔王軍の動向を探るための偵察。
その合間には、野営地での雑務の手伝いも回ってくる。
最前線で戦う兵士たちは、想像以上に忙しい。
だが、その慌ただしさの中で、
同じ死線を前にした者同士だけが分かる距離感が、
いつの間にか、俺たちの間に生まれていた。
とくに――
目立っていたのは、マルクとエルザ師団長の距離感だった。
作戦確認の場でも。
巡回の途中でも。
気がつけば、エルザ師団長はマルクのすぐ隣にいる。
二人が並んで歩く姿が、あちこちで目撃され、
それはすぐに、兵士たちの間で話題になった。
聞けば、エルザ師団長は大の男嫌いとして有名らしい。
部下であっても、必要以上に近づくことは許さない。
それが、これまでの師団長の姿だったという。
その彼女が、
勇者マルクにだけは、やけに親しげに接している。
兵士たちにとっては、
それだけで十分すぎるほどの驚きだった。
「勇者マルクのモテっぷりには、さすがに呆れるよな」
サミュエルもエリオも、感心しきりだった。
だが――
俺だけは、違う結論にたどり着いていた。
「マルク、師団長に正体をばらしたな」
そう考えれば、
二人の距離感は、むしろ自然なくらいだった。
◇
早朝。
まだ空が白みきる前、
遠くから、一斉に咆哮が響き渡った。
魔王軍の進軍が、始まったのだ。
王国第一師団も、即座に動いた。
各部隊が持ち場へ走り、陣形が整えられていく。
誰ひとり、無駄な動きはない。
ここに集まっているのは、歴戦の兵ばかりだ。
いよいよ――
バナ高原における、
王国第一師団と魔王軍との一大決戦が幕を開けた。
戦場では、
矢と魔法の火花が、空を埋め尽くす。
熱と風圧が、肌を叩き、
戦場が「生き物」になったように感じられた。
戦士たちは馬を駆り、何度も突撃を繰り返す。
怒号と咆哮が、あちこちでぶつかり合っていた。
そんな中――
王国軍の上空に、大きな影が現れる。
ドラゴンだ。
巨大な翼で空を裂き、
業火を吐き、地上を火の海に変えていく。
即座に、エルザ師団長の声が戦場に響いた。
「対峙不要!
身を守れ! 距離を取れ!
矢を射て、時間を稼げ!」
的確で、迷いのない指示だった。
俺たちは、馬を蹴り、前線へと駆けつける。
すでに、サミュエルの詠唱は終わっていた。
《断罪の圧壊》
見えない圧が、
ドラゴンの全身を包み込み、
その巨体を地面へと叩き伏せる。
エリオの矢が、
正確に急所を射抜く。
俺が、ドラゴンの反撃を引き受け、隙を作る。
そして――
マルクが、とどめを刺す。
完璧な連携だった。
ドラゴンは、次々と地に伏していく。
そのたびに、周囲の兵士たちから、歓声が上がった。
◇
一角で、激しい砂煙が舞い上がる。
ヘビーモスだ。
巨体を揺らしながら突進し、
仲間の兵士たちを次々と弾き飛ばしていく。
サミュエルが、防壁呪文を展開する。
ヘビーモスは、見えない壁に激突した。
凄まじい衝撃で、魔法防壁は砕け散ったが、
その一瞬で、動きは止まる。
俺とマルクは、その背に飛び乗り、
急所めがけて斬撃を叩き込んだ。
動きが完全に止まったところへ、
兵士たちが押し寄せ、とどめを刺す。
大型魔獣は、確実に仕留められていった。
それに呼応するように、
王国軍は、魔王軍を押し込んでいく。
そして――
日が暮れるころ。
魔王軍は、ついに敗走した。
バナ高原は、
王国軍の手により、制圧されたのだった。
もちろん、犠牲がゼロだったわけではない。
あちこちで負傷兵が運ばれ、
勝利の裏にある重さを、誰もが噛みしめていた。
それでも、
これで、しばらくの間、
この地域の治安は取り戻されるだろう。
◇
実のところ、
決戦そのものよりも、その後始末のほうが、よほど骨が折れる。
死者の埋葬。
負傷者の治療と後送。
戦死した兵たちへの弔い。
そして――
討ち取ったドラゴンからの素材採取。
やるべきことは山ほどあった。
エルザ師団長の指揮のもと、
王国軍第一師団の兵士たちは、疲労をにじませながらも、きびきびと働いていた。
俺たちも、
同じ戦場を生き残った身として、兵士たちに交じって作業を手伝った。
鍬を振るい、
担架を運び、
血と土にまみれながら、ただ無心で手を動かす。
そうしているうちに、
時間は驚くほどあっという間に過ぎていき――
気づけば、一週間ほどが経っていた。
ようやく野営地に落ち着きが戻ったころ、
俺たちは、この地を発つことを決めた。
出発前夜。
ささやかな戦勝祝いと、俺たちの送別を兼ねた宴が催された。
月明かりの下。
焚火を囲み、
勇者マルクとエルザ師団長が、仲良く並んで腰を下ろす。
その隣に、俺たち。
さらにその外側を、兵士たちが取り囲んでいた。
「我が隊は、もうしばらくこの地にとどまる」
エルザが、静かに語る。
「次なる魔族の襲来に備え、堀や砦を築き、守りをさらに固めるつもりだ」
「俺が、じきに魔王を倒すよ」
マルクが、迷いのない声で言った。
「それまで、どうか耐えてくれ」
「ああ。期待している」
エルザはうなずき、穏やかに微笑む。
「マルクなら、必ず魔王を倒せるはずだ」
だが、その表情は一瞬だけ引き締まり――
少し真剣な顔で、続けた。
「……だが、死ぬなよ。
平和が訪れたら、ぜひ、また会いに来てほしい」
「ああ。約束しよう」
マルクも笑って応じる。
「エルザもな。死ぬなよ」
「ふふ。私は、そう簡単には死なんよ」
そう言ってから、俺たちのほうを見渡し、
「仲間の皆。マルクのこと、頼んだぞ」
「ああ、任せておいてくれ」
俺は即答した。
「あなたの王子様は、俺たちがしっかり守るよ」
エリオが、おどけた調子で付け加える。
「わたしの王子、か」
エルザは可笑しそうに笑った。
「……ふふ、そうかもしれんな」
翌朝。
俺たちは、王国軍第一師団の野営地を後にした。
出発の際、
整列した兵士たちに見送られる中で、
マルクとエルザは、堅く握手を交わす。
その二人の横顔を、
昇り始めた朝日が、まっすぐに照らしていた。




