05男達の様子がおかしい
魔王の住まう魔王城へ向かうルートはいくつか存在する。
だが、そのいずれを選んだとしても――
必ず通らねばならない地点が、いくつかあった。
そのひとつが、
嘆きの洞窟だ。
なにごともなく抜けるだけでも、丸一日はかかるという長い洞窟。
ほぼ一本道で迷うことはないが、裏を返せば逃げ場もない。
魔王側にとっては、絶好の待ち伏せ場所として知られている。
歴代の勇者パーティの傾向を洗い出し、
その「弱点」を突く魔物を差し向けてくる――
そんな因縁の難所だ。
今回、俺たちもそのことは十分に理解していた。
だからこそ、慎重に、足を進めている。
松明をかざし、俺が先頭を行く。
続いてマルク、サミュエル。
そして、しんがりを務めるのはエリオだ。
思っていたより、洞内の空間は広い。
――そのときだ。
頭上に、気配。
反射的に松明を掲げると、
天井に張り付く大ムカデの姿が浮かび上がった。
次の瞬間。
それは、俺たちの頭上へと落ちてきた。
「ひっ」
マルクが短い悲鳴を上げ、あとずさる。
マルクに飛びつこうとした、その刹那。
横合いから踏み込み、俺は太刀を振るった。
一閃。
大ムカデは、真っ二つになる。
――だが、それでも、まだ動いている。
マルクは剣を構えたまま、固まっていた。
剣先が、わずかに震えている。
いつもなら、この隙に迷いなくとどめを刺しているはずだ。
だが、どうも様子がおかしい。
サミュエルの火球魔法が、
マルクの横をすり抜け、大ムカデを直撃した。
ごう、と炎が上がり、
ようやく、大ムカデは完全に動かなくなる。
「取り乱して、すまない」
マルクがそう言って頭を下げる。
「虫は……虫だけは、苦手なのだ」
苦り切った顔だった。
「虫が苦手な勇者とは、聞いたことがないな」
と、サミュエル。
「まあ、確かに気持ちのいいものではないからな」
と、エリオが続ける。
なるほど。
マルクは確かに腕が立つが、実のところ女だ。
虫が苦手というのも、うなずける。
俺は一人、納得する。
「人には、それぞれ、苦手なものがあるものだ」
気づけば、フォローともつかない言葉を口にしていた。
俺たちは、再び歩き出す。
「ちなみにさ」
エリオが、ふと思い出したように聞いてきた。
「ブラムは、苦手なものとか、あるの?」
「そうだな……」
少し考えてから答える。
「ゴーストとかアンデッドとかは苦手だ。
剣が効かないってのもあるが、そもそも得体が知れないだろ。
お化け屋敷とか、正直無理だ」
「おばけが怖い戦士か。おもしろいな」
サミュエルが笑う。
「じゃあサミュエルは?」
エリオが聞き返す。
「なにが苦手なんだ?」
「そうだな……」
サミュエルは少し考え、
「強いて言えば、ピーマンだな」
「ピーマン?」
マルクが、素っ頓狂な声を上げる。
「ああ。嫌い、というレベルではない。
食べた瞬間、失神する」
「ふふ」
マルクが笑った。
「じゃあ、今度ピーマンが料理に出たら、俺が代わりに食べてやろう」
「それは大変助かる」
マルクは、少し元気を取り戻したようだった。
「俺は、王様とか偉い貴族が苦手だな」
エリオが、少し気まずそうに言った。
「緊張して、動けなくなる」
「そういえば」
マルクが思い出したように言う。
「王様との謁見のときも、ほとんどしゃべらなかったな」
「ああ」
エリオは苦笑した。
「あの時は、頭の中が真っ白になっていた」
「自由を生きるレンジャーらしい弱点だな」
俺は、そう感想を述べる。
そんな軽口を叩きながら進んでいると、
不意に、視界が開けた。
洞窟の奥に、広い空間が広がっている。
天井には大きな穴が開き、そこから差し込む日の光が、
薄明るく空間を照らしていた。
中央には、崩れかけた祭壇のような建造物。
――そして、そこに。
強い気配。
俺たちは、即座に足を止め、身構えた。
そこに立っていたのは――
女、だろうか。
深紅のドレスのような衣装をまとい、
まれに見るほど整った顔立ちをしている。
「待っていましたわ。勇者のみなさま」
澄んだ声が、洞窟に響く。
「私の名は、ヴェルネ。
魔王様の命により、あなたたちの命をいただきます」
「やはり、魔王の手先か」
その一言で、俺たちは自然と陣形を整えた。
だが――おかしい。
どう見ても、普通の女だ。
武器も見えない。魔力の奔流も感じない。
何か、特殊な能力があるのか?
警戒しながら様子をうかがっていると、
ヴェルネが、ふっと微笑んだ。
――魅力的だ。
そう、思ってしまった。
その瞬間、はっと気づく。
この女……
サキュバスだ。
だが、遅かった。
足が、勝手に前へ出る。
よたよたと、操られるように。
本能ではわかっている。
近づいてはいけない。
それでも、抗えない。
「そう……いい子だわ。こっちへおいで」
ヴェルネが、ゆっくりと手招きをする。
このままでは、
近づいた瞬間、とどめを刺されるだろう。
――それでも、いい。
そんな考えが、頭をよぎる。
「……なんて、美しい」
サミュエルが、うっとりと呟いた。
「女神さま……?」
エリオも、同じようによたよたと歩き出す。
もう少しで、ヴェルネの間合いに入る。
殺されるのなら、それも仕方がない。
そんな諦観すら、心を支配しかけた、その時。
……
…………
刹那。
疾風のごとく、俺たちの横を追い越す影。
マルクだ。
一気に間合いを詰め、
上段から、迷いなく斬り下ろす。
ヴェルネは、間一髪でそれをかわした。
「なぜ……!?
なぜ、効かぬ!」
マルクの斬撃は、止まらない。
一太刀、二太刀、三太刀。
ヴェルネは必死にそれをかわす。
「貴様……なにものだ!」
叫ぶと同時に、
彼女は宙へ舞い上がり――
まばゆい光とともに、姿を消した。
その瞬間。
俺の頭を覆っていた靄が、すっと晴れる。
術が、解けたのだ。
サミュエルとエリオも、我に返る。
「……やられたな」
「逃げた、のか?」
すぐに陣形を立て直すが、
すでに、ヴェルネの気配はどこにもない。
マルクは剣を収め、こちらへ歩み寄ってくる。
「あぶないところだったな」
サミュエルとエリオは、
驚愕したようにマルクを見つめていた。
「あれは、サキュバスだな」
俺は言う。
「俺たちが男だけのパーティだという点を突いて、
魔王が差し向けてきた……そういうことだろう」
「まさに急所を突く人選だ」
サミュエルが頷く。
「本当に、危ないところだった」
「しかし……」
エリオがマルクを見る。
「マルクには、効かなかったのか。
勇者は、やはり精神力も並外れているということかな」
「助かった。ありがとう、マルク」
俺がそう言うと、
「ああ」
マルクは短く答えた。
「みんな、無事でよかった」
――サキュバス。
男の本能に語りかけ、惑わす魔物。
だが、その術は、女には通じない。
勇者が女であることを、
魔王側も、気づいていないということだ。
俺は、ひとり、そう納得していた。




