04戦士の様子がおかしい
私たちは、グレイヴリム村を後にし、山道を進んでいた。
木々はうっそうと茂り、枝葉の隙間から午後の陽光がまだらに差し込んでいる。
足元は踏み固められておらず、獣が通った痕跡だけが、
細く道のように続いていた。
エリオの話では、正式な街道ではなく、けもの道らしい。
この手の道では、いつ猛獣と鉢合わせしても不思議ではない。
先頭を行くのはエリオ。
その後ろに、私とサミュエル。
最後尾にはブラムがつき、時折振り返りながら周囲に目を配っている。
背後を警戒する役目を、自ら買って出てくれた形だ。
……最近、ブラムの行動が少し気になる。
魔物の気配を察したときも、険しい地形に差しかかったときも、
彼はさりげなく、私を危険から遠ざける位置取りをする。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
――まさか、私の正体に気づいたのでは。
だが、彼は何も言わない。
探るような視線も、意味ありげな沈黙もない。
必要以上に詮索してくる様子もなく、彼はただ、仲間として振る舞っている。
……考えすぎだろう。
そう自分に言い聞かせる。
それでも、グレイヴリム村での一件は、あまりに綱渡りだった。
生贄の身代わりなど、冷静に考えれば無謀もいいところだ。
一歩間違えれば、私が女であることが露見していた可能性もある。
胸の奥に残る、かすかな後悔。
同時に、あの時、他に選択肢はなかったという思いも消えない。
――今後は、もっと慎重に。
私はそう心に刻み、前を行くエリオの背を見つめながら、黙って歩みを進めた。
グレイヴリム村での出来事を思い返すと、
自然と、ソフィアの顔が脳裏に浮かぶ。
私が生贄の娘に扮することが決まったとき、
彼女は半ば強引に、私を自室へと連れ込んだ。
「勇者様が、私の部屋にいるなんて……夢みたい」
完全に浮かれている様子で、
ソフィアはクローゼットを開け、次々と服を引っ張り出す。
「勇者様の体型に合うのは……そうね、これ。きっと似合います」
その勢いのまま、彼女は言った。
「では、着替えをお手伝いしますので。服を脱いでください!」
「いや、自分でできる」
「だめです。寸法も見ないといけませんから。さあ、早く」
真剣な口調とは裏腹に、その目は妙に輝いている。
(……この娘、暴走しているな)
この切迫した状況で、よくもまあ。
私は、さすがに少し頭に来た。
――いいだろう。
少し、懲らしめる必要がありそうだ。
「……わかった」
私がそう言うと、ソフィアの目はいっそう輝いた。
私は静かに防具を外し、旅装束を脱ぐ。
それに合わせて、ソフィアの表情に、わずかな違和感が差し込んだ。
「……あれ?」
やがて、彼女ははっきりと異変に気づく。
私の体の線を見つめ、
言葉を失ったまま、固まっていた。
「ど、どういう……こと……?」
私は、ため息をつきながら、
顔に貼っていた男テープを、べりっと剥がす。
無骨な男の顔は消え、本来の女の顔に戻る。
「……女の子?」
私は顔をしかめ、低く告げる。
「いかにも。私は女だ」
「事情があって、男のふりをしている」
「このことは、パーティの仲間にも秘密だ」
ソフィアは、息を呑む。
「もし知られれば、勇者パーティは崩壊する」
「それは、この国が魔族に蹂躙されることと同義だ」
そこまで言ったところで、
ソフィアの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……ご、ごめんなさい……」
震える声で、彼女はそう呟いた。
私は、それ以上言うのをやめた。
……少し、脅しが過ぎたかもしれない。
ソフィアは、しくしくと涙をこぼしながら、言葉をつないだ。
「生贄の身代わりになろうとしてくれているのが……こんな、女の子だったなんて」
「そんなことも知らず、私、ひとりで浮かれてしまって……」
「私……自分が、恥ずかしい。ごめんなさい……」
「泣かないでくれ。事情が事情だ。わかってくれれば、それでいい」
そう声をかけると、
ソフィアは涙を拭い、口元をぎゅっと引き締めた。
「……わたし、ちゃんとやります」
その声には、迷いがなかった。
「その衣装は、動きづらいです。裾を踏むかもしれません」
「こちらなら、もう少し余裕がありますね。
さらに動きやすくするために、少し細工をしましょう」
先ほどまでの浮ついた様子は、影も形もない。
ソフィアは別人のように真剣な表情で、
衣装を選び、布を当て、寸法を測っていく。
考えられる限りの状況を想定し、
どうすれば、私の危険を少しでも減らせるか。
その一点に、彼女の意識は集中していた。
正直――頼もしかった。
化粧も、彼女が手伝ってくれた。
私はほとんど化粧などしたことがなかったので、これは本当に助かった。
作業の合間、
私はなぜ男として勇者パーティに紛れ込むことになったのか、その経緯を話した。
「……そこまでして男装しなきゃいけないなら、
勇者なんて断ってしまえばいいのに!」
ソフィアは、思わず声を荒らげる。
「いや……勇者に選ばれること自体は、とても名誉なことだ。光栄でもある」
なぜか、弁明するのは私のほうだった。
「理解できないわ」
「マリアは、私と同じくらいの年でしょう?
おしゃれもしたいし、遊びたいし……楽しみたい年頃じゃない」
「わたしだったら、絶対に逃げ出すわ」
嘆くソフィアに、私は苦笑するしかなかった。
それでも――
生贄の娘としての支度が整う頃には、
私たちはすっかり打ち解けていた。
最初のぎこちなさも、誤解も、涙も、
その部屋には、もう残っていなかった。
◇
ドラゴンを討伐の後も、
作業をしている私のもとへ、ソフィアはしょっちゅう顔を出した。
取り留めのない話をして、
笑って、息抜きをして。
女の子同士の、他愛もない会話。
それが、思いのほか楽しかった。
ソフィアは、常に私を気遣ってくれた。
男ばかりのパーティで困っていることはないか、
何か自分にできることはないか、と。
――もしかしたら。
私に、友達ができたのかもしれない。
男のふりをしていたら、女友達ができた。
滑稽な話だとは思う。
けれど、それでも――うれしかった。
……しかし。
「勇者マルクのマリアって、とてもかっこいいわよ」
「女だと分かっていても……わたし、好きになってしまいそう」
ソフィアは、真顔でそう言った。
「おいおいおい」
「ふふ。冗談よ、冗談」
……肉食なところは、どうにもいただけない。
それでも。
魔王討伐が終わったら、もう一度、彼女に会いに行こう。
今度は、
勇者マルクとしてではなく、
――マリアとして。
私は、そう心に決めた。




