03村娘の様子がおかしい
グレイヴリム村より、勇者パーティへ切迫した要請が届いた。
なんでも、ドラゴンが現れ、
「村を焼かれたくなければ、娘を差し出せ」
そう要求しているという。
期日は、すでに迫っていた。
俺たちは、急ぎ足で村へ向かった。
◇
途中の山道で、ダイアベアに遭遇した。
ジャイアントベアよりさらに大きく、さらに獰猛。
知能は低いが、戦闘本能だけは異常なほど研ぎ澄まされている魔物だ。
ダイアベアは物陰から飛び出し、
前触れもなく襲いかかってきた。
「来るぞ!」
俺たちは即座に陣形を組む。
いつも通り、前衛は俺とマルク。
後衛に、サミュエルとエリオ。
サミュエルが攻撃呪文の詠唱に入り、
エリオが弓に矢をつがえ、引き絞る。
後衛の援護を受けながら、
俺とマルクは一気に間合いを詰めた。
ダイアベアの丸太のような腕が唸りを上げて振り下ろされる。
俺もマルクも、すんでのところでかわし、
反撃の剣を叩き込んだ。
――その瞬間、ふと、不安がよぎる。
もしも、ダイアベアの爪が、
マルクの顔をかすめでもしたら。
回復魔法で傷は塞げるだろう。
だが、跡が残る可能性は高い。
今までなら、そんなことは気にも留めなかった。
男にとって顔の傷など、ある意味で勲章だ。
しかし――
マルクが女だと気づいてから、
俺の考えは、大きく変わってしまった。
マルクの顔に、傷をつけさせるわけにはいかない。
気づいたときには、
俺はマルクとダイアベアの間に割って入っていた。
「どうした? ブラム?」
いつもと違う動きに、マルクが困惑の声を上げる。
とっさに、俺は叫んだ。
「俺が、盾と囮を引き受ける!
その隙に、とどめをさせ!」
一瞬の間。
「そうか! わかった!」
マルクはすぐに状況を飲み込み、うなずいた。
俺が最前衛に立ち、
ダイアベアの猛攻を正面から受け止める。
その隙を縫い、
マルクが確実に、何度も剣を突き立てた。
数度の激しい打ち合いの末、
ダイアベアはついに、地に伏した。
◇
戦闘が終わり、息を整えていると、
マルクが怪訝そうに声をかけてくる。
「急に陣形を変えるとは、どうしたことだ?」
――本当の理由は、言えない。
「お前の顔に、傷をつけるわけにはいかない」
そんなこと、口に出せるはずもなかった。
代わりに、俺はこう言った。
「これから、俺たちは、もっと強い敵と対峙することになる。
その時のために、今のうちに、
より慎重な陣形に慣れておく必要があると思ってな」
とっさの言い訳にしては、
我ながら、うまく言えたと思う。
「なるほど。そういうことか」
マルクは納得したように、うなずいた。
「とはいえ、唐突ではあったな」
「次からは、事前に相談してくれ」
「ああ。今後は、そうしよう」
そう答えると、
この話題は、それ以上掘り下げられなかった。
――どうやら、
なんとか、ごまかしきれたようだ。
◇
ほどなくして、俺たちはグレイヴリム村に到着した。
いけにえの期日が、明日に迫っている。
黒い岩山を背にした、谷あいの村だ。
石造りと木造が混在した家々が、肩を寄せ合うように並んでいる。
村の人々は、俺たちを温かく迎え入れてくれた。
不安と期待が入り混じった視線が、痛いほど伝わってくる。
俺たちは村長バルト・クレイグの家に招かれ、
質素ながらも心のこもった夕食を振る舞われた。
村長の娘、ソフィア・クレイグが、
慣れた手つきで、いそいそと給仕をしてくれる。
食事の途中、
本来、いけにえとなる予定だった娘と、その母親がやって来た。
二人は、何度も頭を下げ、
声を震わせながら、感謝の言葉を口にする。
マルクは静かに立ち上がり、娘の手を取った。
「俺たちが来たから、もう安心だ。
なにも、心配はいらない」
そう言って、やさしく微笑みかける。
娘の表情が、少しだけ、ほころんだ。
◇
夕食後、作戦会議となった。
「村の中央の広場に、祭壇が設けてあります」
「そこに、娘を連れてきておけとのことです」
バルト村長の言葉に、場の空気が引き締まる。
「ドラゴンは、そのまま娘をかっさらう可能性が高い」
「ならば、俺たちの誰かが娘に扮して、祭壇に立つのがいいだろう」
俺の提案に、全員がうなずいた。
問題は――
誰が、娘に扮して囮になるか、だ。
「俺は、まず無理だな。どうやっても、娘には見えない」
「俺もだ」
「娘にしては、長身だ」
「エリオか、マルクが適任だろう」
サミュエルが、あっさりと言う。
「ちょっと待って!」
「もしものとき、俺に接近戦は無理だよ!」
エリオが、悲鳴のような声を上げた。
「マルクがいいと思う!」
「化粧すれば、絶対かわいいと思う!」
「ばれないって! たぶん!」
必死に、マルクを売り込んでいる。
「いや、それは……ちょっと、まずい気が……」
マルクが言いかけた、そのときだった。
話を聞いていた村人たちが、ざわめき始める。
「たしかに、勇者様が適任かと……」
「お顔立ちも、お綺麗ですし……」
そして、
村長の娘ソフィアが一歩前に出た。
「私の衣装を、お貸しします」
「お化粧も、お手伝いします!」
その一言で、流れは決まってしまった。
マルクは、完全に引っ込みがつかなくなった様子で、
視線をさまよわせる。
しばしの沈黙の後。
「……わかりました」
「やります」
半ば強制的に、
そう言わされてしまったのだった。
◇
翌朝。
夜が白みに変わる頃から、支度が始まった。
マルクは生贄の娘に扮するため、
やけに張り切ったソフィアに手を引かれ、
村長宅の一室へと姿を消していった。
俺たちは、外で待機だ。
「マルクが、どれだけ化けるか、見ものだな!」
「ぜったい、かわいくなるって!」
「でも、勇者が女装って、なかなか見られないよ!」
サミュエルとエリオは、すっかりおもしろがっている。
俺は二人を横目に見ながら、
胸の奥に、言いようのない不安を抱いていた。
――男装している女が、女装する。
それはいったい、どういう結果になるんだ?
しばらくして。
村長宅の扉が開き、
ソフィアに伴われて、マルクが姿を現した。
生成り色のワンピース。
淡い色合いが、朝の光にやさしく溶け込んでいる。
「お、出てきた!」
「さて、マルクの実力を見せてもらおうか!」
二人は、にやにやと笑いながら声を上げる。
マルクが、そっと顔を上げた。
整えられた髪。
控えめな化粧。
そこに立っていたのは――
どう見ても、娘だった。
――しかも。
美しい。
さっきまで騒いでいたサミュエルもエリオも、
まるで声を失ったかのように、口をぽかんと開けている。
村人たちからも、
感嘆のため息が、あちこちで漏れた。
俺も、ある程度は想像していた。
だが、それを、はるかに超えていた。
これはもう――
「見惚れた」と言うしかない。
そんな視線に気づいたのだろう。
マルクは、少し頬を赤くして言った。
「おい……あんまり、じろじろ見るな」
「はずかしいだろ」
そう言って、ぶいっと横を向く。
「ちょっ……かわっ……え、すご……」
「いや、これは……驚いた」
二人とも、
あまりの衝撃に、完全に語彙力を失っていた。
そのとき、
ふと、隣に立つソフィアに目がいった。
様子が、おかしい。
先ほどまでの、あの浮かれた表情は消え、
今は、どこか神妙な顔つきになっている。
心なしか、顔色も青い。
――気づいた。
どうやら、この娘は、
マルクの“秘密”に気づいてしまったらしい。
そして、
そのことを、きつく口止めされたのだろう。
彼女は、何も言わず、
ただ、強く唇を引き結んでいた。
◇
太陽は高く昇り、
約束の時刻である正午を迎えた。
祭壇にはひとり、
村娘の姿をしたマルクが、静かに佇んでいる。
俺たちは、少し離れた物陰から、その様子を見守っていた。
村人たちは全員、村の外へ避難してもらっている。
相手はドラゴンだ。
戦闘による被害を最小限に抑えるための措置だった。
――そのとき。
ふいに、空が暗くなった。
来た。
ドラゴンだ。
巨大な影が、祭壇の上空をゆっくりと旋回する。
やがて、重々しい風を巻き起こしながら、
ドラゴンは祭壇の前へと降り立った。
マルクは、身じろぎ一つせず、
真正面からドラゴンを見据えている。
ドラゴンは、悠然とマルクのそばへ近づき、
その顔を、まじまじと覗き込んだ。
「良い娘だ」
「いいだろう。お前を、我が贄とする」
そう言った次の瞬間。
ドラゴンは宙に羽ばたき、
前脚を伸ばして、マルクを掴み去ろうとした。
――刹那。
物陰から、鋭い風切り音が走る。
放たれたのは、エリオの矢。
迷いも、ためらいもない。
次の瞬間、
矢は正確無比に、ドラゴンの右目へと突き立った。
ぐちり、と嫌な音が響く。
ドラゴンは激しく首を振り上げ、
天地を震わせる咆哮を放った。
空気そのものが震え、
広場の地面から砂利と埃が舞い上がった。
掴みかけていたマルクを取り逃がし、
ドラゴンの巨体が大きくよろめく。
同時に、俺が飛び出した。
片手には、マルクの剣。
「人間め! 謀ったな!」
ドラゴンが咆哮を上げ、
再び飛び立とうとする。
その瞬間――
サミュエルの詠唱が完成した。
《断罪の圧壊》
魔法が発動する。
見えない圧が、ドラゴンの全身を押し潰し、
地面へと縫い止める。
羽ばたこうとするが、
その巨体は、びくともしない。
「マルク! 剣だ!」
俺は駆け寄り、
剣を鞘ごと、マルクへ投げ渡す。
マルクはそれを受け取り、
迷いなく抜刀した。
ドラゴンの正面に俺。
その背後にマルク。
後衛に、サミュエルとエリオ。
陣形が整った。
ドラゴンが再び咆哮し、
灼熱の炎を吐き出す。
辺りを焼き尽くすかのような熱波。
だが――
サミュエルの防壁魔法が、それを完全に防いだ。
その隙を突き、
俺は一気に間合いを詰め、斬りかかる。
ドラゴンの太い腕が振り下ろされる。
かわすだけで、精一杯だ。
一方マルクは、
ドラゴンの周囲を円を描くように走りながら、
途切れることなく詠唱を重ねていた。
剣に、魔力が重ねられていく。
その輝きが、見る見るうちに増していく。
――そして。
ドラゴンの渾身の一撃。
俺はなんとか剣で受け止めたが、
衝撃に耐えきれず、剣ごと弾き飛ばされた。
その一瞬に、生まれた隙。
マルクは、ドラゴンの頭上へと跳躍し、
最大まで魔力を帯びた剣を、
その左目を狙って、突き刺した。
ドラゴンが、断末魔の咆哮を上げる。
剣は、奥深くまで突き立てられ、
マルクがぐいっと捻った、その瞬間――
ドラゴンは、
巨体を震わせながら、地に崩れ落ちた。
――静寂。
地に伏すドラゴンの亡骸。
その上に、剣を片手に立つ、
村娘姿のマルク。
スカートの裾が風でパタパタとなびく。
その横顔に、
正午の陽光が、まっすぐに差し込んでいた。
俺は、しばらく、
その姿から、目を離すことができなかった。
やがて、
村人たちが恐る恐る戻ってくる。
そして、
ドラゴンの亡骸を認めた瞬間――
歓声が上がり、
人々は一斉に駆け寄ってきた。
次々と、勇者を称える声。
それに、
マルクは、穏やかな笑顔で応えていた。
◇
それから数日間、
俺たちは、ドラゴンの解体作業を手伝った。
ドラゴンは厄災そのものだったが、
その死体は、同時に宝の山でもある。
鱗、皮、肉、骨。
どれ一つとして、無駄になるものはない。
村人たちは役割を分担し、
慣れないながらも、懸命に作業に取り組んでいた。
村は、まるで祭りの後片付けのような、
不思議な活気に包まれていた。
そんな中で――
作業を手伝うマルクのもとへ、
ソフィアは何度も姿を見せていた。
二人は、作業をしながら談笑し、
ときおり顔を見合わせては、笑っている。
傍から見れば、
とても仲睦まじい様子だった。
「……ちょっとさ」
「あの二人、いい感じなんじゃないの?」
エリオが、どこか面白くなさそうに言う。
「まったくだ」
「勇者というのは、どうしてこうも、もてるのか」
サミュエルも、半ば呆れたように同調した。
いや。
あれは、そういう類のものではない――
と思うのだが。
俺は、心の中でそうつぶやいた。
◇
一通りの作業が終わり、
俺たちは、グレイヴリム村を後にすることになった。
村の入り口には、
バルト村長をはじめ、村人たちが集まっている。
感謝と安堵の入り混じった表情で、
俺たちを見送ってくれていた。
そのとき――
ソフィアが、マルクへ駆け寄り、その手を、ぎゅっと取った。
真剣な面持ちだった。
「マルク……」
「絶対に、生きて帰ってきてね」
「もっと、あなたと……お話がしたいの」
マルクは、一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに、やさしく微笑んだ。
「ああ。約束しよう」
そう言って、
その手を、しっかりと握り返す。
俺たちは、村人たちに手を振り、
グレイヴリム村を後にした。
◇
道中。
「あのさ」
「ソフィアのセリフ、あれ完全に告白だよね」
エリオが、にやにやしながら言う。
「うむ」
「マルク、あの娘の気持ち、どうするつもりだ?」
サミュエルが、興味深そうに尋ねた。
「そういうのじゃないよ」
マルクは即座に否定したが、
その顔は、どこかうれしそうだった。
俺は、ふと思った。
――ソフィア。
彼女はきっと、
マルクが正体を隠し、勇者として生きるようになってから、
初めてできた、
“本当の友達”なのだろう。




