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勇者の様子がおかしい  作者: しばたろう


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02勇者の条件がおかしい

 部屋に戻っても、

 眠れる気がしなかった。


 ベッドに腰を下ろし、

 ただ、天井を見上げる。


 ……見てしまった。


 あの後ろ姿。

 あの輪郭。


 何度考えても、

 結論は一つだ。


 勇者マルクは、女だ。


 胸の奥が、ずしりと重くなる。


 これまでの違和感が、

 一気に、一本の線でつながった。


 潔癖な態度。

 一人部屋。

 人との距離。


 全部、理由があったのだ。


 ――なら、どうする。


 誰かに言うか?

 マルク本人に問いただすか?


 ……できるわけがない。


 あいつは、

 必死で、隠してきた。


 俺は、

 知らないふりをする。


 気づかなかったことにする。


 それが、

 今の俺にできる、

 唯一の選択だ。

 


 翌朝。


 宿の食堂に降りると、

 すでに、マルクがいた。


 いつも通りの旅装。

 髪も整えられ、

 表情も、変わらない。


 昨夜の出来事など、

 最初から、何もなかったかのように。


「おはよう」


 先に、そう声をかけてきたのは、マルクのほうだった。


 ……平然としている。


 俺は、一瞬、言葉に詰まり、

 それから、いつも通りを装って返す。


「おう。早いな」


 マルクは軽くうなずき、

 卓についたまま、湯気の立つスープに口をつけた。


 俺も、

 サミュエルも、

 エリオも、まだ部屋着のままだ。


「あいかわらず、マルクはきちんとしてるな」


 エリオが、感心したように言う。


「俺たちも、少しは見習うべきか?

 なあ、ブラム」


 サミュエルが、こちらを見る。


「ああ……そうだな」


 そんな返事しか、できなかった。


 俺たちは席に着き、

 そろって朝食をとる。


 軽い談笑。

 うまい飯。

 いつも通りの風景だ。


 ――それなのに。


 俺は、

 マルクの顔を、

 まともに見ることができないでいた。


 何も変わっていないはずの朝が、

 どこか、別のものに見えてしまって。


 その違和感を、

 俺は、黙って飲み込むしかなかった。

 


 その日、私の前に、天使が降りてきた。


 白い羽根が静かに舞い落ち、

 光の中から、その姿が現れる。


「剣士マリア・フォン・リヒトシュタイン」


 澄んだ声で、天使は私の名を呼んだ。


「神により、お前は――勇者に選ばれた」


 胸の奥が、かすかに震えた。

 光栄だ。恐れ多い。身が引き締まる。


「これから仲間と共に、魔王討伐に赴くがよい」


 私はうなずき、剣の柄に手を添えた。


 ――だが。


「ただし、ひとつ条件がある」


 天使は、ほんの一瞬だけ言葉を切る。


「男のふりをせよ」


 ……は?


 私は十七歳。

 身長は百七十センチ弱。女にしては高い方だろう。

 そして、低めの声。


 男のふりは、できなくもない。

 だが、それにしても、あまりに突拍子もない下知だ。


 聞けば、

 勇者の仲間はすでに三人、神により選出されているという。


 全員、年ごろの男。


「この状況に、危機感を覚えたんだよ」


 天使は、さも当然といった調子で言った。


「古来、勇者パーティの障壁は、

 強敵でも、過酷な旅路でもない。

 情のもつれなのだ」


「勇者パーティの連携と絆は、魔王討伐の要。

 余計な感情で乱されるのは、好ましくない」


 そして、少し胸を張って続ける。


「策を講じるのも、天使の役目だからね」


 ……随分と、偉そうだ。



 勇者パーティは、まず国王に謁見する。

 決められた日時、謁見の間に集まり、

 そこで初めて顔を合わせることになる。


 その日。


 私は――

 男の勇者として、謁見の間に立っていた。


 もっとも、男装しただけでは、さすがに通用しない。

 体格や声は誤魔化せても、顔までは誤魔化しきれない。


 そこで、天使の知恵を借りることになった。


 こめかみから顎にかけて、細い引き上げ用のテープを貼る。

 皮膚をわずかに引き締め、頬の丸みを削ぎ落とす。


 鏡に映る顔は、

 どこか骨張り、無愛想な男のそれになる。


 毎朝貼れば、一日はもつ。

 ただし――


 戦闘の後。

 血と汗にまみれれば、細工は崩れやすい。


 そのたびに、私は気を張る。


 剣よりも先に、

 正体を見抜かれぬようにと。


 ――勇者として選ばれた、その日から。

 私の戦いは、もう始まっていた。



 国王が、玉座から言葉を発した。


「勇者マルク、戦士ブラム、賢者サミュエル、レンジャーエリオ。

 そなたたちは、魔王討伐の勇者パーティとして、

 神に選ばれた者たちである。

 どうか魔王を倒し、この王国に平和をもたらしてほしい。

 健闘を祈る。――頼んだぞ」


 私たちは国王の前にひざまずき、

 私が代表して、必ず魔王を打ち取りますと誓いを立てた。


 この場が、

 勇者パーティとしての初顔合わせだった。


 戦士ブラム。

 とにかく、でかい。

 岩のようにがっしりとした体躯で、

 いかにも前衛を張る戦士だ。


 賢者サミュエル。

 すらりとした長身で、落ち着いた雰囲気をまとっている。


 レンジャーのエリオ。

 身長は、私より少し高い程度。

 ほっそりとした体つきで、

 物腰は柔らかく、人懐っこい印象だ。


 そして、私。

 勇者マルク。


 髪は、ばっさりとショートカットにした。

 日頃の鍛錬で、顔は日に焼けている。


 そして――

 顔面引き上げ用のテープ。

 これからは、男テープと呼ぶことにしよう。


 そのおかげで、

 今のところ、女だとはばれずに済んでいそうだ。


 私たちは王の間を辞したあと、

 冒険者ギルドの食堂で、

 初顔合わせを兼ねた夕食を取ることになった。


 エールで乾杯。

 なお、私は酒には強いし、嫌いではない。


 食事の席で、

 順番に自己紹介をする流れになる。


 まずは、私からだった。


「マルク・フォン・リヒトシュタインだ。

 元は剣士だが、このたび勇者を拝命した。十七歳だ。

 これから、よろしく頼む」


 ……名乗ってから、一瞬、胸の奥がちくりとした。


「俺はブラム・アイゼンハルトだ。十八だ。

 前に俺が立つからには、お前らをしっかり守ってみせる。

 よろしくな」


 はきはきとした声でそう言い、

 にかっと、屈託のない笑顔を向けてくる。


「サミュエル・アル=フィデス。年は十九。

 魔王討伐の一員に選ばれたこと、光栄に思っている」


 短いあいさつ。

 その鋭い目の光が、一瞬、こちらを射抜いた。

 

「エリオ・ノクティス。

 十七歳。…マルクと同い年だね。

 レンジャーだ。道案内は任せてくれ。」


 人懐っこい笑顔を見せる。


 ――みな、血気盛んな、

 ごく普通の若い男たちだ。


 この中に、女が一人紛れ込めば。

 どうなるかは、想像に難くない。


 私は、男装しておいて正解だったのだろう、と、

 直感的にそう感じていた。

 

 しばらく、たわいもない会話が続いた。

 旅の話、武器の話、ギルド飯の味の話。


 その最中――

 ふと、戦士ブラムが、こちらをじっと見つめていることに気づいた。


 ……うん?


 私が視線を返すと、

 ブラムは一瞬、ばつが悪そうに目をそらし、

 それから、少し慌てた様子で口を開いた。


「いや。マルク、お前……整った顔をしているなと思ってな」


 どきり、と胸が跳ねた。


 男テープは、まだ大丈夫か。

 汗で浮いていないか。

 無意識に、顔の感覚に意識が集中する。


「さぞかし、女にモテるだろう?」


 ……よかった。

 女だと、ばれたわけではなさそうだ。


「それほどでもない」


 我ながら、ありきたりな返事だった。


「古来より、勇者というものは、見た目がいいと相場が決まっている」


 サミュエルが淡々と口をはさむ。


「ふっ。うらやましいかぎりだね。」


 エリオが、やわらかく笑う。


 私は、新たな仲間たちを、あらためて見回した。


 戦士ブラムは、豪快で頼もしそうだ。

 魔術師エリオは、クールなイメージだが、腕は確かだろう。

 神官サミュエルは、穏やかで、信頼できそうだ。


 ――皆、それぞれに、好青年に見える。


「お前たちも、まずまずだと思うが?」


 私は、少しだけ冗談めかして言ってみた。


「ずいぶん上から目線だな」


 ブラムはそう言うと、

 ハハッ、と大きく口を開けて笑った。


 その笑い声に、場の空気が和む。


 ……この距離感。

 この関係。


 守り続けなければならない、と、

 私は心の奥で、静かに覚悟を新たにした。

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