02勇者の条件がおかしい
部屋に戻っても、
眠れる気がしなかった。
ベッドに腰を下ろし、
ただ、天井を見上げる。
……見てしまった。
あの後ろ姿。
あの輪郭。
何度考えても、
結論は一つだ。
勇者マルクは、女だ。
胸の奥が、ずしりと重くなる。
これまでの違和感が、
一気に、一本の線でつながった。
潔癖な態度。
一人部屋。
人との距離。
全部、理由があったのだ。
――なら、どうする。
誰かに言うか?
マルク本人に問いただすか?
……できるわけがない。
あいつは、
必死で、隠してきた。
俺は、
知らないふりをする。
気づかなかったことにする。
それが、
今の俺にできる、
唯一の選択だ。
◇
翌朝。
宿の食堂に降りると、
すでに、マルクがいた。
いつも通りの旅装。
髪も整えられ、
表情も、変わらない。
昨夜の出来事など、
最初から、何もなかったかのように。
「おはよう」
先に、そう声をかけてきたのは、マルクのほうだった。
……平然としている。
俺は、一瞬、言葉に詰まり、
それから、いつも通りを装って返す。
「おう。早いな」
マルクは軽くうなずき、
卓についたまま、湯気の立つスープに口をつけた。
俺も、
サミュエルも、
エリオも、まだ部屋着のままだ。
「あいかわらず、マルクはきちんとしてるな」
エリオが、感心したように言う。
「俺たちも、少しは見習うべきか?
なあ、ブラム」
サミュエルが、こちらを見る。
「ああ……そうだな」
そんな返事しか、できなかった。
俺たちは席に着き、
そろって朝食をとる。
軽い談笑。
うまい飯。
いつも通りの風景だ。
――それなのに。
俺は、
マルクの顔を、
まともに見ることができないでいた。
何も変わっていないはずの朝が、
どこか、別のものに見えてしまって。
その違和感を、
俺は、黙って飲み込むしかなかった。
◇
その日、私の前に、天使が降りてきた。
白い羽根が静かに舞い落ち、
光の中から、その姿が現れる。
「剣士マリア・フォン・リヒトシュタイン」
澄んだ声で、天使は私の名を呼んだ。
「神により、お前は――勇者に選ばれた」
胸の奥が、かすかに震えた。
光栄だ。恐れ多い。身が引き締まる。
「これから仲間と共に、魔王討伐に赴くがよい」
私はうなずき、剣の柄に手を添えた。
――だが。
「ただし、ひとつ条件がある」
天使は、ほんの一瞬だけ言葉を切る。
「男のふりをせよ」
……は?
私は十七歳。
身長は百七十センチ弱。女にしては高い方だろう。
そして、低めの声。
男のふりは、できなくもない。
だが、それにしても、あまりに突拍子もない下知だ。
聞けば、
勇者の仲間はすでに三人、神により選出されているという。
全員、年ごろの男。
「この状況に、危機感を覚えたんだよ」
天使は、さも当然といった調子で言った。
「古来、勇者パーティの障壁は、
強敵でも、過酷な旅路でもない。
情のもつれなのだ」
「勇者パーティの連携と絆は、魔王討伐の要。
余計な感情で乱されるのは、好ましくない」
そして、少し胸を張って続ける。
「策を講じるのも、天使の役目だからね」
……随分と、偉そうだ。
◇
勇者パーティは、まず国王に謁見する。
決められた日時、謁見の間に集まり、
そこで初めて顔を合わせることになる。
その日。
私は――
男の勇者として、謁見の間に立っていた。
もっとも、男装しただけでは、さすがに通用しない。
体格や声は誤魔化せても、顔までは誤魔化しきれない。
そこで、天使の知恵を借りることになった。
こめかみから顎にかけて、細い引き上げ用のテープを貼る。
皮膚をわずかに引き締め、頬の丸みを削ぎ落とす。
鏡に映る顔は、
どこか骨張り、無愛想な男のそれになる。
毎朝貼れば、一日はもつ。
ただし――
戦闘の後。
血と汗にまみれれば、細工は崩れやすい。
そのたびに、私は気を張る。
剣よりも先に、
正体を見抜かれぬようにと。
――勇者として選ばれた、その日から。
私の戦いは、もう始まっていた。
◇
国王が、玉座から言葉を発した。
「勇者マルク、戦士ブラム、賢者サミュエル、レンジャーエリオ。
そなたたちは、魔王討伐の勇者パーティとして、
神に選ばれた者たちである。
どうか魔王を倒し、この王国に平和をもたらしてほしい。
健闘を祈る。――頼んだぞ」
私たちは国王の前にひざまずき、
私が代表して、必ず魔王を打ち取りますと誓いを立てた。
この場が、
勇者パーティとしての初顔合わせだった。
戦士ブラム。
とにかく、でかい。
岩のようにがっしりとした体躯で、
いかにも前衛を張る戦士だ。
賢者サミュエル。
すらりとした長身で、落ち着いた雰囲気をまとっている。
レンジャーのエリオ。
身長は、私より少し高い程度。
ほっそりとした体つきで、
物腰は柔らかく、人懐っこい印象だ。
そして、私。
勇者マルク。
髪は、ばっさりとショートカットにした。
日頃の鍛錬で、顔は日に焼けている。
そして――
顔面引き上げ用のテープ。
これからは、男テープと呼ぶことにしよう。
そのおかげで、
今のところ、女だとはばれずに済んでいそうだ。
私たちは王の間を辞したあと、
冒険者ギルドの食堂で、
初顔合わせを兼ねた夕食を取ることになった。
エールで乾杯。
なお、私は酒には強いし、嫌いではない。
食事の席で、
順番に自己紹介をする流れになる。
まずは、私からだった。
「マルク・フォン・リヒトシュタインだ。
元は剣士だが、このたび勇者を拝命した。十七歳だ。
これから、よろしく頼む」
……名乗ってから、一瞬、胸の奥がちくりとした。
「俺はブラム・アイゼンハルトだ。十八だ。
前に俺が立つからには、お前らをしっかり守ってみせる。
よろしくな」
はきはきとした声でそう言い、
にかっと、屈託のない笑顔を向けてくる。
「サミュエル・アル=フィデス。年は十九。
魔王討伐の一員に選ばれたこと、光栄に思っている」
短いあいさつ。
その鋭い目の光が、一瞬、こちらを射抜いた。
「エリオ・ノクティス。
十七歳。…マルクと同い年だね。
レンジャーだ。道案内は任せてくれ。」
人懐っこい笑顔を見せる。
――みな、血気盛んな、
ごく普通の若い男たちだ。
この中に、女が一人紛れ込めば。
どうなるかは、想像に難くない。
私は、男装しておいて正解だったのだろう、と、
直感的にそう感じていた。
しばらく、たわいもない会話が続いた。
旅の話、武器の話、ギルド飯の味の話。
その最中――
ふと、戦士ブラムが、こちらをじっと見つめていることに気づいた。
……うん?
私が視線を返すと、
ブラムは一瞬、ばつが悪そうに目をそらし、
それから、少し慌てた様子で口を開いた。
「いや。マルク、お前……整った顔をしているなと思ってな」
どきり、と胸が跳ねた。
男テープは、まだ大丈夫か。
汗で浮いていないか。
無意識に、顔の感覚に意識が集中する。
「さぞかし、女にモテるだろう?」
……よかった。
女だと、ばれたわけではなさそうだ。
「それほどでもない」
我ながら、ありきたりな返事だった。
「古来より、勇者というものは、見た目がいいと相場が決まっている」
サミュエルが淡々と口をはさむ。
「ふっ。うらやましいかぎりだね。」
エリオが、やわらかく笑う。
私は、新たな仲間たちを、あらためて見回した。
戦士ブラムは、豪快で頼もしそうだ。
魔術師エリオは、クールなイメージだが、腕は確かだろう。
神官サミュエルは、穏やかで、信頼できそうだ。
――皆、それぞれに、好青年に見える。
「お前たちも、まずまずだと思うが?」
私は、少しだけ冗談めかして言ってみた。
「ずいぶん上から目線だな」
ブラムはそう言うと、
ハハッ、と大きく口を開けて笑った。
その笑い声に、場の空気が和む。
……この距離感。
この関係。
守り続けなければならない、と、
私は心の奥で、静かに覚悟を新たにした。




