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勇者の様子がおかしい  作者: しばたろう


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10/15

10司祭の眼差しが眩しい

 俺たちは、依頼を受け、ヴァルナ神殿を訪れていた。


 話によれば――

 魔王の復活に呼応するかのように、

 古代より地下に封じられていた魔物の封印が、

 緩み始めたという。


 その魔物が、地上に現れれば災害級という話だ。

 被害が出る前に、再び封印を施す必要がある

 ――それが、今回の依頼だった。


 ヴァルナ神殿は、魔族領にほど近い場所に建っている。

 魔王の魔力の影響を、強く受けやすい土地なのだろう。

 神殿の空気そのものが、どこか重く、

 張り詰めているように感じられた。


 俺たちは、神殿の本殿で、この地を預かる司祭に迎えられた。


 司祭の名は、ヴァレリア・ノクティス。

 年の頃は、二十歳前後といったところだろう。


 整った顔立ちの、美しい女性だった。

 だが、その佇まいには、若さにそぐわぬ落ち着きと威厳がある。

 若くして司祭の座に就いた実力者――という評判も、

 なるほど納得だった。

 才色兼備とは、まさにこのことだろう。


 本殿では、年配の男の神官たちに囲まれながらも、

 司祭ヴァレリアは、硬さを感じさせない佇まいで立っていた。


 ひとたび俺たちに気づくと、

 彼女はふっと表情を和らげ、

 まるで旧知の客を迎えるかのように歩み寄ってくる。


 そして、一人ひとりの前で足を止めては、

 ためらいもなく手を取り、

 近い距離で、親しげに挨拶を交わしていった。

 

「勇者マルク様。

 この度はお越しいただき、ありがとうございます。

 まあ……なんて凛々しいお方」


「戦士ブラム様。

 まあ、大きい……とても頼もしいですわ」


「賢者サミュエル様。

 ずいぶんと、すらりとしていらっしゃる。素敵ですね」


「レンジャーのエリオ様……まあ、かわいらしい」


 美しい司祭に手を取られ、

 俺とサミュエルは、揃って頬が緩むのを抑えきれなかった。


 そんな俺たちを、呆れたような目で見ているのが、勇者マルクだ。

 一方、エリオはというと――

 偉い人で、しかも美人の司祭に手を握られたまま、完全に思考停止している。



 その夜、神殿では、ささやかな歓迎の席が設けられた。


 そこで、改めて、

 司祭ヴァレリアから、今回の件について詳しい説明を受けることになる。


 ヴァルナ神殿の地下には、広大な地下迷宮が存在する。

 その最深部に、古来より――

 ミノタウロスが、封印されているのだという。


 だが、魔王の復活と時を同じくして、

 その封印が、解け始めた。


 現在は、まだ地下に留まっているものの、

 地上へ現れるのも、時間の問題らしい。


 ミノタウロスの凶暴さは、計り知れない。

 もし地上に出れば、近隣の村や街に、甚大な被害が及ぶだろう。


 それまでに――

 再び、封印を施さねばならない。


 しかし、封印のためには、

 神官自らが、ミノタウロスの額に、封印の符を貼る必要があるという。


 そのためには、まず、

 ミノタウロスの動きを完全に封じなければならない。


 それは――

 神官だけで成し遂げられるものではなかった。


 しかも、地下迷宮には、

 ミノタウロス以外の魔物も多数湧き出しており、

 そもそも、近づくことすら困難な状況だという。


 静まり返った場で、

 司祭ヴァレリアは、まっすぐに俺たちを見つめ、はっきりと言った。


「ミノタウロスの封印は、私が行います」


 一瞬の間を置き、彼女は続ける。


「勇者の皆様には――

 私を、ミノタウロスのもとまで、連れて行っていただきたいのです」


 それが、

 今回、俺たちに課された依頼内容だった。

 

 しかし――

 歓迎の席でも、ヴァレリアの距離感は変わらなかった。


 気がつけば、彼女は俺たちの間に、ちょこんと腰を下ろしている。

 そして、身を乗り出すようにして、あれこれと話しかけてくるのだ。


 間近に顔を寄せられるたび、

 ふわりと、甘く清潔な香りが鼻をくすぐる。


 俺とサミュエルは、そろって、どうにも締まりのない顔になる。

 それを横目で見ているマルクは、言葉もなく、呆れた表情だ。

 エリオに至っては――

 最初から最後まで、まるで石像のように固まったままだった。


 通常、司祭というものは、

 それなりに年長で、しかも男が務めるものとされている。


 だが、この人懐っこさ、この距離の近さ。

 もしかすると、それこそが――

 若くして司祭の座に上り詰めた、彼女なりの武器なのかもしれない。


 ふと、そんなことを考えた。



 翌日、

 俺たちは、神殿の地下に広がる迷宮へと足を踏み入れた。


「ミノタウロスは、地下迷宮の最奥――最奥の広間にいるものと思われます」


 ヴァレリアの言葉に従い、

 俺たちは、迷宮の奥を目指して進み始める。


 先頭を行くのは、エリオだ。


「この迷宮の地図は、全部頭に入れてあるよ。

 最奥の広間まで、最短のルートで行こう」


 昨夜まで、置物のように固まっていたのが嘘のように、

 今のエリオは、別人のように頼もしかった。


 周囲の気配を読み、

 わずかな異変や罠の兆しを、いち早く察知する。


 エリオが先頭に立っているだけで、

 俺たちの危険度は、目に見えて下がっていく。


 松明を掲げ、

 通路の先々に設えられた燭台へ、順に火を移していく。


 真っ暗だった通路に、

 ぽつり、ぽつりと、明かりが灯っていった。


 その後ろに、サミュエル。

 続いて、マルク。


 そして――

 そのすぐ後ろを、ヴァレリアが歩く。


 マルクは、自然と彼女を庇うような位置取りをしていた。


 最後尾は、俺だ。


 静寂の中、

 しばらくのあいだ、なにごとも起こらず、通路はひっそりと静まり返っていた。


 単調な石の壁と床が続く風景に、

 わずかに気が緩みかけた、そのとき――


 先頭を進んでいたエリオが、

 不意に足を止め、素早く手を上げて俺たちを制した。


 真っ暗な前方の通路を鋭く睨み据え、


「……前方に、気配を感じる。なにか、いる!」


 そう言うと、

 迷いなく弓を構える。


 それと同時に、

 俺とマルクは剣を抜き、身構えた。


 サミュエルもまた、静かに詠唱を開始する。


《中域照明》


 サミュエルの魔法が前方に展開され、

 俺たちの進路に広がる闇を、一気に照らし出した。


 そこに現れたのは――


 壁一面に、

 白い“なにか”が、びっしりと張り付き、うごめいている光景だった。


 それは、

 丸太ほどの太さを持つ、大芋虫の群れだった。


 光に晒されると同時に、

 芋虫たちは身をくねらせ、

 ぞろぞろと、壁を這いながら、こちらへと迫ってくる。


「きゃあああー!」


 悲鳴を上げたヴァレリアが、

 反射的に、マルクの背中へとしがみついた。


 マルクは、

 ヴァレリアを背に庇うように立ち、

 剣を構え――


 ……構えたまま、

 目を見開いて、完全に気絶していた。


「……《《女性》》陣は、役に立たないようだ」


 俺は、独り言ち、


「ヴァレリア殿。そこを動くな!」


 そう叫び、前へと飛び出した。


 サミュエルは詠唱を続ける。

 エリオの矢が放たれ、

 迫りくる大芋虫を、次々と正確に射抜いていく。


 速い。

 だが――数が多すぎる。


 矢の合間をすり抜けた芋虫が、なおも迫る。


 俺は、その群れへと突っ込み、

 剣を振るって、次々と切り捨てていった。


 そして――

 サミュエルの詠唱が、完成する。


《烈火の炎》


 芋虫の群れの中央に、

 轟音とともに、炎が巻き上がった。


 芋虫たちは、悲鳴を上げる間もなく、

 炎に飲み込まれていく。


 ――ほどなくして。


 そこに残っていたのは、

 すべて、黒焦げになった“焼き芋虫”だけだった。


「マルク様。私を、守ってくださってありがとうございました」


 ヴァレリアは、

 マルクの手を取り、にこやかに礼を述べる。


 当のマルクは、

「……いや、その……なんか、すまない」

 と、ひどく気まずそうだ。


 虫が苦手なマルクにとって、

 あの大芋虫の群れは、さすがに荷が重かったのだろう。


「いや、あれは仕方ない」

「マルクにあれは無理だ」


 俺たちは口々にそう言って、

 マルクを慰めた。


 焼け焦げた芋虫の残骸のあいだを、

 俺たちは、黙々と進んでいった。


 芋虫からは、

 なんとも形容しがたい――

 香ばしい匂いが、

 通路いっぱいに漂っている。


 ヴァレリアは、

 目を固くつむり、

 マルクの背中に、しがみついたままだった。


 マルクは、

 前方をまっすぐに見据えながら、

 真っ青な顔にうっすらと涙を浮かべて歩いている。


 ……健気なやつだ。


 その後も、

 何度となく、大芋虫の群れに遭遇した。


 そのたびに――


 ヴァレリアが、甲高い悲鳴を上げ、

 マルクが、剣を構えたまま気絶し、

 エリオが、矢を放ち、

 俺が、迷いなく斬り込み、

 サミュエルの炎が、容赦なくとどめを刺す。


 ……完全に、流れができあがっていた。


 そんなやり取りを、幾度も繰り返した末――


 ついに、

 俺たちは、迷宮の最奥へとたどり着いた。

 


 重い扉を開き、

 目の前に広がっていたのは、

 ひときわ広く、ひときわ静かな空間だった。


 ――最奥の広間。


 薄暗い空間の中央に、

 山のように巨大な影が、鎮座していた。


 ミノタウロスだ。


 こちらに気づいた瞬間、

 ミノタウロスは、低く唸り声を上げ、

 大きく角を揺らしながら、斧を振り上げる。


 そして――

 一気に、こちらへ突進してきた。


 よし。

 落ち着け。


 陣形を整え、

 冷静に――

 迎え撃つ!


 ……そう、俺が思った、その瞬間だった。


「うおおおおおおーーーーー!」


 雄叫びとともに、

 マルクが、ミノタウロスへ一直線に突っ込んでいった。


「ちょ、待て、マルク!」


 制止の声は、届かない。


 おそらく――

 道中での不甲斐なさ。

 自責の念。

 名誉挽回。

 そして、もう後には引けないという覚悟。


 それらが、ぐちゃぐちゃに絡み合った末の、

 完全な暴走だろう。


 ミノタウロスが、斧を大きく振り下ろす。


 マルクは、それを――

 避けない。


 正面から、剣で受け止めた。


「うわあああああーーーーーーーー!」


 絶叫とともに、

 マルクの剣が、斧を弾き返す。


 凄まじい衝撃音。

 ミノタウロスの斧が、宙を舞った。


 間髪入れず、

 マルクは、返す刃で斬りかかる。


 ミノタウロスは、咄嗟に後方へ飛び退いた。

 先ほどまでの勢いは消え、

 その眼には、わずかな怯えの色すら浮かんでいる。


 対するマルクは――

 完全に、目が据わっていた。


 リミッターが、外れている。


「……い、いかん」


 そう思った瞬間、

 俺たちは一斉に飛び出した。


 その刹那。


 マルクの大ぶりの一撃を、

 ミノタウロスが、かろうじてかわす。


 剣は地面に突き刺さった。


 次の瞬間――

 マルクは、その剣を踏み台にして跳び上がる。


「うぬおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!」


 そして、

 ミノタウロスの顔面めがけて、

 渾身の鉄拳を叩き込んだ。


 鈍い音が響く。


 鉄拳は、完璧に入った。


 ミノタウロスは、その場に崩れ落ちた。


「はあ……はあ……」


 マルクは、その背に跨がり、

 肩で息をしている。


 その姿を見て、

 ふと、ある言葉が脳裏をよぎった。


 ――狂戦士(バーサーカー)


 だが、

 感心している場合ではない。


「ヴァレリア殿! 封印を!」


 俺が叫ぶ。


 ヴァレリアは、

 弾かれたように頷き、

 倒れたミノタウロスへと駆け寄った。


 そして、

 懐から封印の符を取り出し、

 その額へ、迷いなく貼り付ける。


 ミノタウロスの身体が、

 さあっと、音を立てるように石化していく。


「……ふう」


 一件落着――

 そう、誰もが思った、そのときだった。


 ミノタウロスの目が、

 ぎらりと、開かれる。


「いかん! 危ない!」


 俺が叫ぶと同時に――


 ミノタウロスは、

 残された最後の力を振り絞るように、

 腕を振り上げ、ヴァレリアへと襲いかかった。


 刹那。


 マルクが、迷いなく飛び出す。


 そして――

 ヴァレリアを庇うように、その背をさらす。


 次の瞬間、

 ミノタウロスの爪が、

 マルクの背中を深く引き裂いた。


 鮮血が、宙に散る。


 ミノタウロスは、そのまま完全に石と化し、

 二度と動くことはなかった。


 ヴァレリアは、

 マルクに抱きかかえられるように倒れ込み、


「マルク様!!」


 悲鳴のように叫ぶ。


 マルクは、ぴくりとも動かない。

 顔色は真っ青だ。


 背中には、斜めに走る深い傷口。

 赤い血が、滲むどころか、流れ続けている。


「……いかん」


 その腕から、

 ヴァレリアが、震えるように抜け出す。


「わたくしが……」


 そう言って、

 彼女は、傷口に手を当て、

 必死に祈りの言葉を紡ぎ始めた。


 その瞬間――


 辺り一面が、

 まばゆい光に包まれた。


 慈悲と、慈愛。

 温かな力が、空間を満たしていく。


 マルクの傷が、

 みるみるうちに塞がっていく。


 蒼白だった顔に、血の気が戻り、

 荒れていた呼吸が、次第に落ち着いていった。


 ――これが、司祭の力。


 そして、


「……う、ううん……」


 マルクが、ゆっくりと目を開く。


 意識を取り戻した、その第一声は――


「ヴァレリア……けがは、ないか?」

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