01勇者の様子がおかしい
勇者の様子がおかしい。
今に始まったことではない。
王宮の謁見の間で、初めて顔を合わせたときから、
こいつは少し、変わったやつだとは思っていた。
だが――
魔王討伐の旅を共にするようになってから、
その「おかしさ」は、ますますはっきりしてきた。
勇者の名は、マルク。
見た目は、どこにでもいそうな優男だ。
線は細く、背も、パーティの中では一番低い。
レンジャーのエリオが百七十センチほど。
マルクは、そこからさらに、少しだけ低い。
賢者のサミュエルは百八十センチほどの、すらりとした長身。
そして、戦士である俺は――二メートル近い。
文句なしに、ダントツででかい。
だが、だからといって、
マルクを優男だと侮っているわけじゃない。
剣の腕は、確かだ。
俺のように、力で押し切るタイプではない。
とにかく速い。
そして、正確だ。
無駄な動きが一切なく、
確実に急所を突いてくる。
正直に言えば、
俺があいつに、一太刀入れるのは、かなり難しいと思う。
ただし。
剣同士の、純粋な斬り合いであれば――
おそらく、最後に立っているのは、俺だ。
しかし、問題はそこじゃない。
マルクは、魔法も使う。
賢者サミュエルほどではないにせよ、
十分すぎるほどの腕前だ。
それを剣と織り交ぜて使われたら、
話は別になる。
そうなったら――
俺が勝つ見込みは、正直、ない。
……なるほど。
勇者に選ばれただけのことはある。
実力については、文句はない。
心から、認めている。
問題は――
その、性格だ。
王宮での初顔合わせのとき、
マルクは、こんなことを言った。
「お前たちは、仲間として心強く思う。どうぞ、よろしく頼む。
だが、俺は馴れ合いを好まない。そこは、理解してほしい」
その言葉の意味は、
一緒に旅をするようになってから、嫌というほど分かった。
一言で言えば――
潔癖症だ。
人とのスキンシップは、極力避ける。
宿では、必ず一人部屋を取る。
体は、毎日清めないと気が済まない。
正直、
非常に、面倒くさい。
しかも、だ。
マルクは、端正な顔立ちをしている。
実に、女にモテる。
街や村を訪れると、
勇者パーティである俺たちは、たいてい町娘に囲まれる。
距離の近い娘たちに、
俺やサミュエルやエリオは、そろって鼻の下を伸ばす。
何せ、俺たちは全員、血気盛んな年頃だ。
女は、もちろん大歓迎である。
とりわけ、マルクは人気が高い。
いつも、真っ先に、そして一番多くの娘たちに囲まれる。
……だが。
あいつは、鼻の下を伸ばすどころか、
心底困ったような顔をする。
女ですら、近づけないとは。
本当に、潔癖にもほどがある。
あるいは――
ただの、むっつりなのか。
そういえば――
王宮にいたとき、王女様が、マルクに声をかけていた。
王女様は、可憐で、美しいお方だ。
立ち居振る舞いも、言葉遣いも、まさに王族そのもの。
俺たちにとっては、
どう足掻いても届かない、高嶺の花である。
……だというのに。
どうやら、その王女様も、
マルクにご執心のようだった。
目を見れば、すぐに分かる。
あれは、ただの社交辞令じゃない。
まったく。
うらやましいかぎりだし――
正直、少し、腹も立つ。
なんで、よりにもよって、あいつなんだ。
王女様に、そっと教えてやりたくなる。
「――王女様。
――勇者は、少し変ですよ。
いや、少しじゃない。
かなりだ。
というか、
正直に言えば、変態ですよ。
……やめておいたほうが、いいと思いますよ。」
と。
もっとも。
マルクが俺たちを嫌っているわけでも、避けているわけでもない。
普段は、普通に話し、
普通に笑い、
普通に、仲間として接してくる。
だから今のところ、
大きな問題にはしていない。
◇
あるとき、
『霧湯の里』から、クエストの依頼が舞い込んできた。
俺たち勇者パーティの最終目的は、もちろん魔王討伐だ。
だが、旅の途中で困っている人々を助けるのも、
勇者に課せられた、大切な使命のひとつである。
『霧湯の里』は、
絶景の温泉で有名な観光地だ。
山あいに立ちこめる霧。
その合間から見える渓谷と空の景色が売りで、
一度は訪れてみたい場所として知られている。
だが最近、その村へ続く街道に、
大狼の群れが出没するようになったらしい。
旅人や商人を襲い、
村への往来が途絶えつつあるという。
討伐してほしい――
それが、今回の依頼内容だった。
俺たちは現地へ向かい、
大狼の群れと相対した。
数は多く、
一匹一匹も、かなりの手練れだった。
正直、てこずった。
だが、最終的には――
なんとか、全て討ち果たすことができた。
問題は、そのあとだ。
返り血。
汗。
泥。
俺たちは、全身がひどい有様になっていた。
せっかく、『霧湯の里』まで来たのだ。
村人の厚意もあり、
温泉に入っていくことになった。
先に述べたように、
この村の温泉は、
露天風呂からの雄大な景色が売りだ。
霧の向こうに広がる山々。
湯けむりの中で、疲れを癒す――
想像するだけで、悪くない。
サミュエルも、エリオも、乗り気だった。
だが。
マルクは――
違った。
「人と一緒の湯船に浸かるなど、考えられない」
きっぱりと、そう言い切る。
そして、
温泉には入らず、
一人部屋に戻って、身を清めると言い出した。
……おいおい。
ここまで、潔癖だとは。
さすがに、
呆れて、
何も言えなかった。
俺は湯けむりの向こうを見やりながら、
心の中で、あらためて思う。
――やっぱり、
勇者マルクは、
どこか、おかしい。
◇
その夜、
俺たちは『霧湯の里』に泊まった。
討伐の成功もあって、
宿では遅くまで、飲み明かした。
他の宿泊客も交じり、
大いに盛り上がる。
マルクも、酒は普通に飲む。
――いや、むしろ、酒豪だ。
俺も大概だが、
正直、マルクには敵わない。
夜更けまで騒ぎ、
気がつけば、俺たちは、ばたんきゅーだった。
ふと、目が覚めた。
静まり返った宿の中で、
隣の部屋から、ドアの開閉音が聞こえた気がする。
……明け方だろうか。
外は薄っすらと明るくなり始めている。
隣は――
マルクの部屋だ。
虫の知らせ、というやつだろうか。
なぜか、妙に気になった。
俺は、そっと部屋のドアを開け、
廊下に顔を出した。
廊下の先で、
誰かが、角を曲がったところだった。
その先は――
露天風呂へ向かう通路だ。
……マルクか?
この時間なら、
露天風呂には、まだ誰もいないだろう。
なるほど。
一人で、朝風呂を楽しむつもりか。
そう思うと、
俺も、急に朝風呂に入りたくなった。
二人きりなら、
もしかしたら、マルクも大丈夫かもしれない。
そんな軽い気持ちで、
俺も、露天風呂へ向かった。
脱衣所に着く。
ちょうどそのとき、
誰かが、脱衣所から露天風呂の入り口をくぐろうとしていた。
後ろ姿が、一瞬だけ、目に入る。
顔は見えない。
だが――あの髪型。
マルクに、間違いない。
声をかけようとした、その瞬間。
俺は、
ある異変に、気づいてしまった。
……おい。
思わず、
息が止まる。
俺は、あわてて、顔を引っ込めた。
マルクに気づかれないように。
物音を立てないように。
そっと、
脱衣所を後にする。
心臓が、
ばくばくと、嫌な音を立てていた。
マルクの後ろ姿。
全体に、――丸みを帯びた、その輪郭。
――あれは。
女だ。




