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死神に春が降る  作者: 永ノ月
2章 自由を探す旅
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一歩目は静かに

 王都郊外にある小さな田舎町ワーフラッドは王都にもっとも近い農村として、商人や旅人の往来で賑わう。


 朝焼けの兆しとともに雨は去り、徐々に人の影が家から出て来つつある。

 霧がかった町並みをラトスは一人で歩いていた。


 やるべきことは二つ。まずは昨日王都で起きた事件がどこまで広まっているかを調べる。

 仮にもう情報が出回り多くの衛兵が捜索していた場合、二人では逃げきれない。


「エリーゼ様の予想どおりか」


 ぼろ小屋に残っている王女エリーゼはまだ多くの人を捜索に回していないだろうと推測していた。

 案の定、見渡す限り衛兵らしき影は映らない。

 民家のポストに投函された新聞を抜いてすみやかに目を通す。


『エリーゼ第二王女 処刑場から逃走』


 これも彼女の予想通り。内容は『衛兵が追跡の後その場で死亡を確認した』という旨の記事だった。

こうも正確に予想した彼女は見事というほかない。だが王政のこの動きにラトスはまだ納得できていない。


もし本当に見つけ出したいのなら、国民にも協力を仰ぐ方が遥かに効率はいいはず。これは小屋に帰って改めて訊いてみよう。やるべきことはもう一つ残っているのだから。


ラトスは未だ開く気配のない雑貨屋の扉を叩く……返事はない。


「すみません。どなたかいらっしゃいますか」


 もう一度扉をノックしようと構えた瞬間、中から如何にも寝起きといった様子の男

が睨んでいる。

「まだ開店時間じゃねえよ。帰んな」


「今すぐ必要なものがあるんです。髪の染料と、それと女性用の服を……一着」


 男はまじまじとラトスの立ち姿を見る。

 黒と赤でまとめられた背広に、腰には剣を携えている。そんな物騒な人間が早朝に染料と服をすぐに欲しいという。客観的に見てもいい客とはいえない。


「だから、開店時間になってから来てくれねえか」


「お金ならあります。言い値でとはいえませんが、相応の金額で支払います」


 飄々とした顔色のまま。しかし言動から事を急いているのは誰でもわかる。

 話に応じる気配は薄い。視線は逸らさないまま右手を腰に携えた剣へと伸ばす。


──時間はない。最初からこうしていればもっと簡単だったのだが。


 身構えるラトスを前に男は呆れを存分に濃縮した溜め息を零し、店の中へと踵を返す。


「はぁ……もし誰かに聞かれても、庇ってやんねえからな」


「構いません。ご厚意に感謝します」


 舌打ち混じりに男はクリーム色の染料と、簡素な女性用の服を押しつけるように渡される。

ポケットに偶然入っていた全財産を握らせ、ラトスは帰路へと着いた。


 日が昇るよりも先に支度を済ませなければならない。急いで小屋まで戻ると、視界の下からこちらへ飛び込んでくる影を捉える。


 身を翻そうとした刹那、それが敵ではないことを視認して相手の肩を抑えるに留めた。


「……エリーゼ様、これは?」


「ごめんなさい。決してラトスを疑ったわけではないの。それでもひとりになった途端、この小屋はあまりにも静かすぎて。もし、もしもこのままひとりだったらと考えていたら……」


 艶やかな瞳は僅かに潤んでいる。終始気丈に振舞っていたものの、まだ十五歳の少女であることに変わりはない。

 ひと回り小さな頭を撫でようと手を出したところで、目に映るものに違和感を覚える。


「その髪は?」


 鮮やかな深紅の髪はエリーゼの全身を覆うほど長かった。それがいつの間にか、鎖骨に触れる程度まで短くなっている。

 切り口も乱雑で、上品とは程遠い。


「これね。ラトスが置いていったローブに小さなナイフが入っていたの。どうせ姿を変えるのなら切ってもいいでしょう」


 判断は正しい。そのために染料と服を買ってきたのだから。

 ラトスたちの逃亡計画を始める最初の工程。それが変装である。


顔姿の割れていない死神の代行者はさておき、第二王女の煌びやかな姿はすでに大衆の目に晒されてしまった。

これでは隠れようにも人の目がある場所では難しくなってしまう。だからこそ今できる最低限の変装が必要だと判断した。

 しかし……大切であろう長髪をあっさりと切ってしまうのは予想外だった。


「仕上げは俺がしましょう。座ってください」


「あら。散髪もできるの?」


「独学ですが。理髪店の空気はあまり得意ではなかったので」


 本当はあまり人と関わりたくなかったからだが、それとなくはぐらかす。

 彼女の覚悟の一端を目撃し、ここから本当の逃亡が始まるのだとラトスは一層気を引き締めた。

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