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死神に春が降る  作者: 永ノ月
1章 死神の名
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与えられた役目

 昼時にもなると王城前広場に繋がる通りも人の往来が増え、慌ただしく交錯している。

 行きつけの喫茶店に入る。この店が自ら栽培している茶葉で淹れた紅茶は、食に疎いラトスでも足しげく通うほどである。


「日替わりトーストとスープ。それと紅茶を」


 食事が来るまで、今日仕入れた分の新聞に目を通す。

 政治経済から外国の情勢まで、毎日くまなく読んでいる。

 今日の見出しは一段と大きく取り上げられており、決して避けられない話題であった。


『エリーゼ第二王女 国家反逆罪で明日処刑台へ』


 先月に決まってから今日に至るまで、一面はほぼその話題で持ちきりである。

 王族の処刑は約二百年ぶり。当時の国王は文字通り首を斬られる形となった。


 仕事で王城に出入りする機会があり、彼女の評判は嫌でも耳に入ってきた。


 ──手の施しようのないじゃじゃ馬姫。あの暴君の血を引いた正当な娘であると。


 三兄妹の末娘。歳は十五になったばかりだという。

 世論は擁護派と断罪派に分かれ日々討論を繰り返している。

 後者の方がやや多いのは、それだけ国家反逆という罪の重さが表れている。


 王族は滅多に顔を出さないゆえ、一目見たいと集まる民は多いだろう。

 ラトスが今日休日となったのも、この一大事件が関係している。


「あまり抵抗してくれなければいいが」


 誰に聞こえるでもなく、新聞で顔を隠して呟く。


「おうおう。こんな時間から王都でお食事とは、随分優雅なお役人様だ」


 背後から聞こえた声に振り返る。

 その声には聞き覚えがあり、主を判別するなり思わず溜め息が漏れた。


 くすんだ紫色の髪と同色の瞳。

 人柄を表す顔には無数の傷跡が刻まれており、一目見るだけで好青年という印象はあっという間に消える。


 くたびれた汚れのある服のまま、男はラトスの対面にある椅子にどかっと腰かける。


「顔の傷が増えたな。ゼタ」


「そこは久しぶりとか、元気だったかっていうところだろ? 親友」


「お前と友人になった記憶はない」


「まあ固いこというなよ。同じ学校に通った仲じゃねえか」


 ラトスとゼタはロスィカ王国立陸軍学校の同期である。

 事実であることに変わりはなく、ラトスもまた否定はできない。


 解せないところは、彼がおおよそラトスの仕事について知っていることである。


「それでどうだよ、公衆の面前で人をぶっ殺す仕事ってのは。さぞ気持ちいいだろうな」


「公共の場で口にするな。最悪の場合お前を拘留することになる」


「相変わらず融通の効かない役人様だ。その点冒険者はいいぜ、どこで何をしようと自由。やりたい時にやりたいだけ仕事をすればいい。誰にも縛られない素晴らしい仕事だ」


「お前のような殺し屋まがいの賞金稼ぎと比べるな」


 ゼタはこの国でもっとも有名な軍人一家に生まれた。

 将来ロスィカ陸軍の重役になると学生時代から期待されていたらしい。


 だが幼少の頃からどうも倫理を欠く言動が目立ち、あらゆる方面から煙たがられ、ついには実家から追放されてしまった。


 話だけ訊けば多少の同情も抱きそうなものだが、当の本人はこの不誠実さである。


 学生時代のラトスはひとりでいることが多かった。唯一突っかかってきたのが他でもないゼタだった。


 なにかとケンカをふっかけられたが悉く無視していたはず。いったい何が彼を刺激したのか……

 結局ラトスが家の都合で中退するまで絡まれ続けていた。


「そう邪険にすんなよ。オレはオマエの晴れ舞台を見に、わざわざこのクソッタレな国に帰ってきたんだぜ」


 ゼタが言っているのは、間違いなく明日の処刑のことだろう。


 世界各国を渡り歩く冒険者は風よりも早く噂を流すというが、あながち誇張でもないらしい。


「真面目な話よ、ラトスにとってこの国は住みやすいかもしれねえ。だがそれはお前が貴族同然の待遇を受けていられるからだ。王都はまだマシだ、さらに外を見てみろ。ここ十年で貧民街はどんどん拡大する一方。上がり続ける国民税を払うので精いっぱい。オマエはそんな生活したことないだろ」


 図書館で出会った親子を思い出す。

 彼らは一定の国民税を払えていないばかりに本を借りることすらできない、いわゆる貧民なのだろう。


 ゼタの指摘も的を射ている。納得せざるを得ない。


「ロスィカだけが不況というわけでもない。上手く手綱を握っている国の方が珍しいだろう」


「どうだかな。ところでオマエ、魔術って知ってるか?」


「人でも魔法使いでもない、怪しい連中のまじない程度としか」


 ラトスは至って世間に近い答えを出したつもりだった。


 しかしそれが面白く聞こえたらしい。また目立つような大きな笑い声を上げ、ラトスの怪訝そうな表情を指差す。


「何がおかしい」


 ひとしきり笑った後、まだ堪えきれない様子で語る。


「かつてあった魔法文明とは違う、人の手によって構築と開発が進んでいる、工業や医療にも応用が利く次世代技術だが……もしこの国の上層までその認識だとしたら、相当置いていかれてるぜ」


 情報の遅れ、というのはいくらか心当たりがあった。


 国民にもっとも人気のある情報誌は国内の不祥事や政治批判の記事が押し上げられるばかり。

 申し訳程度の国外情勢は蔑ろにされているとしかいえない。


「伝統を守る由緒正しき国といえば聞こえはいいが、新しきを拒む古臭い国ともいえる。どうにもならないほど腐り落ちるまで、我らが王族貴族様たちは気づかないだろうな」


「国家反逆罪は即極刑だ。もし国を変えたいのであれば、積極的な政治参加と正当なデモ活動を根気強く行うことが最適かと」


「夢も希望もねえ野郎だな。でもそういうオマエが好きだったぜ。今も変わってなくて安心したぜ……だが、忠実な犬ほど扱いやすく切り捨てやすいもんだ。せいぜい気をつけろよ」


 ラトスの肩を軽く叩き、ゼタは喫茶店から出て行く。


 言いたいことだけ言ってさっさと帰る。

 彼らしいといえばらしいが、そういうところが気に食わないから関わりたくない。


 丸一日過ごした夜のようにどっと疲れが全身を襲う。

 ──話している間、彼はずっと腰に携えた長柄の剣に手を置いていた。


 あの戦闘狂のことだ。たとえ真昼の大通りでも平気で斬りかかってくる。

 彼の前での油断はたとえ一縷でも命取りになる。

 十年以上付き合ってきた故によくわかっている。


「……この国は腐っている、か」


 不信が続く王政とその末娘の処刑。これになにか関係があるのだろうか。


 あるとしたら明日なにかが動く。

 ラトスはどう向き合うのかと考えようとしたが、それは愚問であるとすぐに一蹴する。


 たとえどんなことが起ころうと、ただ罪人の首を斬ることがラトスの仕事。

 それ以上も以下も求められてはいない。


 エリーゼ・フィル・ロスィカ。貴殿は最期の日、どんな顔をする?

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