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死神に春が降る  作者: 永ノ月
終章 冬を越えて
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 王城の中は皆が思っているより静寂に包まれている。

 建物の大きさに対して人が多くない。住んでいるのは王家の血を引く人間と彼らの世話をする使用人のみ。


 昼間に政治関係の貴族や議員が出入りするだけに夜は一段と静けさが増し、十歳にも満たない少女に大きな不安を生じさせる。

 枕を片手に、姉の部屋の扉を叩く。


「おねえちゃん、まだおきてる?」


 問いかけとほぼ同時に扉が開く。

 容姿はそっくり、背丈も同じくらいだが歳に見合わない困った笑顔を浮かべている。


「まだ部屋を分けるには早かったのかな。エリ」


「ち、違うもん! だって、ひとりで寝るのはつまんないから……」


「はいはい。ほらおいで」


 エリーゼとの歳は三つしか離れていない。けれど歳不相応な生真面目さを持つ、あまり子どもらしくない子ども。

 それが実の姉にして第一王女シャルル・ハイネ・ロスィカ。


 勉学、芸術、剣術に至るまですべてに才能の片鱗をみせる、まさに完璧な王女。

 そんな姉を尊敬するとともに、比較し哀れみを向けてくる大人がエリーゼは嫌いだった。

 シャルルに手を引かれ、子どもには大きすぎるベッドに二人で横になる。


「ねえエリ。また先生を困らせたって聞いたのだけれど。本当?」


「……だって、商業ってよくわかんないんだもん」


「商業はすべての基本よ。それさえ学んでおけばいろんな仕事ができるし、どんな国でも生きていけるわ」


 シャルルはなおも不服そうな妹の手を握る。彼女の困った話は当然届いていた。


 算術の家庭教師を追い返した。

 読書の邪魔をした使用人を罵倒した。

 乳母が彼女の髪に櫛を通したところ、絡まって大層怒った、など多岐に渡る。


 故にエリーゼの世話係は当番制となり、多くの使用人を辞めさせる大きな要因となった。

 彼女が自発的に大人しくするのは、実の母が帰ってきた時とシャルルの前だけだった。


「あまり使用人たちを困らせてはいけないわよ。エリだって、いいことではないとわかっているのでしょう」


「だって、みんなウソをいうんだもん。いい子にしててもおかあさんは帰ってこないんだもん」


 エリーゼが母親を求めるたび、気まずそうに唇を噛み締める。

 シャルルは知っていた。母は国王となる父と婚姻して子を産んだ途端、国にはほとんど帰らず海外旅行を繰り返し、贅沢の限りを尽くしていると。


 幼い少女たちには「外交のお仕事があるから」とごまかしていたが、シャルルには通用していなかった。

 母は子どもたちになんら興味を示していない。父もまた、公務が忙しいからとかこつけて関わろうともしない。


 エリーゼが誰よりも両親を求め愛しているというのに、彼らはそれに応えようともしない。

 兄もまた見習うべき父の背中を追いかけ、妹たちには目もくれない。

 だからこそ誰よりも妹を気にかけ優しく接している。


「じゃあ、今日は特別に読み聞かせをしてあげるわ。何がいいかしら」


 シャルルの提案を聞くなり、むくれていたエリーゼはぱあっと表情を明るくし、本棚に向かって走りだす。


「これがいい!」


「また『カレイド・スカーベの冒険』? エリは本当に冒険物語が好きね」


「うん! それでね、私もいっぱい外国にいって、おかあさんといっしょに冒険するんだ。おねえちゃんも来ていいよ」


 無邪気に、快活に語るエリーゼを見つめ、シャルルは同時に心を痛める。


 母はきっと、そんなことを求めてはいない。


「私はきっと行けないわ。国のお仕事がたくさんありますもの。兄様のお手伝いもしなければ」


「ケチ!」


「ごめんなさい。でもそうね。いつかエリが、一緒に冒険をしたいと思えるような人が現れたら、あるいは」


 口にしてみたものの、それは無理なことだと知っている。

 エリーゼが王位を継ぐことはまずないだろう。

 けれど彼女もまた王族の血を引いている。間違っても本に描かれるような冒険家にはなれない。


 だがシャルルはどこかで期待していた。好きなことには好奇心旺盛で、活力に満ち溢れた彼女であれば、いつか本当に──


「じゃあ、明日からはもっと商業の授業を頑張らないとね」


「うっ……がんばります」


 言葉とは裏腹に心底嫌そうな顔をする。わかりやすすぎる彼女の仕草にシャルルはつい笑みが零れる。


「さて、この前はどこまで読んだかしら」


 エリーゼお気に入りの分厚い小説を開き、ベッドで二人肩を寄せ合って文字を追いかけ始めた。

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