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死神に春が降る  作者: 永ノ月
5章 護られたもの
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契約

 協会を出てひたすらに郊外へ向けて歩んだ。やがて住宅も店もないような森林地帯に差し掛かる。


 街の喧騒が遠ざかっていき、大通りを外れて木々の中を進んでいくと、ぽつんと一件の家屋が佇んでいる。

 一階建ての平たい構造ながらも庭を含めて敷地はなかなか広い。

 何故こんなところに家を。複雑な表情を読んでか、ルミカは先んじて言う。


「ここはアタシの本拠地であり魔術工房。媒介が人様には見せられないものだからね。こうして離れでやるしかないのさ」


 発色のいい芝が並ぶ庭の中央。日除けパラソルが設置されたテーブルに座るよう促され、そのまま座る。


「ふっ、クク……ダメだ。まだ思い出し笑いができるぞ」


 ポーカー対決。結果はラトスの圧勝だった。


 賭け事において重要なのは真偽の判断と動揺を相手に見せないこと。

 ラトスの表情はどんな状況でもまったく動かず、逆に嘘を吐く人間の変化には恐ろしく鋭い。


 彼らはラトスと同じテーブルに着いた時点で敗北はほぼ決まっていた。

 これもルミカの策略なのかと思うと、彼女の狡猾さがより際立つ。


「今日はいい資金調達ができた。さすがは我が助手だ」


「俺は普通にやっていただけなのですが」


「でも楽しかっただろう?」


 それは、と言い淀む。

 心から楽しめていたかと言われればそうではない。ふとした瞬間に現実が襲ってきた。

 けれど、あの遊戯が楽しくなかったかと問われればそうともいえない。


「もし君がよければ、また招待しようか」


「お金を賭けるのはよくないと思います……エリーゼは特に、こういった遊びは弱そうですから」


 勝算もないのにとりあえず挑み、真実も嘘も顔に出てどんどん騙される。そうやって涙目になる彼女が瞼の裏に浮かぶ。

 ルミカはわざとらしく大きな溜め息を吐き、立ち上がる。


「紅茶を淹れてこよう。うちの自家製なんだ、気に入るといいんだが」


「不要です。貴女には先に話していただきたいことがいくつかあります」


 離れようとするルミカを引き止める。

 彼女は話していないことが多すぎる。今日の行動の意図もすべてがわからない。


 そしてなにより。


「そろそろエリーゼの無事を確認したいのですが」


「……まだ治療中だといっただろう。もう少し待ちたまえ」


「この目で見ることすら難しい、といわれれば当然疑う心も生まれます」


 ラトスの声色は冷え切っている。鋭く刺すような視線を受け流し、ルミカは再び席に着いた。


「わかったよ。その件も含めて、本題に入らせていただこう。ラトス・オーメルン、正式に私の助手になる気はないかい?」


 そう誘われるのは二度目。しかし薄桃色の瞳は真剣そのものに映る。

 ラトスには端から引き受ける気もない。毅然とした態度で返す。


「俺には魔術などわかりません」


「それについては不問だよ。必要なのは死体の調達と加工ができる人手。君ほど死体に慣れている人間もそういない」


 それにね、とルミカは付け加える。


「今日君に協会を訪れてもらったのは、別の生活があるのだと知ってもらうためさ。同じ志を持つ者との交流は楽しいだろう」


 だからわざわざ賭け事のような遊びの場に誘ったのか。だがその程度でラトスの意志は揺らがない。


「俺はエリーゼと約束をしました。彼女の望む自由を手に入れられるまで、共にいると」


「アタシなら君より安全にリスタルシアまで連れていくことができる、といったら?」


 嘘、だと思いたい。

 けれど与えられた条件はラトスの求めるものに違いない。

 返す言葉もなく、ただ続きを促す。


「来月リスタルシアで記念すべき《第一回魔術協議会》という催しが開かれる。

 どこよりも早く魔法を捨てた人間主義の彼らがついに魔術に興味を示した。

 そこで現状もっとも造詣が深いであろうダリアも招待された。

 それぞれの派閥から代表を募っているものの、皆くだらない発表会に興味はなく、誰も行きたがっていないんだ」


「目的がどうであれ、逃亡目的の人間が国境警備を掻い潜れるとは思えません。万が一そこに北方の連合軍がいたら」


「バークス鉄道を利用する」


「……リスタルシアの保有している、北西を繋ぐ唯一の交通機関、ですか」


 無謀に聞こえた彼女の提案に信憑性が生まれた。

 というのも、バークス鉄道は現状各国の貿易商や要人ほどでないと乗れない厳重な審査が必要となるため、選択肢にすら勘定していなかった。


 車内及び線路周辺の安全はリスタルシア帝国が全面的に保証している。

 すなわち、鉄道周りで問題を起こせば帝国への攻撃と捉えられる。


 鉄道開通は帝国による深刻な侵略行為であると当時の北方連合国は批判していたが、流通面で多大な利益を得られたことで事態は沈黙していった。


「千年以上の歴史を持つダリアの魔術は外国にとって先見の明。知識は時に金よりも貴重な資源となる。そんなアタシの『所有物』を突きまわすような輩など、いると思うか」


「エリーゼをもの扱いするのか」


「魔術で動く人形、とでもごまかしておけば納得するだろうさ」


 ダリアに向かう時は死体のフリ。そして今度は人形のフリ。つくづく肩身の狭い移動を強いられるが、成功する可能性は格段に高い。


 リスタルシアに入国さえしてしまえば、執拗に追い回す者はいなくなる。すなわち護り手も不要となる。


「つまり、エリーゼを護るという俺の仕事は終わった、といいたいのですか」


「そうだよ。随分不服そうだが、なにか腑に落ちないことでもあるのかな」


 合理的であると認めざるを得ない。今までの行き当たりばったりな計画に比べればずっと理に適っている。


 彼女の言い分は正しいはずなのに、どこか納得しきれない自分がいる。

 この気持ちの正体はなんだ──俯くラトスの顎に指が触れ、持ち上げられる。


「ラトス。君のそれは明らかな依存だよ。今日の君を観察していて確信した。お姫様を護りたい、願いを叶えたいというのは、傍にいるための体のいい都合づくりに過ぎない」


『依存』


 その単語をぶつけられてようやく、これまでの未知の感情に説明がついた。

 逃亡を計画したのも、それを命懸けで成し遂げたのも。そして今日感じていた孤独感も。

 もしも彼女がいなくなったのなら、今の俺に生きる意味はない。


 エリーゼに依存していた。恥ずかしくも認めざるをえないこの気持ちすらルミカに利用されている。これほど屈辱的なことはない。


「落ち着いて、論理的な思考でよく考えてみたまえ。本当にお姫様を幸せにしたいのなら、どうすればいいと思う?」

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