魔術師の世界
ジェイコブは商会で用があると別れ、ルミカの歩むままにオルハットを横断する。
その最中、ルミカは調子よさそうに口を回す。
「ダリアの魔術師も決して一枚岩ではない。派閥があって、その中でも家同士の力関係が……って言ってもつまらないよね。とにかくここがアタシたちモノクローム家の所属する魔術師協会だよ」
開放的な街の風景とは打って変わって、深く入り組んだ路地の間に建つ協会は、派手でこそないがその大きさもあって十分な存在感を放っている。
入口には顔隠しの布を被った門番らしき男が立ち、こちらを一瞥する。
「ルミカ・モノクロームだ。通してもらうよ」
「そちらの方は登録にございません。部外者は立ち入りの一切を禁止しております」
「アタシの助手希望だ。まだそうでないとしても、彼には判断材料として多くを見てほしい。無知は罪である。界隈では絶対の言葉だろう」
不服そうな態度を隠さず、男は入口を開ける。
「本当に入ってよかったのでしょうか?」
「あまり自発的に喋らない方がいい。アタシのいわんとしていることはこれから起こることを見ていればわかるさ」
堂々と歩くルミカの後ろにつき、ラトスは周囲を見渡す。
すれ違う人たちは皆魔術師だろうか。ルミカと似たような意匠のローブを纏う人ばかり。
赤や黒といった違いはあれど、これがこの派閥の制服なのだろう。見慣れない風景に目が泳ぎそうになる。
「これから少しばかり挨拶回りをする。アタシがこの協会でどれだけ崇高な存在か、その目で確かめたまえ」
管理棟、と呼ばれる場所に足を踏み入れる。まずは様子を見るべく彼女の会話を静観していようと思ったのだが。
「引っ込め変質者」
「また異端審問にかけられたのか? これ以上ローゼンの名を落とさないでくれ」
「妹の功績を横取りする泥棒が。いつからお前はそんなに偉くなったんだ」
「おい! 俺の実験室に悪霊住ませたのお前だろ! 陰湿な真似はやめてくれ!」
出会う人々は、示し合わせたかのようにルミカを罵倒してから会話を始めた。
今のところ崇高の欠片も感じられない。なのに何故こうも彼女は涼しげなのだろう。
「ここまで嫌われる人間というのも珍しいと思います」
管理棟を離れて敷地の中央にあたる中庭。建物に囲まれながらも温かな陽光に照らされ、小さなローブをはためかせる子どもや、談笑する老人などさまざまな人が穏やかな時間を過ごしている。
ルミカもまたベンチに腰かけ、ラトスはその後ろに立つ。
「まあまあ。アタシたちモノクローム家の魔術は少し特殊でね。ちゃんと論文を読まない不勉強な者には誤解されやすいのだよ」
「死霊魔術、でしたか」
ルミカが取り出したのはてのひらサイズの小瓶。そこには微弱ながらも、確かに気配がある。
「魔術の多くは錬金術に通じていて……いわば一を別の一に組み替える技だ。相性の悪い鉄はさておき、ある者は宝石を媒介とした占いを。またある者は植物を媒介とした薬の開発を。そしてアタシのご先祖様は死霊や屍を選んだ」
「死体でなにができるのですか」
「不老不死になれる」
ラトスは押し黙る。
あまりに飛躍した答えで、どこから突っ込めばいいのかわからない。
背後の困惑などいざ知らずルミカは続ける。
「人間は魂と肉体を以て生きている。
肉体はどう足掻いても風化する。それは自然の摂理であり世界の法則。
これを書き換えようなんてそれこそ魔法の御業。だからアタシのご先祖様は考えた、同じ魂を何度も新しい肉体に移し替えれば、それは死といわないのではないか、ってね」
「……記憶や人格が魂に刻まれている、ということですか」
「それは死霊になった時の保存状態に依存するが、まあ有体にいえばそうだ。そうして魂が定義化され、次は完全なる器、肉体作りに移るわけだが……ここで思わぬ副産物を手に入れた。それこそが、今絶賛お姫様に施している疑似蘇生だ」
小瓶を開けると中から煙が噴き出した──ように見えたが、空気中を漂うそれは離散せず、風の流れにも沿わずゆらゆらと揺れている。
やがて軋むような不気味な笑い声が耳を差し、眉間にしわが寄る。
「手足指から臓器に至るまで、痛んだり取れてしまったりしたものを魔力で繋いで縫合する。相性にもよるが人工のものでも可能。条件さえ整えば生命そのものの蘇生だって理論上可能といえる」
「そのような技術が普及すれば医者よりも命を救えそうですね」
「そう簡単にいかないものさ。名前の通りこれは死に近い魔術。魔術を扱うための技量はもちろん、精神的な才能も必要でね」
精神的? 問い返すと、ルミカは視線だけこちらに向けてくる。
「そう。死を恐れない度胸、もしくは殺すことに抵抗を覚えない心、とか」
脳裏に浮かぶのは一人の男。元より倫理などなく、誰がどう傷つこうが気にも留めない、しつこくて最悪な軍人崩れ。
そして次に浮かんだのは、自分自身。
「ねえ。やっぱりアタシたち似ていると思わない?」
家に縛られている。死という概念に近い仕事。境遇までは知らないが、確かに似ているのかもしれない。
けれど肯定するのはどうにも憚られた。
もはやオーメルンの名を語れない今のラトスには心から似ているとはいえなかった。
「表面上は、そうかもしれませんね」
「つれないなぁ。まあそういうわけで、成果を出しているにもかかわらず悪趣味だの非道徳だのといわれるのがモノクローム家の業なんだ。とっくに慣れてしまったけれどね」
飄々と語り、小瓶に死霊を戻す彼女の横顔は笑っていながらもどこか寂しそうに映る。
少しだけルミカ・モノクロームの底を見た気がした。
彼女はかつてのラトスのように、家を憎んでいるのだろうか。
「さて、お偉いさんたちへの挨拶は済んだし、今度は楽しいところに行こう」
見るからに足取りが軽くなったルミカが向かったのは実験棟と呼ばれている場所。
いくつか名前のついた部屋があり、その一つをルミカは勢いよく開ける。
「諸君。今日も元気にやっているかね」
手狭な部屋にもかかわらず、すでに数人の男女がテーブルを囲んでいる。
さきほどまでの嫌っていた人たちとは打って変わって、笑顔を向けてやってくる。
「来たなモノクローム。今日は勝たせねえぞ」
「ねえ、そっちのイケメンくんは誰?」
わらわらと人が寄ってくる。特に女性は興味津々にラトスの方へと詰め寄り、反射的に後ずさる。
「こちらはロスィカから観光にいらしたラトスという。アタシの友人だ」
「友人ではありません。俺は……助手、のようなものらしいです」
不服ながらも偽りの身分を明かすと、その場の誰もが目を点にし、ますます詰めてくる。
「残念。これの助手じゃ人間としてまともじゃないね」
「モノクロームに助手? いったいどんな弱みを握られたんだ」
「ルミカ。やはりここでも人望はないですね」
うるさい、とルミカが一蹴し、テーブルの開いていた席に腰かける。
なじられてはいるものの、彼らには敵意を一切感じない。友人関係であることは明白。
というよりも、ここにいる人たちは彼女に負けず劣らずの変人なのだろう。
「皆さんも魔術師なのですか」
「そうだよ。皆学院時代の同期だ。そしてここは互いの実験を共有し切磋琢磨をするための素晴らしい場なのだ」
テーブルの上に並べられているのは一式のトランプとチップ。一般的な賭博に用いられるものしかない。
もはや嘘だと言及するのも面倒で、代わりに肩を竦めてみせる。
「仮にも協会という場でこのようなことをしていいのですか」
「実験の共有といっただろう。その間に手を動かしていようがいなかろうが目的は変わらないのだ」
「そういうわけです。さあラトスくんも座って」
「いえ、俺は……」
賭博は怠惰を誘発する。のめり込んだばかりにラトスの手にかけられた人間は数知れず。
故にラトスは毛嫌いし学ぶ気もなかったのだが、まさかこんなところで挑戦する羽目になるとは予想もしていなかった。
「ポーカーは知ってるかい?」
「……賭博などの経験は皆無です。最初からの説明を求めます」
「簡単だよ。五枚カードを引いてより綺麗に並んでいる人が勝ち」
そういって山の上から引いたカードを並べてみせる。
マークも数字もバラバラ。周りの反応を見てもあまりいい手札ではなさそうだった。
その五枚をラトスに握らせ、ルミカは指で口角を吊り上げてみせる。
「大切なのは、自分の手札が強かろうが弱かろうが、相手に悟らせないことだ。逆に相手のはったりを見破れば?」
「有利になる」
「そう。つまり君の得意科目だね」
ポンと肩を叩く。かと思えばルミカはそそくさと扉の方へと歩み去ろうとしている。
わざとらしい笑みを浮かべ「幸運を祈る」とでも言いたげだった。
「待ってください。まだやるとは言っていません」
ラトスの返事など端から聞く気はないようだった。背を向けて手を振り、そのまま去っていくルミカ。
残されたのは娯楽に飢えた魔術師たち。
鈍い色に輝く彼らの双眸から逃げ切れる算段を、ラトスは立てられなかった。




