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死神に春が降る  作者: 永ノ月
5章 護られたもの
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過ぎた時間

 モノクローム邸を出てすぐ、門の前には見知った顔があった。

 空をぼんやりと眺めて煙を吐き出す男は、ゆっくりとこちらに視線を落とす。


「旦那。もう動けるんですね」


「ジェイコブ……」


 ラトスの記憶の限りでは、おそらく助けに来てくれたのは彼だ。

 もしも彼が保身のために我知らずを通していれば、あのままエリーゼとともに息絶えていたかもしれない。


 自然と頭が下がり、同時に倒れる前の苦しさが想起される。


「あの時は本当にありがとうございました。この恩をどう返せばいいか、俺には測りきれません」


「あー……仕事は最後までやり通すべきかなあとか……あの時の旦那はどうも死に往く人の目をしていたというか。まあ、罪悪感、っすかね」


「こいつは薄情に見えて意外と優しいんだぞ。君も縁があるならこき使うといい」


 ばしばしと背中を叩くルミカ。煙を吸い込んでいたジェイコブは当然むせた。

 この距離感。人との交流が乏しいラトスでも、彼らが気の置けない関係であると察せられる。


「お二人は付き合いが長いのですか」


「そうだね。有体にいえば彼はアタシの下僕なのだよ」


 依頼主と運び屋とでは前者が優位であるのは歴然。

 しかしどんな仕事もそつなくこなし、面倒事を避けたがるジェイコブが一方的に使われる関係を築いている。


 ラトスたちを手伝う時だってルミカの一声で了承した。本当にそんな契約でもあるのだろうか。


「お嬢んとこ行くんすよね。俺も心配なんでついていきまさぁ」


「よし。まずはお勧めのランチといこうじゃないか」


 人間関係というものは思っているよりもさらに複雑かもしれない。

 真意はわからないまま、ラトスは二人の後を追ってダリアの街並みを歩む。


「ダリアは世界で有数の魔術先進国家だが、ここ学術都市オルハットはその象徴といえよう。そこらへんの大きな屋敷はほぼ魔術師の名家のものだよ」


 大通りを歩いていると、確かにそこかしこに大小さまざまな屋敷が点々としている。

 ロスィカ王都は建物が密集していただけに、ここは街全体の開放感を覚える。


 行き交う人々もロスィカと似たような髪色、肌色だというのに、この違いはやはり魔術なのだろうか。


「魔術というのは、誰にでも扱えるものなのでしょうか」


「結論からいえばほぼ才能で決まる。ダリア人だからといって、皆が皆魔術を扱えるわけじゃないよ。探してみれば、魔術師に向いているロスィカ人もいるかもね」


 なるほど、とラトスは納得する。

 ダリアの歴史について勉強こそしていたが、そこには魔術に関する記述は多くない。


 街にはそれほど魔術が用いられている様子もない。つまり魔術自体は政治に関与していないから、と推測できる。

 ひとつずつ先入観が剝がれていくのは、学ぶ上での楽しみの一つだ。


 だんだんと人の往来が増えていく先にはまたも大きな空間が広がっている。

 中央に配置された噴水は、狙ったかのように天高く水を噴き上げ、空中で優美に輝いている。


「あれはオルハットの名物、魔術で動く噴水装置だ」


「魔術で……誰かが交代で術をかけているのですか」


 またも的外れの質問だったのか、ルミカは調子良さそうに声を上げて笑う。


「違う違う。あれは装置自体に魔術を刻みつけて、半永久的に作動するよう施されたものなのさ。偉大なる原初の錬金術師、ホエル・リックガードの原案とされているよ」


「ほんと、なんでロスィカはこんな技術を忌み嫌ってたんすかねぇ」


「近年ではこのような発展を遂げていますが、数十年前までは怪しいまじない程度でしたから。エリーゼが元気になったら見せてあげたいです」


 きっと喜ぶに違いない。すごい、不思議だといって飛び跳ねる姿は想像に難くない。


 早く彼女に会いたいと思いを馳せる。が、辛気臭い心情を悟られジェイコブの手が肩に置かれる。


「姐さんが大丈夫だって言ってたんすよね。なら大丈夫でさぁ。旦那もずっと張り詰めてたんすから、少しは落ち着いてくださいよ」


「そう、ですね……」


「それに、旦那にだってやりたいことがあったから出てきたんすよね? 少しは喜んでもいいんじゃないっすか」


「いえ。俺はエリーゼを護り、願いを叶えるためにここまで来ました。現状それ以外の理由はありません」


 えっ、と間の抜けた返事をするジェイコブ。

 彼の困惑がどこから来ているのか真剣に探っているとそのまま頭を抱えてしまう。


「そっか。旦那はそういう人でした。俺には到底真似できませんね」 


「そうでしょうか。貴方も献身的にルミカを手伝っているように見えますが」


 それは、と答えに渋っている。

 常に薄暗い表情の彼だが、この瞬間ばかりは一層曇っているように映る。

 ロスィカでもみせたその色は、ここではないどこかを見ているかのようだった。

 その最中にもルミカは移動し「早く来たまえ」と手招きしている。


「はいはい行きましょう。つまんねえ話はまた暇な時にしましょう」


 場所は変わって商店街。噴水広間とは対称的に手狭な印象だが、出店や飲食店が立ち並び朗らかな雰囲気が漂っている。


 店先からは独特な葉の香りがして足を止める。表札を見るに茶葉を取り扱う店らしい。


「アタシの行きつけなんだ。紅茶の香りは徹夜の実験で疲れ切った心身に染みわたる」


「おっ、煙草も売ってる。俺買ってきます」


 ルミカたちが店内をうろつくのを眺め、ラトスは一番奥の席に座る。

 テーブルに置かれた新聞を手に取るなり、目を見開いた。


「十二月四日……二日も過ぎている」


 穏やかになりつつあったラトスの心に再び焦りが生まれる。

 一晩眠ったつもりが、世界は二日も時間が過ぎていた。

 果たしてロスィカは、エリーゼの追っ手はどうなった? 刹那にして疑問が膨れ上がっていった。

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