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死神に春が降る  作者: 永ノ月
5章 護られたもの
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ダリア王国

 初めての処刑は銀行を襲った泥棒だった。

 その次は通り魔殺人犯。次は元議員。それから先は……あまり覚えていない。


 何人もの魂を地の底へと還してきた。

 すべて法の下に悪だと定められた人間ばかり。


 ラトスは初めて死に向かう恐怖をその身で感じた。

彼らも同じ感情を処刑台の上で抱いていたのだろうか。

 何度も、何人も、あんな恐怖を与えていたのか。


『そうだよ。貴方は奪うのが得意だもの』


 目を向けずともわかる。背後に立っているのは、在りし日のラトスの姿。

 少女は冷たい声音で諭してくる。


「違う。俺は護れるようになりたい。もう奪いたくなどない」


 振り返る。そこにあったのは少女ではなく、鬱蒼とした森と舗装された道。

 真っ赤に染まった石畳の上にはエリーゼが倒れている。


「エリーゼ!」


 真っ赤に染まった彼女には右腕がない。

魂が抜けたような虚ろな目を向けられ、途端に激しい吐き気がラトスを襲う。


『嘘つき』


「……すみません。俺の力が足りないばかりに」


『護ってくれるって、言ったのに』


 これは夢だ。いつの間にかそう気づいていた。

 それでも、すべてが幻覚であるようには思えない。

 

腕の中にいるのはエリーゼではない。けれど、偽物だと捨て去ることもできない。

 故にその声はどこまでも響き、ラトスの全身に染み渡る。


『護れない貴方に、私の傍にいる資格はあるのかしら』


 ──


 ────悪夢から覚める。ほんの数秒だったような、何日も見ていたような。


 精巧に刻まれた赤黒い模様の天井。ぼうっと眺めていると、視界の端にもぞもぞと動く影が見え、重い頭を動かす。


 どうやらベッドで寝ていたらしい。見覚えのない薄暗い部屋、いるのは同じく見覚えのない小柄な女性。


 青みがかった髪をひとつに束ね、不安げに下がった目尻は恐怖を孕んでいる。

白いローブは大きすぎるのか裾を床に引きずっている。彼女は肩を震わせ、声にならない小さな悲鳴を上げる。

 壁にぶつかるまで後ずさると、なんとか聞き取れる囁き声で言う。


「ま、まだ起きちゃダメですよ……えと。傷が……」


 起き上がるべく身体を動かすと節々から鈍痛が主張してくる。しかし動けない程ではない。


「問題ありません。ところでここは」


 倒れる直前の記憶が呼び戻される。

 そうだ。自分よりももっと大きな傷を負った人がいた。

 その人の影は見当たらず、すぐさま問いかける。


「エリーゼは⁉ 一緒にいた女性は無事ですか⁉」


「えっ、えっと……あの」


 踏ん切りのつかない態度に焦って身を乗り出し、ベッドから落ちる。

 また鈍痛が響くもそんなことは気にならない。

 這ってでも近づき、相手の腕を掴む。


「や、やめてください……おち、落ち着いてください……」


 何が起こっている。ここはどこで、この女性は誰なんだ?

 エリーゼはどうなった。

 それだけは確認しなければ気が済まない。

 早く答えてくれ。


「落ち着け死神の君。恐れているような悲劇はないよ」

 

 どこか聞き覚えのある声が現れ、はっと我に返る。

 声の主は先の女性と同じく青髪と薄桃色の瞳。

 赤黒いローブを羽織る立ち姿は如何にも魔術師といった雰囲気を醸し出している。

 混濁する記憶の中、ようやく声の主に検討がついて答え合わせをする。


「ルミカ・モノクローム、で間違いないでしょうか」


「大正解。こうして会うのは初めてだね、死神の君。アタシのことはルミカでいい。リリイは戻っていいよ、ご苦労様」


 入れ替わるように元いた女性、リリイが逃げるように退出する。


「アタシの妹なんだ。魔術の腕はいいが極度の人見知りでね、君は治療を施していただけだよ」


 這いつくばるラトスに歩み寄ってくる。

 咄嗟に抵抗を試みるものの服装はいつものものではなく、簡素な白の装い。当然胸ポケットにナイフなどない。


 起き上がるにも鈍痛がついて回り、ルミカは簡単にラトスの間合いへと入る。

 膝をつき、至って柔らかな表情で手を出して起き上がらせる。


「怪我の具合はどうだい。普通その傷なら起き上がるのも大変だと思うが……随分頑丈だね」


 いたずらっぽくラトスの肩をつつく。未だ状況を飲み込めないラトスは率直に尋ねる。


「さきほど悲劇はない、と言っていましたが」


「うーん。どこから話そうか……なにから聞きたい?」


 使い魔越しに話した時も感じていたが、対面して疑念は確信へと変わった。


 ルミカ・モノクロームという魔術師。彼女は独特の不気味さがある。

 ジェイコブとはまた違う、思考を読みづらい類。同時に悪人顔でもある。


 気を許してはいけないと本能が訴えかけてくる。なのに……この懐かしい心地はなんだろう。


「エリーゼが無事なのは本当でしょうか」


「ハハッ、最初にそれかい……ああ、もちろん無事さ。今はアタシの隠れ家で集中治療中。終われば腕も元通りになる予定だよ」


「予定、とはどういうことでしょう」


「疑似蘇生、といってね。我がモノクローム家に伝わる魔術の一つだよ。君から何を買っていたかで察しはつくと思うが、私の家は《死霊魔術》を専門とする家系なのだよ」


「疑似蘇生……死霊」


 聞き慣れない単語が押し寄せ、ただでさえぼんやりする頭が混乱する。

 その様子を見たルミカは声を出して笑う。


「そうか、ロスィカ人は魔術にとんと疎いんだった。では魔術の成り立ちから……いや、難しい話はまた後でしよう。簡単に説明すると、アタシの一族が継承してきたすごい魔術によって死神の君も王女様も一命を取り留めた、ってところかな」


 魔術がどこまでできるのか。またルミカがどこまで本当のことを語っているのか判断できない。

 目的は不明のまま。しかしあの絶望的な状況を救ってくれたのは確かで、話の通りならエリーゼも無事ロスィカを脱出できた。


 現にこうしてラトスが生きて彼女と話している以上、疑う余地はないのかもしれない。

 胸に手を当て、頭を下げる。


「俺を、そしてエリーゼの命を救っていただいたこと、心より感謝いたします」


「いいんだ、これは貸しとしておこう。お返しを楽しみにしているよ」


 ルミカはベッドの傍らにあったクローゼットを開ける。中には先日まで着ていたはずのラトスの服があった。


 瞬間、思考が溢れて急速に回りだす──服を取り替えられている、ということは『見られている』ということ。


 ルミカはラトスの正体を知っている。そう確定した途端、焦燥と殺意に駆られる。


「ルミカ。貴方は俺を見たのか」


「見た……ああ。確かに驚いたね。剥いたらなんだかいろいろ巻いたり付けたりしてたんだもの。もしや君はずっと」


「絶対に言うな。誰にも」


 身に刻まれた命令が、魂が訴えている。

 ラトスの眼には本物の殺意が芽生えていた。身軽そうに接していたルミカさえ気圧され、次の言葉に詰まるほどだった。


「わかったよ。君にも事情があるんだろう。アタシとて無為に他人の秘密を言いふらすような人でなしではない。そこは信用してもらって構わない」


 僅かな畏怖を確認し、ラトスはすぐに冷静になる。

 しかしまた一つ、彼女に交渉材料を与えてしまった。後からどんな要求を押し付けられるか。今は考えたくもない。


「さて、晴れてロスィカから脱出できたんだ。のんびりダリア観光とでも洒落込もうか」


 ひらりと身を翻し、ルミカは部屋を出る。その背中を追って一層暗い階段を昇る。


「いえ。まずはエリーゼに会わせてください。それまでは貴女を完全に信用することはできません」


「隠れ家に着くまでの道中にダリア最大の都市を横断しなきゃいけないのさ。少しは羽を伸ばそうじゃないか」


 重い扉を開け、ようやく陽光が差し込む廊下までやってきた。眩さに目を細めながら、見失わないよう彼女を追いかける。


 屋敷の外に出て振り返る。豪華絢爛とはいえないが広く綺麗な建物で、ルミカが下働き程度の魔術師でないことはわかる。


 あたりを見渡す。建築の様式や土地柄は似ているけれど、どこか空気が違うと肌で感じる。

 本当にここはロスィカではないのだと、改めて思い知らされる。


「ようこそ、魔術国家ダリアへ。ルミカ・モノクロームが君たちを歓迎しよう」

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