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死神に春が降る  作者: 永ノ月
1章 死神の名
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ロスィカ王国の規則

 最初に立ち寄ったのは国が運営する市民図書館。


ロスィカに在住するすべての民が出入りし、自由に本を読むことができる王都の憩いの場であり、ラトスもまた休日に訪れることがある。


 王都はどこに行っても人が多く騒がしい。しかしこの空間だけはいつ来ても心地よい静けさがある。


「本の返却を」


 受付の女性に先週借りた本を預ける。

彼女はじっとラトスを見つめ「なにか?」と問うまで呆けて返事をしなかった。


「は、はい。返却ですね。えーと……はい。確かに返却されました。今日もなにか借りていかれますか?」


「興味深いものがあれば」


 淡白に答えて図書館の奥へと歩んでいく。


「今の人、素敵」「どこの役人様かしら」


などと背後から飛び交う黄色い声には聞こえないふりをした。


 ラトスは娯楽小説を読まない。というより読むことを許可されていない。


 理由は感情を豊かにし、処刑対象に同情の念を抱いてしまうから。実に簡潔だ。


 しかし歴史に関する書物は許可されている。

もっとも読むのはロスィカ王国、あるいはその近隣国の歴史書。


 今までさまざまな著者の歴史書を読んできたが、そのどれにもオーメルンの家名は記載されていない。


 処刑対象は罪人であり、社会を生きた人間でもある。

それの友人が、恋人が、あるいは血縁者が処刑に対して強い反感を覚えるのは明白。


 恨み辛みを避けるためオーメルンの名が世間に知られないよう、今日まで歴史の影に隠れて生きているのだ。


 本の表紙を眺めていたラトスだが、肘を置いていた机が軽微だが揺れる。

視線をずらすと、すぐ隣には幼い男の子が淀みない笑顔で覗き込んでいた。


「おにーさん、なによんでるの?」


「……この国の歴史書です」


「おもしろいの?」


 ええ、まあ。ラトスはぎこちない相槌で対応するが少年は興味があるのか、ひっきりなしに質問をしてくる。


 子どもが苦手というわけではない。

ただ生活の中で関わる機会がなかった。つまるところ不慣れといえる。


 困っているとようやく救世主、少年の母親らしき人が現れる。


「うちの子がご迷惑を。申し訳ございません」


「いえ。特に迷惑ということはございませんので」


 抑揚のない口調。眉一つ動かないラトスの言動は、相手から見れば不機嫌そのものに見えるだろう。


母親は深々と頭を下げ、子どもを引きずってそそくさと離れていった。


 子どもに話しかけられるなんていつぶりだろうか。

もし兄弟がいれば、あれくらいの歳の子と話す機会があれば、もっと上手く話せたのだろうか。


 昔から落ち着いた子どもだといわれていた。

大人しく、わがままもいわず、勉強熱心な賢い子どもだったと。


 本質は少し違う。

あの環境下で生きていくためには、そうする以外の選択肢を見つけられなかった。


『命を奪うことを躊躇うな。お前はもう普通の人間ではないのだ』


『普通になる必要などない。死神になるのだからな』


 頭の中で反芻される過去の言葉。

 読んでいる文字が目から滑り落ちて、内容がすんなりと頭に入ってこない。


 疲れているのか、それともまた一段と冷え込んだ気候のせいだろうか。


 ともかく今日は本を読むのに向いていない。すべて元あった場所へと戻し、図書館を出ようとする。


が、入口から騒ぎが聞こえる。


 さきほどの男の子が、母親と司書に挟まれてなにか叫んでいるようだった。


「なんで本をかりちゃいけないんだよ! さっきのおじさんはもって出ていったのに!」


「止めなさいルーク。司書さんが困ってるでしょ」


 母親の注意も聞かず、少年はなんでなんでと全身を振り回して抗議している。


 ふと少年と目が合う。

さきほど絡まれたせいもあってか、真っ直ぐラトスに向かって駆け寄ってくる。


「ねえ、ぼくも本かりていいでしょ? なんでダメなの?」


「……それは図書館を運営するロスィカ生活安全課の役人たちが決めた規則だからです。本は今でこそ低価格で市場に出回るようになりましたが、やはりお金はお金です。国民税第二種以上の納税をしている国民でなければ、図書館で本の貸借は許可されていません。本を盗難し私物化するようであれば金貨十枚以下の罰金が課せられることがあります。ご理解いただけましたか」


 あくまで正論。

この国で定められた法を淡々と少年に教えた。


 しかしそんなことが少年に伝わるはずがなく、やがて大声を上げて泣き始めてしまった。


 ラトスは慰めるでもなく、司書に軽く会釈して去ろうとする。

しかし、次に立ち塞がるのは母親の方だった。


「私たちが貧乏だから、本を盗むっていいたいの?」


「そういう決まりです」


「そうやっていつも見下すのよ。ねえお役人さん、どうして偉い人たちは私たち一般市民ばかりに負担をかけるの? 明日生きられるかもわからないのに、そんな私たちが必死で稼いだお金が、あなたたちのような人間の贅沢に使われなきゃいけない理由ってなんですか?」


 終始穏やかだった母親の表情は一変、その目には長年積み上げられた憎悪を孕んでいる。


 こうした政治に対する不満の声はなにも今初めて聞いたわけではない。


 だからといって今のラトスにどうこうする義理も権利も持ち合わせてはいない。


「あなたたちの生活が潤えば、私たちのような民がどうなってもいいっていうの⁉」


「お気持ちは窺えます。しかしそれがこの国の規則であることを理解していただきたい。もし破るのならば、たとえ貴族でも平等に罰を受けていただきます」


 断末魔のような少年の泣き声。

睨みながらぼそぼそとなにか呟いている母親。

ラトスは軽く会釈をし、涼しい顔でその場を後にした。


 たとえ生活が苦しくても、毎日怠惰に生きていようと関係ない。

規則を守れない人間は平等に罪を課される。地位や義理人情で軽くなることは決してない。


 ラトスはそれを誰よりも深く理解している。

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