剣交わる
ラトスは馬車から飛び降りる。
不敵な笑みを浮かべるゼタを受け流し、背後の馬車を指差す。
「条件がある。エリーゼ様とこの運転手は解放しろ。そうすればお前の決闘を受けてやる」
「悪いがそれはできねえ。まあ安心しろ、本軍が勝手に捕まえるような真似はさせねえよ」
周囲の本軍を見回して言うと、彼らは不本意そうな表情を見せるも渋々剣を下ろした。
「ま、待ってくだせえ。俺ぁこの人たちに手伝うよう脅されただけなんでさぁ」
わざとらしく馬車から転げ落ち、本軍の方へと這っていくジェイコブ。約束通り彼だけ脱出するようだ。
「お願いします。ダリアで雇い主が待ってるんです。どうか慈悲を!」
「うるせえな。オマエのことはどうでもいい。行きてえならさっさと行け」
ありがとうございます、とそそくさと馬車に戻ってくる。
すれ違う最中、ジェイコブが目配せする。
彼のすべての意図を察することはできないが、ただ逃げるわけでないのはわかる。
ならば選択肢がひとつ増えた。
決闘をなるべく長引かせれば、ジェイコブがなにかもたらしてくれるかもしれない。
分の悪い賭けにも慣れてきた。今は信じてこの状況を打破するしかない。
エリーゼも馬車を降り、本軍の空けた道に向かってゆっくりと進み始める。
──道の中央にて向き合う。
背後にはエリーゼを守るように置き、本軍もまたゼタの背後へと整列して待機している。
「道に落ちてたから拾っといてやったんだ。感謝しろよな」
投げつけられた剣を受け取る。手に取った瞬間、ラトスは目を見開いた。
剣身を見て確信する。これは死神の代行者の証。
すでに手放した黒鉄の剣に違いない。
もう不要なものだというのに、ゼタはそれを再び押しつける。
「お前はどこまでも不快な男だ」
「お褒めに預かり光栄です、ってな」
久々に持つ黒鉄の剣は重く、しかし懐かしい重さ。
幾度となく振ってきた剣の感触は、そう簡単に忘れられるものではなかった。
握りたくはない。もう二度と振りたくはない。けれどラトスは知っている。
ナイフの一本や二本、仮に五本同時に扱えたとて彼には勝てない。
死神よ。もう貴殿の名前は借りない。
ひとりの人間が私欲のためにこの剣を振るうことを、どうかお許しください。
「死神でなくてもお前に勝てる。それを証明する」
「やってみろよ。できるもんならなぁ!」
大きく速いゼタの踏み込み。これみよがしに大振りな一撃を、まずは受け流せるか試す。
鈍い金属音が響き、擦れ合い、火花が夜を彩る。
「はっ、やるじゃねえか!」
やはり速度も力も並みの人間とは思えない。
いっそ人間の皮の被った獣といわれた方が納得できる。
「どうした、守ってばかりじゃ勝てねえぞ!」
純粋な剣技であればラトスの方が上。しかし互角に持ち込まれているのは、ゼタが培ってきた多くの武術にある。
バーディア家で教わった剣術体術はもちろん、古今東西さまざまな武術を取り入れた彼は、予測不能な動きを繰り返す。
ほんの少しの油断、甘い推測をすれば後悔する間もなく身を真っ二つにされるだろう。
だがこれもエリーゼの持つ幸運のおかげか、思いもよらぬ利点がある。
「俺とて手を抜くつもりはない。お前を排除するには絶好の機会だからな」
剣を低く構え、斬り上げる。
特別速くも重くもない一撃は、あわやというところでゼタの眼前を通った。
もう一度──次は脇腹を抉るように横一閃。
彼なら大きく跳躍して飛び掛かるくらいの芸当はできるが、反応が遅れているばかりに剣で受けることしかできない。
ようやく自身の置かれた状況に気づいたか、ゼタは一度距離を取る。
なおも無邪気な笑みは消えず。
「なるほど。目で追ってたら後手に回るばっかりだなぁ」
「そういうことだ」
月光に反射するゼタの銀色の剣。対してラトスの剣は黒く闇の中へと溶ける。同じく漆黒の背広を纏う身もまた、完全に捉えるのは難しいはず。
再度接近し仕掛ける。
一撃に最大の殺意を込め、その首めがけて撃ち込む。撃ち込む。撃ち込む。撃ち込む。
振るうごとに殺意は増していき、口数が減っていくゼタを見ると、嫌な高揚感が身を包む。
初めて本気で人を殺したいと思った。今まで強制されるばかりだった感情を欲している。
鬱陶しい。憎い。腹立たしい。
灼熱で燃え上がるこの心は『怒り』だ。
「己の浅はかに溺れて死ね」
これまで狙い続けた首への攻撃。防御の意識が逸れたこの瞬間、心臓への刺突を繰り出す。
夜の見えづらい環境下。未だ上回っている剣技。逸らした意識。これで──
「これで決まる、とか思ってねえだろうな?」
視線が交錯する。
ぎらりと光る獣の目に、背筋が凍るような殺気を感じ取る。
ただちに剣を止め、半歩距離を取る。
──あのままいけば呆気なく躱され、腕ごと斬られていたかもしれない。
ゼタを捉える。するとさきほどまでの殺意は消え失せ、呆然とこちらを見ていた。
ころころと雰囲気を変える彼に、ラトスは問うた。
「ようやく飽きたか」
「…………あぁ。やっぱりだ」
ゆらり、ゆらりと力なく歩み寄ってくる。
「処刑を放棄した時、嘘だと思った」
剣を構える。しかし殺気は感じない。
「オマエは完璧な死神だった。感情なんてねえ。殺すことに躊躇なんざしねえオマエが」
歩み寄る。手を伸ばせば届く、その距離まで。
「ラトス。オマエはもう弱い」
静かに波打つ海の中に、なにかがいる。こちらを覗いている。
相手の出方など関係ない。早く倒さなければ殺される……本能がそう告げる。




