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死神に春が降る  作者: 永ノ月
4章 喰い喰われ
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剣交わる

 ラトスは馬車から飛び降りる。

 不敵な笑みを浮かべるゼタを受け流し、背後の馬車を指差す。


「条件がある。エリーゼ様とこの運転手は解放しろ。そうすればお前の決闘を受けてやる」


「悪いがそれはできねえ。まあ安心しろ、本軍が勝手に捕まえるような真似はさせねえよ」


 周囲の本軍を見回して言うと、彼らは不本意そうな表情を見せるも渋々剣を下ろした。


「ま、待ってくだせえ。俺ぁこの人たちに手伝うよう脅されただけなんでさぁ」


 わざとらしく馬車から転げ落ち、本軍の方へと這っていくジェイコブ。約束通り彼だけ脱出するようだ。


「お願いします。ダリアで雇い主が待ってるんです。どうか慈悲を!」


「うるせえな。オマエのことはどうでもいい。行きてえならさっさと行け」


 ありがとうございます、とそそくさと馬車に戻ってくる。

 すれ違う最中、ジェイコブが目配せする。


 彼のすべての意図を察することはできないが、ただ逃げるわけでないのはわかる。

 ならば選択肢がひとつ増えた。

 決闘をなるべく長引かせれば、ジェイコブがなにかもたらしてくれるかもしれない。


 分の悪い賭けにも慣れてきた。今は信じてこの状況を打破するしかない。


 エリーゼも馬車を降り、本軍の空けた道に向かってゆっくりと進み始める。


 ──道の中央にて向き合う。

 背後にはエリーゼを守るように置き、本軍もまたゼタの背後へと整列して待機している。


「道に落ちてたから拾っといてやったんだ。感謝しろよな」


 投げつけられた剣を受け取る。手に取った瞬間、ラトスは目を見開いた。


 剣身を見て確信する。これは死神の代行者の証。

 すでに手放した黒鉄の剣に違いない。


 もう不要なものだというのに、ゼタはそれを再び押しつける。


「お前はどこまでも不快な男だ」


「お褒めに預かり光栄です、ってな」


 久々に持つ黒鉄の剣は重く、しかし懐かしい重さ。

 幾度となく振ってきた剣の感触は、そう簡単に忘れられるものではなかった。


 握りたくはない。もう二度と振りたくはない。けれどラトスは知っている。

 ナイフの一本や二本、仮に五本同時に扱えたとて彼には勝てない。


 死神よ。もう貴殿の名前は借りない。

 ひとりの人間が私欲のためにこの剣を振るうことを、どうかお許しください。


「死神でなくてもお前に勝てる。それを証明する」


「やってみろよ。できるもんならなぁ!」


 大きく速いゼタの踏み込み。これみよがしに大振りな一撃を、まずは受け流せるか試す。


 鈍い金属音が響き、擦れ合い、火花が夜を彩る。


「はっ、やるじゃねえか!」


 やはり速度も力も並みの人間とは思えない。

 いっそ人間の皮の被った獣といわれた方が納得できる。


「どうした、守ってばかりじゃ勝てねえぞ!」


 純粋な剣技であればラトスの方が上。しかし互角に持ち込まれているのは、ゼタが培ってきた多くの武術にある。


 バーディア家で教わった剣術体術はもちろん、古今東西さまざまな武術を取り入れた彼は、予測不能な動きを繰り返す。


 ほんの少しの油断、甘い推測をすれば後悔する間もなく身を真っ二つにされるだろう。


 だがこれもエリーゼの持つ幸運のおかげか、思いもよらぬ利点がある。


「俺とて手を抜くつもりはない。お前を排除するには絶好の機会だからな」


 剣を低く構え、斬り上げる。

 特別速くも重くもない一撃は、あわやというところでゼタの眼前を通った。


 もう一度──次は脇腹を抉るように横一閃。

 彼なら大きく跳躍して飛び掛かるくらいの芸当はできるが、反応が遅れているばかりに剣で受けることしかできない。


 ようやく自身の置かれた状況に気づいたか、ゼタは一度距離を取る。

 なおも無邪気な笑みは消えず。


「なるほど。目で追ってたら後手に回るばっかりだなぁ」


「そういうことだ」


 月光に反射するゼタの銀色の剣。対してラトスの剣は黒く闇の中へと溶ける。同じく漆黒の背広を纏う身もまた、完全に捉えるのは難しいはず。


 再度接近し仕掛ける。

 一撃に最大の殺意を込め、その首めがけて撃ち込む。撃ち込む。撃ち込む。撃ち込む。


 振るうごとに殺意は増していき、口数が減っていくゼタを見ると、嫌な高揚感が身を包む。


 初めて本気で人を殺したいと思った。今まで強制されるばかりだった感情を欲している。


 鬱陶しい。憎い。腹立たしい。


 灼熱で燃え上がるこの心は『怒り』だ。


「己の浅はかに溺れて死ね」


 これまで狙い続けた首への攻撃。防御の意識が逸れたこの瞬間、心臓への刺突を繰り出す。


 夜の見えづらい環境下。未だ上回っている剣技。逸らした意識。これで──


「これで決まる、とか思ってねえだろうな?」


 視線が交錯する。

 ぎらりと光る獣の目に、背筋が凍るような殺気を感じ取る。


 ただちに剣を止め、半歩距離を取る。


 ──あのままいけば呆気なく躱され、腕ごと斬られていたかもしれない。


 ゼタを捉える。するとさきほどまでの殺意は消え失せ、呆然とこちらを見ていた。


 ころころと雰囲気を変える彼に、ラトスは問うた。


「ようやく飽きたか」


「…………あぁ。やっぱりだ」


 ゆらり、ゆらりと力なく歩み寄ってくる。


「処刑を放棄した時、嘘だと思った」


 剣を構える。しかし殺気は感じない。


「オマエは完璧な死神だった。感情なんてねえ。殺すことに躊躇なんざしねえオマエが」


 歩み寄る。手を伸ばせば届く、その距離まで。


「ラトス。オマエはもう弱い」


 静かに波打つ海の中に、なにかがいる。こちらを覗いている。


 相手の出方など関係ない。早く倒さなければ殺される……本能がそう告げる。

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