執着
言いたいことは山ほど浮かんでくる。
何故この道で逃げることがわかっていたのか。
国境で構えていなかったのか。
バーディア家から追放された彼が本軍を率いているのか。
狙いは何なのか。
ふつふつと湧き上がる怒りに侵され、最初に出た質問は単純なものだった。
「ゼタ……何故ここに」
「知り合いですかい」
早くも両手を上げて降参の意を示すジェイコブ。
ラトスは冷静に言葉を選び、目の前のへらへらした男について語る。
「彼はゼタ。かつてはバーディア家の嫡男でしたが、今はただの荒くれ者です。おそらく本気を出せば後ろの本軍全員を倒せるでしょう。相当な手練れであることは確かです」
「同時にラトスの親友でもある。肝心なところを忘れてもらっちゃ困るぜ」
親友という言葉に反応したか、エリーゼも顔を出そうとしたが片手で抑える。
「質問に答えろ。何故お前がこんなところに、しかも本軍を連れている」
本来処刑されるはずの王女殿下が逃走しているのなら、今以上に大がかりな捜索をしていても不思議ではない。
だからといって、本軍がゼタを起用することは絶対にありえない。
「オレはシャルル第一王女の命令の下、エリーゼ第二王女を捜索してんのさ」
「……お姉ちゃん、が」
シャルル・ハイネ・ロスィカ。次期国王とも呼び声高い彼女は、すでに現国王に近い発言権を持っている。
もし彼女が罪状を不問にせよと抗議すれば、議会次第で可能かもしれない。
ラトスの制止を振り切り、エリーゼが立ち上がる。
「これはこれは王女殿下。どうかご安心を。姉君が心配しております。オレについてくれば生きてあの城に帰れますよ。あのお方は貴女様の命を最優先にと仰っておりました」
「エリーゼ様。彼の言葉を真に受けてはいけません。罠に違いない」
「だ、大丈夫よ……でも、お姉ちゃんが」
寂しげな表情を浮かべ、胸を抑える……今まで何度か彼女の口から姉について語られたことがある。
嫌悪も疑念もない。あの王族の中でもっとも信頼し、愛していた人なのだろう。
それだけに彼女の心は大きく揺れる。
「お前はそんなことで動くような人間ではない。目的はなんだ」
「嘘じゃねえよ。じゃなきゃオレは本軍の手を借りたりしねえ。だが所詮は命令。オレの目的はそこの王女様じゃねえ……オマエだよ」
すらりと掲げた剣先を向けられる。
ラトスは答えるでもなく、ただ舌打ちする。
「オレは真面目で勤勉な男だからよぉ。仕事をしくじっちまった可哀想な親友を励ましに来てやったのさ。他でもないロスィカの尊き死神の代行者様をさ」
彼の言い分は端から理解できるものだとは思っていない。
わかっているのは、彼は気に食わないことにとことん突っかかる人間であるということ。
「お前に俺の責務を咎める権利はない。俺は俺の信じた道を行く。お前には関係ない」
終始笑顔を絶やさなかったゼタの目の色が変わる。
地面に剣を突き立て、一層低い声で宣言する。
「オレと決闘をしろ。ラトス」
古い記憶が呼び起こされる。
かつて一度だけ、ゼタと剣の決闘をしたことがある。
あの時は勝敗など毛ほども気にしていなかった。
しかし、あの時から確実に彼は自分に執着していた。
「まだそんなことを言っているのか。お前の執着に付き合っている暇などない!」
「今のオマエは罪人なんだよタダで通れるわけねえだろうが!」
怒号とともに本軍が動き出し、瞬く間に馬車を囲う。
彼の相手をしながら本軍をさばき、馬車を安全なところまで逃がす……全力で以てしても、身体があと一つあっても足りない。
心臓から火が吹き出して、全身を焼き尽くすような感覚が襲う。
この男はいつまでも俺に突っかかってくる。
いつも邪魔ばかりして、俺が嫌だと思うことを平気でやってのける。
今だってそうだ。ようやくロスィカから出られたのに。
ようやくエリーゼの自由に向けて一歩進めたと思ったのに。
その薄ら笑いを剥がしたい。
死神としてではなく、ラトスという人間として彼を──殺したい。
馬車を降りようとするラトスを強く引っ張るのは、エリーゼの震える細い手。
「ダメよラトス。行っちゃダメ」
本能的になにかを感じ取ったのか、小さく首を横に振って手を離さない。
一騎打ちしたところで必ず勝てるとは言い切れない。
辛勝できたとしても無傷では済まない。
最悪相打ちか、それとも──
暗がりもあって青白く見える彼女の頬を軽く撫で、ラトスは微笑んでみせる。
「大丈夫です。必ず帰ってきますから。ですが、もしかするとあの時の約束を守れなくなるかもしれません。どうか今だけは俺のわがままを聞いてください。エリーゼ」
もう誰も殺さない。そう誓ったのに……あの男だけは殺さなくてはいけない。全身がそう訴えている。
「……イヤ。ラトスを失いたくない」
燃える心臓を抑え、優しい声で語りかける。
「では、彼のいうことを聞いて城に戻りますか。エリーゼがそれでいいというのなら、従います」
狡い問いだとラトス自身も思う。
そう問うてしまえばエリーゼが戻るという選択肢を取れないと知っている。取らないと確信している。
言葉を探している。
彼女の目はさまざまな色を見せ、潤んでいく。
やがて手はするりと落ち、そのまま俯いてしまう。
「ありがとうございます。必ず貴女をダリアまで送り届けますから」
小さな頭を一撫でし、馬車を降りる。




