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死神に春が降る  作者: 永ノ月
4章 喰い喰われ
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強い奴

 それからラトスの学校生活は少しずつ変化していた。

 ゼタの力もあってか、望み通りラトスにちょっかいをかけようとする者はいなくなった。


 平和な学校生活が始まったように見えるが、代わりにもっと面倒な人間に絡まれるようになる。

 後になって分かったことだが、ゼタはバーディア家だから誰も手出ししなかったのではない。


 彼は道徳から離れた、半ば獣のような存在として恐れられていた。


 暴力は日常茶飯事。学年問わず時には教師にまで手を上げ、悉くを半殺しにするほどの手練れ。

 さすがはバーディア家の長男だと称えられる一方で、その残虐性から誰も関わろうなどという奇特な心を持っていなかった。


 ラトスは思う。

 何故こんな面倒な男に気に入られてしまったのか。

 人の心とは斯くも複雑なものかと頭を抱えた。


 そんな平穏と混沌が入り乱れる学校生活の中。本格的な剣術の授業が始まった。


「では、教室対抗で模擬決闘をやっていただきます」


 ラトスは当然教室に留まらず学年でも浮いていた。

 相手が見つかるはずもなく、また本人としても見つからないまま終わればいいと思っていた。


 しかし、あぶれ者はもう一人いた。


「ずっと戦ってみてえと思ってたんだ。オマエはつええ奴の目をしている」


 ゼタが突き付けてきたのは訓練用の木刀ではなく、実戦用に近い鉄製の剣。

 授業を監督する中年の男は当然間に割って入る。


「ゼタくん。いくら君がバーディア様のご子息といえど授業で本物の剣を使わせるわけにはいきません。もしどちらか、あるいは双方に怪我があれば……」


 諭すように語りかけるものの、ゼタは真っ直ぐに戦いたい相手を睨んでいる。

 鈍く銀色に光る剣先を見つめ、ラトスは右手を差し出す。


「ならば同じ条件で手合わせするのが礼儀でしょう。教官殿、俺にも同じものをいただけますか」


「そう来なくっちゃ。ビビんなよ」


 もう静止は効かないと判断したのか「絶対に触れてはいけません」「寸止めでお願いしますね」としか言わなくなってしまった。


 定められた線の上に立ち間合いを確認する両者。

 まだ初等部の模擬決闘だというのに、身震いするほどの緊張感が空間を支配する。


 合図はなかった。

 先に踏み込んだのはゼタ。息を吐く暇もなく、一瞬で剣の届く間合いまで詰めてくる。


 彼の笑顔はもはや狂気そのものであった。


「本気でいくぜおい! 死ぬんじゃねえぞ!」


 力いっぱいに殴りつけるように剣が振り下ろされる。

 ラトスはまだ足を動かしていない。それでも──


「怪我をさせないよう注意します」


 ゼタの一撃は確かにラトスと交わり、甲高い金属音が響いた。

 剣身を撫でるように力は受け流され、ラトスの身体から逸れていった。


 届かないと気づいた瞬間、ゼタは即座に引いて態勢を立て直す。


 純粋な腕力でいえばゼタの方が強いのは明らか。

 弾くだけでも手が痺れるはずなのに、目の前の同年代の子どもは涼しい顔で受け流してみせた。


 彼は知らない。ラトスがこれまでどんな環境で育ってきたのか。

 毎日どのような訓練をし、どのような学問を学び──将来どんな仕事をするのかも。


 本当になにも知らなかったからこそ、変わらず凪いだ波のようなラトスの剣を、そして静かにこちらの命を奪わんとする静かな殺気に身が震えた。


 体術を得意とした彼だったが、動きはだんだんとぎこちないものへと変化していった。

 ほんの刹那、次の防御のことを蔑ろにした大振りに反応し、ラトスは身を低くして懐に潜り込む。

 するりと間を抜け、剣を両手で握る。


「届いた」


 しかし眼前にいるのはゼタではない、大人の男が飛び込んできて静止する。

 決闘を見ていた生徒たちは息をするのを忘れていたのか、息を飲む音が次々と聴こえてくる。


 剣を下ろしたラトスに、教官は青冷めた顔で声を漏らす。


「ラトスくん。君は今、本気で彼を……」


 殺そうとしたのか。言いかけて止めたものの意図は十分に伝わった。


 まずいことをした、とラトスは思う。

 剣術の練習のつもりがつい本気になり、それを楽しいとさえ感じてしまった。それが祖父に知られれば。


「今のは偶然ですので、黙っていていただけますと幸いです」

 静まり返った教室でただ一人、負けたはずの少年が心底昂っていた。

 興奮を抑えらず、剣を捨ててラトスの肩を掴む。


「なあ、やっぱオマエ最高だぜ。人を怪我させようが殺そうがどうでもいいって顔してやがる。オマエはオレと同じだ、きっと分かり合える。オレたちは今日から親友だ」


 この時、ラトスには彼の言葉が理解できなかった。


 彼には輝かしい未来がある。戦争のなくなったこの時代にもバーディアの名前は栄光と共にある。

 国民を守り、国民に称えられて生きるのだろう。


 だが……ラトスは違う。

 誰も守らない。誰にも称えられない。


 名前も顔も知られないまま消えてゆく死神の代行者なのだと、ラトスはすでに自覚していた。


 それから一度も、ラトスたちが本気で戦うことはなかった。


 何度も何度も勝負を挑まれたが、悉く無視をするか丁重に断った。

 それでも振り切れなかった時は、露骨に手を抜いて彼の動きを見て躱すだけの空虚な決闘をした。


 ただ……同年代で彼以上に強く、気を抜けば本気で殺してきそうなのは彼くらいだった。


 その後ラトスは卒業を迎える前に陸軍学校を中退し、約二年に及ぶ本格的な訓練と継承の後、死神の代行者として処刑台に立つようになる。


 ゼタは音もなく消えたラトスを探し、悪化を極めた血縁関係も相まってロスィカを出たらしい。


 もう交わることはない。まさか自分が死神の代行者だと見破られ、またしても粘着されるようになるなどと考えてもいなかった。

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