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死神に春が降る  作者: 永ノ月
4章 喰い喰われ
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変な奴

「謝れ!」


 少年の甲高い声が教室に響き渡った。激高する彼を宥めようとする勇気ある者はおらず、皆聴こえていないふりをしていた。


 謝罪を求められている張本人、ラトス・オーメルンは考える。

 何故少年はこんなにも怒っているのか。ただ純粋に疑問を抱いていた。


 エヴァート歴一一四三年。十歳にしてラトスはロスィカ王国立陸軍学校に編入することになった。


 国内でもっとも長い歴史を持ち、多くの著名人を輩出してきた名門校。

 将来のロスィカを背負って立つ貴族の嫡男や令嬢が多く在籍しており、平民上がりの生徒など数えるほどしかいない。


 オーメルン家の存在を知るのは王族を始めとしたごく一部の上流階級のみ。

 体裁上平民の子として、しかも編入という珍しい形でやってきたラトスが目立たないはずもない。

 加えて眉一つ動かさない堂々とした言動。絡まれるのは時間の問題だった。


 とはいえ、教室に合流してから僅か十五分ほどとはラトスも想像すらしていなかった。


「おい平民。僕の命令が聞けないってのか⁉」


 彼はこの教室でもっとも発言力がある。

 家柄もあってか時に先生でさえ止めることは難しいらしい。


 目を付けられれば退学に追い込まれる。それで済めばまだいい方で、一家まとめて路頭に迷わされる事態まであったという。


 飛び火はごめんだといわんばかりに教室の子どもたちはそそくさと出ていき、横目でこれから酷い目に遭うであろうラトスを眺めていた。


 そんな込み入った事情を編入してきたばかりのラトスが知るはずもなく。


「恐れ多くも申し上げます。俺は確かに平民の生まれではありますが、貴殿の召使いになった覚えはございません。ご入用でしたら、そちらの付き人に頼まれては如何でしょう」


 彼の背後に立つ取り巻きを指差すと鋭い眼光が返ってくる。

 そんな様子など気にも留めず、彼は怒りを前面に押し出す。


「もう一度言う。平民、膝をついて僕の靴を舐めろ。そうすれば僕の奴隷として働かせてやらなくもない。もし断ったら」


「何故俺が靴を舐める必要があるのでしょう。綺麗にすることが目的であれば、きちんとした道具を用いることが適切かと」


 口の減らないラトスの首を掴み、少年は今にも噛みつきそうな面持ちで言う。


「僕はお前なんかよりもずっと偉い。それをお前の身体に刻みつけてやる!」


 素性を知られるべきではないラトスが何故学校へ通うことになったのか。それは父の意向もとい独断の下決まった。


 曰く、強く正しくあるべき死神はより多くの知識を身につけるべきである。

 そのためより多くの人間と交流し、高め合うべきであると。


 厳格な祖父とは対照的に、父は俗世を好みよく対立していた。

 親心か哀れみか、毎日必要以上にいたぶられるラトスを黙って見ていることもできなかったらしい。


 家を離れて初めての学校で、初めて面と向かって話した同年代の子どもがいきなり屈服せよと命じてくる。

 こればかりは父も想定していなかっただろう。


 やはり学校など来る必要はなかった。

 ラトスはただ後悔を抱え、目の前の少年を見やる。


「もし俺が従えば、これ以上干渉しないでいただけますか」


「それは無理な話だ。お前は卒業するまで、いやこの先ずっと僕の奴隷として引きずり回してやる」


 もはや交渉にすらならない。

 罪のない一般人に力を行使することは禁じられているが、この面倒な時間を終わらせるためなら、父も許してくれるだろうか。


 彼の手を振りほどこうと動く寸前、がらんとした教室に強い衝撃で扉の開く音が響く。


 紫色の髪をした同年代らしき少年はラトスよりも少し背が小さい。

 しかし身体に纏う異様な雰囲気は、見る者に漠然とした恐怖を与えた。


「うるせえ猿だな。いや豚かもな?」


 へらへらと笑う彼は近づいたかと思えば──瞬きする間もなく、ラトスを掴んでいた少年を殴り飛ばした。


「デッツ様! 貴様いったいどういうつもりだ。このお方に暴力を振るってただで済むと思うなよ!」


「うるせえから殴ったんだよ。それともなんだ、このゼタ・バーディアにケンカ売るってんなら格安で買ってやるよ」


 バーディア家は古くよりロスィカ陸軍を率いる総指揮官の血筋。

 そしてこの陸軍学校を管理する一族でもある。


 名前が出た途端に少年たちはみるみる顔を青く染め、なおも足を止めないゼタに悲鳴を上げ、一目散に去っていった。


 ゼタは溜め息を吐き、呆然と立つラトスを睨む。


「オマエ平民なんだろ。ああいう口だけでかい貴族には逆らわない方がいいぜ」


「俺は彼の要求の必然性を問うていたのですが、答えていただけませんでした。これは逆らう、という行為なのでしょうか」


 冗談を言っているようには見えない。至って真面目な面持ちで考え込むラトスを見て、ゼタはまた大声で笑い転げた。


「変な奴だな。オマエ名前はなんていうんだ」


「ラトス、と申します」


「ゼタ・バーディアだ。せっかく同じ学年なんだ。仲良くやろうぜ」


 差し出された手を、ラトスは熟考の末に……取らなかった。


「いえ。俺は他者と友人関係を持つことは致しません。せっかくのお誘いで申し訳ありませんが、これで失礼させていただきます」


 深々と頭を下げ、ラトスは颯爽と教室を出て行った。


 なにが起こったのかゼタの頭で理解するには時間を要した。

 しばらくしてまたゼタは笑い、口元を抑える。


「どいつもこいつもつまんねー奴ばっかだったが……こいつは面白くなりそうだぜ」

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