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死神に春が降る  作者: 永ノ月
3章 風の行方は誰も知らない
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唯一の伝手

 ラトスたちがサンドマートまで来た理由。

 どこへ逃げるにも、まずはこのロスィカから脱出することが最低条件。


 二人だけでは難しく、知略を絞ったとて限界がある。

 そこで数少ないラトスの伝手によって、手助けしてくれる人物がこの町にいるかもしれない、というものだ。


 あくまで可能性の話だが大いに高い。今はそれに縋るしかないのが現実。


 彼の拠点があるサンドマートの商業区へと向かう最中、エリーゼが問うた。


「ところで、今探してる人はどういう人なの?」


「ジェイコブという男です。以前よりオーメルン家と商談をしていました。実際に会ったのはだいぶ前のことですが」


「商人、ということは外国にも精通している人なのよね⁉」


 途端にエリーゼは目を輝かせてラトスに詰め寄る。


 彼女がもっともやりたいことは旅商人。

 その先輩になるとでも思っているのか。詳しく話を聞かせてほしいといわんばかりだった。


「あくまで彼は代理運搬が仕事ですので。それに彼の出で立ちはあまり……誠実とはいえない者ですよ」


「いいえ。世界を巡る旅商人だもの。それくらい擦れていた方がかっこいいわっ」


 エリーゼの中で彼がどんどん美化されている。

 早いところ会わせないと彼が不憫な目に遭ってしまう。


 警戒すべき本軍や衛兵とすれ違うことなく、ラトスたちは商業区へとたどり着く。


 道往く人は港に比べるとやはり身なりが異なり、荒々しい風貌がよく目に映る。

 エリーゼもまたラトスの背後にぴったりとくっついて歩き、情報収集を始める。


「荷物を届けたいのですが、運び屋はいますか?」


 ジェイコブを探す時はそう問うと周りの人間は教えてくれる。以前彼に教わった通りに聞いて回る。


 すると聞いた人は皆同じ場所を指し示した。

 広間の中央に位置する初代国王の像。そのちょうど背後にあるボロ家にいると。


 ラトスたちは一度素通りし、また戻ってこれだと確信した。

 それだけ人が入っているようには見えぬほど、荒廃していたのだ。


「ね、ねえラトス。ジェイコブ様は……怖い人じゃないわよね?」


「今更何を言っているんですか。入りますよ」


 嫌そうな態度を隠さないエリーゼを引っ張り、立てつけの悪い扉を開ける。

 瞬間、真っ先に鼻を差したのは壁や床にまで沁みついた煙草の匂い。


 外と比べて生暖かい空気が押し寄せ、エリーゼは一層ラトスの背中にしがみつく。

 明かりのひとつもなく、昼間だというのに薄暗い空間には人気もない。


「ジェイコブはいますか」


 ラトスが声を上げると、目の前のカウンターから人が生えてきた。


 見切れた上半身だけでも背が高いとわかる。エリーゼはもちろん、ラトスよりも大きいかもしれない。

 かと思えば、骨と皮しかないかのように不健康そうな痩せ方をしている。


 金色の髪は不規則にうねっており、間から覗く翠眼は半分ほども開いていない。如何にも今起きたような気怠さを物語っている。


 ラトスを捉えるなり、男性らしく低い、がさついた声で問うた。


「んん、あんたは……オーメルンの旦那ですかい?」


「お久しぶりです。ジェイコブ、お仕事は順調ですか」


「さっきカーローンから帰ってきたばかりでさぁ。ふあ……」


 ジェイコブは欠伸をしつつ、しわくちゃになったシャツの胸ポケットから煙草とマッチを取り出し、骨ばった指で火をつける。


 瞬く間に漂う煙の匂いに、エリーゼは口元を覆いジェイコブを睨む。


「ラトス。やはりこの方は誠実といえないわ」


「誠実ねぇ。俺のようなドブネズミには、確かに縁のない言葉でさあ」


「エリーゼ様。あまり失礼なことを仰らないでください」


 これから行う無謀な頼みを通そうとするならばなおのこと。

 あれだけ会うのを楽しみにしていたというのに、いざその場になれば露骨に遠ざけようとする。

 エリーゼの男性嫌いは思っているよりも根深いのかもしれない。


「ところで、ラトスはこの人とどんな商談をしていたの?」


「あー……それ、聞いちゃいます?」


 痛手を突かれた、とラトスたちは顔を見合わせる。

 あまり公正とはいえない、しかし違法ではない行い。だからこそ説明には細心の注意が必要となる。


「この国でおそらく俺たちオーメルン家しか所有していないものがあります。それを買わせてほしいと持ち掛けられまして」


「オーメルン家しか持たない……まさか」


 察しがついたのか、エリーゼはたちまち険しい表情を浮かべる。

 観念したように、ジェイコブは至って軽い口調でいう。


「そうです。俺ぁ旦那の家から身元不明、あるいは引き取りを拒否された死体を買い取ってたんす。もちろん商人の仕事でなく、裏稼業としてね」


「……そ、それは不当な商売にはならないのですか」


「なりません。身元不明、もしくは引き取りを拒否されたご遺体はオーメルン家によって処理するものとし、その手順についてはこちらに一任されています」


「そ、そもそも! 死体を欲しがる人なんて!」


「いるんですよねぇこれが。お隣の魔術国家ダリアには世界最先端の研究を進めている魔術師がわんさかいる。人間の死体すら実験材料にするようなイカした連中ですよ」


 食い下がろうと口を開くがもう反論の手札は持ち合わせていないようで、浮かない顔のまま俯いてしまう。


「まあ俺だって稼ぎたくてやってることなんで、そういう趣味があるとかじゃねえですよ」


「そ、そう……なんですね」


 誰も彼もが綺麗な商売をしているわけではない。

 もっとも彼ほど怪しい商材を取り扱っているのも稀ではある。


「で、旦那。今日はどんな御用ですかい。まさか嫁っ子を見せるためだけじゃねえですよね」


 そう。本題はここからだ。

 いよいよ国境越えの鍵となる交渉が始まる。

 和やかな空気を振り払い、ラトスは真剣な面持ちで言う。


「率直に申し上げます。俺とこちらの王女、エリーゼ・フィル・ロスィカの国境越えに手を貸してください」

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