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死神に春が降る  作者: 永ノ月
3章 風の行方は誰も知らない
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罰を与える

 エヴァート歴一一五五年。十一月二十九日。

 エリーゼ・フィル・ロスィカ第二王女が処刑される。そのはずだった。


 誰もが予想できなかった結末を迎え、王都は混乱に陥っていた。

 逃げるだけならまだ悪役としてでっちあげることができた。しかし王女殿下は逃げるだけでなく、民の心に火を灯していったのだ。


『革命』


 誰もが一度は考え、歴史上でも大きな転換点でありさまざまな国で前例がある。しかし誰も自分からは実行しようなどといえない。


 国家反逆は即極刑。忘れようもないロスィカ王国の常識である。

 しかし、憎むべき王族の血を引いた娘がその言葉を口にした。多くの民に訴えかけた。

 もはや王族ですらこの国の腐敗を嘆いているというのに、我々はいつまでも搾取されるだけでいいのだろうか。


 衛兵含む政府の間には物々しい緊張感が漂っていた。ただ王女殿下らに逃げられたからというだけではない。

 今までに見たこともないほど、王都の民たちに憎悪の色が滲んでいた。


 革命が起こるかどうかではない。いつ起こるのか、それが問題だった。


 旧陸軍基地。現在のロスィカ軍総本部では連日会議が行われ、革命の予兆がないか巡回と報告を。別の班では王女殿下らの捜索に注力していた。


 張り詰めた空気が漂う中で、のらりくらりと廊下の真ん中を歩く男がいた。

 周りの疎ましい視線はいざ知らず、ノックもせずに捜索班の扉を強引に蹴り開ける。


「よーお。捜索は順調ですかい」


「貴方様……いや、今はただの荒くれ者だったな。ゼタ」


 指揮を執る初老の男は相も変わらず無礼な態度を取る青年に苦言を呈す。

 ゼタ・バーディア。軍の人間でその名を知らない者はいない。


 バーディア家は先祖代々ロスィカ陸軍の総指揮官として多くの戦果を挙げてきた。文字通りこの国の絶対の盾とされるバーディア家の長男。

 戦争のないこの時代でも軍人として成功を約束されていた。それがゼタという男だ。


「ゼタ、貴様何をしにきた⁉」


 真っ先に噛みついたのは指揮官の隣に立つ青年。まだ垢抜けない様子の彼にゼタは嬉しそうに手を振った。


「これはこれは愛しの弟よ。随分背が伸びたなぁ、兄よりでかくなるとは生意気な」


「貴様を兄だなどと思ったことはない。この外道が!」


 へらへらした調子で近づくゼタを強引に振りほどき、他の衛兵に抑えられてもなお鬼のような形相で睨んでいる。

 殺意すら感じる気迫も受け流し、話を進める。


「今はどこ探してんだ。まさか森や採掘区とかじゃねえだろうな」


 彼の邪推は的中していた。彼女らの隠れそうな場所をしらみつぶしに探せば見つかると、そう考えていた。

 指揮官は眉を潜めて答える。


「人目につかない場所から探す方が効率的だ。わざわざ人の多いところに行くなど、見つかりに行くようなものだ」


「民には探せなんて言ってねえだろ。王都はともかく、郊外の民なんか王女殿下の顔すら知らねえだろうが」


「万が一逃げ続けたとして、このロスィカ王国内から出ることはできんよ。国境は厳重に管理され、変装偽装は通用しない。身一つで逃げ出した彼女らに、何ができる?」


 嘲笑うように男が言い、衛兵もまた嘲笑を浮かべる。

 しかしゼタだけは苦虫を嚙み潰したような面持ちで言う。


「じゃあオマエらには一生見つけられねえな。あいつは頭がいい。ロスィカ人よろしくの固さはあるが、貴族の出にはない庶民的な発想もある。おまけに聡明な王女様……本当に逃げ切れる可能性はゼロなのかよ」


 しんと静まり返る部屋。重くなる空気を吹き飛ばすように弟はまた怒鳴る。


「じゃあ貴様は王女殿下の行く場所を知っているのか⁉」


「知るわけねえだろ。でもお前らよりは早く見つけられると思うぜ。あっそうだ」


 手を叩き、名案だといわんばかりに高らかに言う。


「俺が代わりに王女殿下をとっ捕まえてくるから人貸してくれねえか? 指揮は得意だぜ。なんたって名門バーディア家の血を引いてるからなぁ」


「ならば何故家を出た。貴様さえもっとしっかりしていれば、俺は」


「なんでかって? 笑わせんなよ。クソ親父の言いなりにならねえためだよ。今のオマエみてえにな」


「貴様ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 抑える腕から抜け出し、ゼタに向かって一直線に殴りかかる。

 それをゼタは──瞬く間に、彼を宙に浮かばせていた。


 何が起きたのか。何をしたのか。その場のほとんどが呆気に取られている。

 ただ、ゼタが卓越した体術の持ち主であることを知っている人間だけが状況を理解している。


「貴様の、貴様のせいで僕はこんなに苦労してるんだ! なのに貴様はいつまでも野良犬みたいにふらつきやがって! 殺してやる、絶対に殺すからな!」


 なおも言葉にならない叫びを鬱陶しく思ったゼタは、彼の頭を強く蹴り飛ばし無力化した。


「バカばっかりだ」


 ゼタは舌打ちとともに騒然とした会議室を後にする。


 怒りをぶつけるが如く扉を閉め、勇み足で廊下を進む。


「カーローンには……行かねえだろうな。あっちには先がねえ。なら間違いなくダリアだ」


 ゼタは処刑台での一部始終を見ていた。

 信じられなかった。あのラトスが情で動かされた。

 氷のように冷たく、冬のように誰にでも厳しいあいつがだ。


 有り得ない。有り得ない。有り得ない……許せない。


 理由を問わねばこの怒りは誰にも収められない。止めさせはしない。


「待ちなさい」


 誰もが遠巻きにしていた中、たったひとり彼に声をかけ、さらに目の前に立ち塞がる。

 ゼタは不機嫌を全面に出すが、よく見れば彼女は面識のある人物だった。たちまち笑顔を作ってわざとらしくお辞儀をしてみせる。


「このような場でお目にかかれたこと光栄にございます。噂では妹君の処刑で塞ぎこんでいたと聞いていたのですが。第一王女様がこんなしみったれた汗臭い基地にどんなご用で?」


 由緒正しいロスィカ王家の赤髪は長く一つ結びにしてまとめ、肌理の細かい雪のような肌が覗く。

 服装はもちろん表情に宿した気迫が違う。全身からオーラでも出ているかのような覇気を纏う女性。


 シャルル・ハイネ・ロスィカ。

 王位継承権第二位でありながらその才覚は怠惰な兄を凌駕しており、何十代ぶりの女王になるだろうと囁かれている。

 彼女を前にしてもゼタは相も変わらずだらしない立ち姿を貫く。


「さきほど会議室で話されていたこと、失礼ながら立ち聞きさせていただきました」


「すみませんねぇ。誇りあるロスィカ本軍がちんたら妹君を探しているせいで、気が気でないでしょう」


「本軍は本軍のやり方で結構です。私は私のやり方で妹を探しますので」


「で、やり方ってのは、本家を追放されたならず者に力を借りようってことですか? 随分大胆なお姫様でいらっしゃる」


 シャルルの鋭い視線がゼタを刺す。普通の人であればその圧で四肢をへし折られるような緊張感がある。

 だが相手は怖いもの知らずの異端児。周りの空気がだんだんと冷えてきていることにも気づかないふりをしている。


「ゼタ。貴方はあの死神と面識があるのでしょう。そんな言い方をされていました」


「ええ。唯一無二の親友にございます」


「ならば、行き先に当てはあるのですね」


 当然だといわんばかりに肩を竦める。対するシャルルはひとつ息を吐き、踵を返す。


「兵をいくらかお貸しします。必ず妹を連れ帰ってきてください。くれぐれも、死傷させるような真似は絶対に許しません」


 それだけ言って、シャルルは足早に廊下を去っていった。

 不明瞭だった計画が急激に現実味を増し、ゼタは言い得ない高揚感に包まれていた。


「待ってろよラトス。仕事を放棄した罰は、このオレがきっちり与えてやる」

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