鳥かごの中は
「君は死神の代行者だろう。ラトス・オーメルン」
ナイフの切っ先とラトスの顔を交互に見る彼は明らかに怯えていた。
この程度で怯えるのなら兵士ですらない。しかし死神の代行者の素顔を知っている人間は限られてくる。
「陸軍関係者であれば今すぐに処理する。答えろ」
「無礼な。僕はエンデン・アールハイド。この姓を聞けば誰かわかるな」
アールハイド工業。
国内最大の鉱石産業及びインフラの一部を管轄する大企業。国内でその名を知らない者はいない。
彼はその子息といったところか。
無駄に高価な装飾、そして人を見下す傲慢な態度。典型的な貴族の子どもといえる。
しかし相手が誰であれナイフは下ろさない。
彼の背後に映る私兵らしき者たちへ牽制の眼差しを送る。
「用件はなんだ。先を急いでいる」
「先にそちらが答えてもらおう。なに、正か否かで答えられる簡単な質問だ。ラトス・オーメルン。君は自分が逃げるためにエリーゼを人質に取ったのか?」
まったくの否だ。寸分も当たってはいない。
しかし確かに、傍から見ればラトスが彼女を攫ったようにも解釈できる。
どちらかといえば今は彼女が引きずり回している、といった方が近いかもしれない。
首を横に振ると、エンデンは続ける。
「では、エリーゼは近くにいるのか」
それには答えない。仮にいると答えれば辺りをしらみつぶしに探し、数にものを言わせればラトスたちはひとたまりもない。
だが否定したところで素直に信じてくれるような様子ではない。
つまりどう答えようと、エリーゼが近くにいることは既にバレている。
沈黙を貫くと察したか、呆れ混じりに鼻息を吹かす。
「まあいい。別に君らを殺しにきたわけじゃない」
僅かにラトスの眉が動く。エンデンもまた引きつった笑みを浮かべる。
「信用できない」
「昨日の演説を聞いたんだよ。やはり彼女は素晴らしい、僕の妻にふさわしい女性だよ」
ふざけているのか。気味の悪い薄ら笑いに苛立ちを覚え、ラトスは一歩近づく。
「本当さ。僕は幼少期からエリーゼと交流があった。婚約者候補として毎年誕生日パーティにも呼ばれていた。疑わしいなら本人にも確認してくれ」
「目的はなんだ、と訊いている」
「わかったわかった。まったく、これだから人殺しは」
間髪入れずエンデンは揺さぶりをかけてくる。
しかし長話は不要だといわんばかりにラトスは先を促す。
「俺はエリーゼ様を護ると誓った。今更他の人間に仕事を丸投げするほど無責任ではない」
「へぇ。一端の近衛にでもなったつもりか? しょせん首を斬ることしか能がない、衛兵以下の君が彼女を守れるとでも? 僕はもっと安全に彼女を守れるのに」
ラトスの眉間のしわがほんの少し緩む。
それを見てかエンデンの表情に余裕が生まれる。
「僕はエリーゼを安全な場所へ……つまり僕の別荘に招待するのさ。そこなら衛兵は入ってこないし追われる心配もない。今衛兵に見つかれば間違いなく生き残る選択肢はないよ。それくらい国王様はたいへんお怒りになられている」
嬉しそうに語るエンデンを見据える。彼は嘘を吐いていない。長年罪人と相対して培ってきた観察眼でわかる。
だがそれ故に厄介だ。理由こそ読み切れないが、彼はエリーゼを手中に収めようとしている。
「外の世界は危険だ。愛すべき小鳥に鳥かごを用意してあげるのは飼い主として当然だろ?」
「エリーゼ様を捕えてどうするつもりだ」
「ああ、かごという表現はよくなかったね。約束しよう。大人しく僕にエリーゼを引き渡してくれれば君にも最大限の礼を尽くそう。そうだな……君も僕の別荘で雇ってやろう。用心棒くらいはできるだろ」
命は狙われなくなり逃げる必要もなくなり、今抱えている問題がすべて解決する。
エンデンの提案は理に適っている。考えずともわかる。
「ここまでよく逃げた。あとは僕に任せてほしい」
エンデンが手を差し伸べる。輝いてすら見えるその手に、ラトスは……
「エリーゼ様の意見も聞きたい。それから決める」
どこまでも疑り深く冷静に物事を俯瞰する。
徹底したその姿勢にエンデンは隠しきれない嫌悪を顔に出す。
視線が交錯すること数秒。彼は再びしたり顔を作り、言う。
「今日の夜零時に二人で来てくれ。宿泊費は僕が事前に払っておこう」
くしゃくしゃの紙を手渡し、エンデンは足取り軽やかに路地へと消えていった。
生き抜く上でもっとも安全な方法であることは間違いない。
これからどこへ行っても命を狙われるのなら、彼の庇護下にいた方が懸命だろう。しかし……
さまざまな憶測が頭の中で飛び交う。
呑気に消えていった彼の影を睨み、ラトスは呟く。
「そこにエリーゼ様の自由はあるのか」




