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死神に春が降る  作者: 永ノ月
2章 自由を探す旅
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救いきれない者

「ラトスは取引? が上手なのね」


 足早に店を去るなり、エリーゼは上ずった声で問うてくる。

 彼女が慈悲を訴えなければもっと取れたのだが。そんなぼやきを飲み込んで、代わりに小さな溜め息を吐く。


「いえ。実践は初めてでした。以前商学の先生に、俺は商人に向いていると言われたことがあります。あながちお世辞ではなかったのかもしれませんね」


 本当は正規の値段で買い取らせたかったが、大事になれば困るのはお互い様である。

 すっきりしない気分は隅に避けておき、当初の目的であった路銀の調達は済ませた。


 あとは衛兵の目を潜り抜けてサンドマートに向かう。王都に近いローフラッドからは一刻も早く抜け出すべきだ。

 なのに……エリーゼの視線の先を見て、思わず溜め息が漏れる。


「あまり感情移入しない方がいいですよ。その方が楽なこともあります」


「い、一枚だけでいいの。それに、あんな子どもたちを見捨てるなんて……」


 三十六枚入った袋から一枚だけ摘まみ、ぎゅっと握り締めるエリーゼ。

 彼女が底抜けに優しいことは十分理解できた。これも王族の精神であり、間違いなく美徳だ。


 しかし今の状況は予断を許さない。あくまで善意で動く彼女を説得するには骨が折れるが、時に酷な選択もしなくてはならないと知ってほしい。

 その一心でラトスは足を止め、膝を折ってエリーゼと視線を合わせる。


「では、ここにいる子どもたちに配ったとしましょう。その話を聞いた近隣の人たちにも、同様に配らなくてはいけなくなります。そうなれば、せっかく売った俺の剣は鉄貨一枚も残らないでしょう」


「でも、何もしないよりは……」


「中途半端な偽善は、慰めにはなっても救済にはならないのです。一人を幸福にしてそれ以外には恨み妬みを与える。それでは今の政治体制と変わらないのではありませんか」


 一部の貴族を優遇し続けた結果、手の施しようのない格差を生んでしまった。

 それを失くそうとすれば今までいい思いをしてきた、権力ばかり持った貴族は当然反発しあの手この手で廃止する。


 ならば最初からなにも与えなければいい。そう言いたかった。


「そう、かもしれない……それでも」


 金貨を戻してラトスの前へと飛び出す。足の向く先には子どもが集まって遊んでおり、エリーゼが身をかがめて話をしている。


 しばらく様子を見ていると、やがて子どもの輪に混ざって一緒に遊び始めた。

 地面に描かれた輪っかの中に飛び移り、落ちたら負けらしい。ふらふらと足をもたつかせながら、子どもたちと戯れている。


 彼らもまさか、遊んでいる相手がこの国の王女様だとは思わないだろう。

 あっという間に馴染んで笑い声を上げ、大盛り上がりで遊び始める。なんて順応性の高さだ。

 子どもたちの楽しそうな声が響く中、ふとエリーゼがこちらを見やる。


「ラトスも来て! 一緒に遊びましょう!」


「いえ。俺は結構です」


 先を急いでいるというのに、何故見ず知らずの子どもと遊ばなくてはならないのか。

 そもそも子どもとの遊び方など知らない。ぴしゃりと拒絶するが、エリーゼはまた子どもたちを集めて頭を寄せ合っている。

 かと思えば今度はじゃんけんをし、勝ったらしい者が一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。


 しばらく様子を眺めていると、ひとりがラトスに触れられる距離までやってきた。エリーゼを一瞥すると、手を出して、と身振り手振りで伝えられる。

 仕方なく手を出すと、子どもは勢いよくラトスの手を叩き、そのまま走り去ってしまう。


 ……もしかすると、いつの間にか遊びの道具にされていたのか?


 すべての子どもと手を叩き、最後にエリーゼがやってくる。


「確かに私ではこの町の、ロスィカの民を救うなんてできないわ。でもねラトス、それでも理解しようとすることを止めてはいけないと思うの。止めてしまえば、やがてこの声も聞こえなくなってしまうから」


 エリーゼの見据える先には一緒に遊んでいた子どもたち。先ほどより一層楽しそうに笑っているように映る。


 もしかすると、彼女は本当にすべてを救えるのかもしれない。

 純粋な善意の持ち主であり、なにより人を惹きつける不思議な魅力を持った人だ。


 だが……美学はやがて人を狂わせる。綺麗事だけではいつか悪意ある者に食われてしまう。


「まあ、言っても変わらないでしょうが」


「なに? なんの話?」


 彼女にはまだ自分を守る力がない。必要なのは悪意を退ける頑強な盾……少なくとも今は、ラトスがならなくてはならない。

 なんでも、と目を逸らすと──ほんの一瞬、視界の端に影を捉える。


「エリーゼ様。もう少し子どもと遊んでいてもらえますか。質屋に忘れ物をしてしまって」


「あら。ラトスもうっかりすることがあるのね。わかったわ」


 エリーゼを横目に素早く離れ、曲がり角めがけて袖からナイフを取り出し、突きつける。


「ま、待て。僕は敵じゃない」


 両手を挙げて後ずさるのはラトスよりも背の高い、やけに派手な鎧を纏った少年だった。

 顔つきからして年下。エリーゼと同じくらいだろうか。

 いきなりナイフを出されて恐怖を滲ませる男はやや上ずった声で問うてきた。


「君は死神の代行者だろう。ラトス・オーメルン」


 随分と久しぶりに呼ばれた気がする名前に眉が吊り上がってしまう。


 彼は敵か。それとも味方か。

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