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死神に春が降る  作者: 永ノ月
プロローグ
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プロローグ


 処刑台で人の首が飛ぶ。


 鮮血とともに宙を舞う様を見て、民衆は興奮混じりの悲鳴を上げる。


 一刀両断してみせたのは、無表情が描かれた白い仮面を付けた黒衣の死神。


 ロスィカ王国に残る伝承のまま、真っ白な顔と全身を覆う漆黒のローブ。そして同じ色の黒い刃渡りをした剣で、罪ある人間の魂を地の底へと還す。


 それが死神の現代行者──ラトス・オーメルンの仕事である。


 処刑台を降り、溜まっていた息をゆっくりと吐き出す。

 入れ替わるようにして上がっていく死体処理班たちの背中を眺めていると、法務を取り締まる役人がやって来る。


「お疲れ様です、死神様。本日はもう一件予定が」


 言い切るよりも先に、大声を上げる男の声がだんだんと近づいてくる。

 不快そうに声の先を睨む役人を制し、ラトスが歩み寄る。


「ええい離せ、離さんか!」


 両手を拘束され背中を押されながら歩く男を一瞥する。


 無精ひげに肥え太った身体。みすぼらしい罪人服の上からでもわかる、如何にも怠惰を貪った体系。


 男は仰々しい立ち姿の死神を視線で捉えるなり鼻で笑う。


「お、お前が死神か。遠くで見るよりもずいぶん華奢だな」


 ラトスは一切の反応を示さない。男は顔にしわを増やしてもう一度問うた。


「人を殺すのはさぞ気が重かろう……そうだ。この処刑でお前はいくらもらえるんだ? 俺がその倍は出してやる。悪い話じゃないだろう」


 不敵な笑みを浮かべる男に対し、凛とした中性的な声で答える。


「ウィット・アールハイド元議員。

 五年前に貴殿が買い取った採掘企業で横領に関与したとして実刑。

 そして今回は隣国ダリアに規定以上の宝石を繰り返し輸出していたと密告を複数受け、法務機関の厳正なる審査の結果極刑と判断し、本日これを執行致します」


「違う! それは他の貴族どもに嵌められただけだ、俺は何もしていない!」


 闘牛のような暴れ様に衛兵はよろめき倒される。

 必死に縋りつく彼に対し、黒い剣身を首下でぴたりと止めてみせる。


 凍り付きそうな空気が漂う。沈黙を嫌って男は口を開く。


「お前は何人もの命を奪ってきたのだろう。まったく、恥ずかしくはないのか」


「質問の意図がわかりません」


「死神様は魂をあるべき場所へと還す。しかし、王族貴族のいいなりであるお前はどうだ。本当の罪人ではない、いわれのない無罪の人間を殺す貴様は殺人鬼と何が違う?」


 ゆさぶりをかけている。

 たとえ死神の役を演じていたとしてもやはり本質は人間。人を殺めることに罪悪感があるはずだと考えた。


 剣を僅かに下ろした瞬間、男は死神へ全体重をかけての体当たりを仕掛ける。


 だが次の瞬間にはラトスが背後を奪い、態勢を崩した彼の頭を掴んでいた。


 諭すように、いうことを聞かない子どもに静かに語りかけるように、冷淡に告げる。


「罪状の是非は俺の仕事ではありません。死神の代行者としてこの処刑台で貴殿の首を斬る。それだけです」


 死神が語るのは現実のみ。

 そこには同情も哀れみも感じさせない、ただ決められた命令に則って動く操り人形のように。


「お前には、心というものがないのか」


「俺の仕事に必要だと思いますか」


 男は察する。

 どれだけ足掻こうと、この死神を前にした時点ですべては無駄な足掻きになるのだと。


 のそのそと処刑台に上がり、然るべき場所に首を置く。

 背後から静かに姿を現す死神に、民衆は期待の声が漏れる。


 周囲の様子など気にする素振りもなく、定められた処刑の手順を執り行う。


 片膝をついて首を垂れる。

 衣擦れの音とともに立ち上がり、携えた剣の柄を撫で、音を立てずに抜く。


 狙いを定め、剣を振り上げる。


「死神の名において、貴殿の魂を地の底へと還す」


 伝承曰く死神は死者の魂を管理し、生を全うした魂は世界を巡り循環する。

 しかしなんらかの罪を犯し汚れた魂は、死神のいる地底へと送られ、厳しい罰を受けるとされている。


 ──これは呪いの言葉。罪人に対する最期の情けであり、死神の祝福でもある。


「このバケモノが! お前のような人間が! ひ、人を殺してい──」


 言い切るよりも先、頭だったものは鮮血とともに宙を舞った。

 剣筋はただ一点のずれもない。首は元あるところに戻ろうとしているかのように処刑台に落ち、血しぶきも大きく広がらないよう加減されている。


 視界の端で無事成功したことを確認し、処刑台を降りる。


 オーメルン家によって作られた完璧な死神。ラトスもまたその業を受け入れている。


 仮面の奥に宿す瞳にただ一つの淀みはなく、一筋の光すらない。


 仮面の中を見られてはならない。

 失敗は許されない。

 同情などもってのほか。


 それがロスィカ王国で崇められる死神のあるべき姿であり、ラトスの信念だった。

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