【第1話 空を飛んだら、村が消えた】
俺の名前は佐藤太郎。
二十五歳。独身。残業百二十時間。
昨日まで東京のブラック企業で「資料、今日中に!」と叫ばれながらコーヒーこぼして死んだ。
……いや、死んだはずだ。だってトラックに轢かれたんだから。
なのに。
「うわっ!?」
目を開けると、そこは見知らぬ草原だった。
空は青すぎる。雲が近すぎる。鳥がデカすぎる。
そして――
「ようこそ、異世界エルドラドへ! 勇者さん♡」
目の前に立っていたのは、金髪ロングの超絶美少女。
白いワンピースに羽が生えてて、頭に光輪。
完全に女神だ。俺の脳内で「ステータス画面」が開きそうになる。
女神はニコニコしながら、片手にブーツをぶら下げていた。
黒革。ハイカット。ソールが妙に厚い。
見た目は普通のワークブーツだが、表面に謎のルーン文字が光っている。
「これがあなたのチートアイテムです! 履いて走って飛んで蹴って、世界を救っちゃってくださいね♪」
「……は?」
俺は思わずツッコミを入れた。
「いやいや、剣とか魔法とかじゃなくて? 靴? 靴だけ? しかも一足?」
女神は「えへへ」と舌を出した。
「だって、あなたの魂の波長にピッタリだったんですもん! これで無双できますよ~」
無双できるかボケ。
俺はため息をつきながら、仕方なくブーツを履いた。
……お?
足に吸い付くようにフィットする。まるでオーダーメイド。
ソールがビリビリと震えて、俺の足裏に熱が走った。
「じゃ、試してみて!」
女神が手を振る。
俺は軽く屈伸してみた。
そして――
「せーの、ジャンプ!」
ドン!
世界が歪んだ。
足下の草原が一瞬で遠ざかる。
雲がすぐそこに。
風が耳を劈く。
俺は空を突き抜けていた。
「うわあああああああああああああ!?」
高度は軽く千メートル超え。
下に見えるのは小さな村。
そして俺は落下し始めた。
「やべえええええええ!」
ブーツが勝手に光る。
足がビリビリ。
まるでロケットエンジンだ。
ズドォォォォン!!
着地の瞬間、衝撃波が広がった。
――数秒後。
俺は巨大なクレーターの中心に倒れていた。
直径五十メートル。深さ十メートル。
村の井戸は跡形もなく消えていた。
近くの家は屋根が吹き飛び、村長の髭だけが宙を舞っている。
「……あれ?」
立ち上がると、ブーツはピカピカのまま。
俺の服はボロボロだが、怪我一つない。
村人たちが遠巻きに俺を見ていた。
「お、お前……魔王の先遣隊か!?」
「井戸が……我が家の井戸がぁぁぁ!」
「村長の髭が……!」
俺は慌てて手を振った。
「ち、違う! 俺、勇者……いや、召喚されたばかりで!」
すると、村人の中から一人の少女が飛び出してきた。
茶髪のポニーテール。冒険者風の軽装。
腰に短剣を下げている。
「ちょっとあんた! いきなり何やってんのよ!」
少女は俺を指さして怒鳴った。
名前は後で知った。リナ。村一番の冒険者見習い。
「えっと……試しにジャンプしたら……」
「試しにジャンプしたら村が消えるわけないでしょ!」
確かにその通りだった。
俺はブーツを見下ろした。
まだビリビリ震えている。
まるで「もっとやれ」と囁いているようだ。
――こうして。
俺の異世界生活は、破壊神としてのスタートを切った。
次回、第2話
「ギルド登録したら、S級認定された。でも破壊神扱いされた」
(続く)




