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 正月はどうしよう、故郷へ帰ろうか、しゅんちゃんは元気にしてるだろうか、しゅんちゃんに会いたい。もし京都に行くとしたらしゅんちゃんに黙って行くのがいいかもしれない。 

前もって電話して"会いたくない"なんて言われるのが辛い、顔だけでも見れたらそれでいい、考えるとたまらなく逢いたくなり今すぐにでも京都へ行きたいだなんて。

正月の京都じゃ、もうホテルは無理だと思いながらしゅんちゃんに連絡してみたい気持ちはあるけどしゅんちゃんから何も言ってこないかぎり私たちは終わってしまっていることは わかりきっ ている。会いにきたことに迷惑し、嫌な思いをさせてしまう。そして会いに行ったことに後悔する。それもわかっている。言葉も交わさずしゅんちゃんの姿をひと目見て帰って来るだけでいいと思った。

 あの時 もっと 彼の立場を理解していたらこんなふうにはならなかった。 今更… でもあの時、 別れなければしゅんちゃんにはもっとついていけなくなる、 そんな気がして自分から離れるように仕向けたではないか、 とてもつらかった。 きっと今、彼女がいるんだろな、 別れた男のことを 思い悩んで落ち込んでる自分が情けなかった。

 会社に着くとりりこは来ていた。雪で滑って転んだって毛糸の手袋が濡れたのを見せてくれた。

「 ディスコ楽しかった?」

「 うん」

六本木のバーで今人気のタレントに会ってサインもらったって喜んでいた。

「いいなぁ」人が真剣に悩んでいる時にりりこったら、 悩みなどなさそうに見えるりりこが羨ましかった。

 伝票整理の合間「 ねえ 、 正月京都に行こうと思うんだけど」「 えーっ、彼んとこ?」しゅんちゃんと別れたことは 話してある。

「 ううん、ただ行ってみたくなって」

「 彼に会いに行くんでしょ?」

「うーん、 わかるかな? 女がひとりで行く京都って、 冬の京都もいいよ 」

本当は行ってみたくなってではない、目的はしゅんちゃんに会いに行くため、りりこはわかっていた。

「ホテルは予約したの」

「昼休み下の旅行センターに行こうと思って」

「大丈夫?今からだと無理なんじゃない ?正月の京都って人気だし」

「そうかもしれない」

以前からいつか行ってみようと考えていた京都行きだが、よりによって年末もあとわずかというときに、でもどうしても京都に行きたかった。 そうすることでこれからの気持ちの整理、もうとっくに別れているから気持ちの整理もないのに、おかしいくらいわかっているのに、まだなんとか少しの望みと言うか期待と言うかそういう思いを捨てきれなかった。

「りりこちゃんスキーに行くんでしょ?どこ?」

「 斑尾」

「いいね」

「 スキーも買ったし 、 ウェアーは姉のを借りてたけど新しくして、宿泊代やらでボーナスなくなりそう 」

話が弾むとつい声も大きくなり向かいにいる谷は仕事しながら聞いてることがある。聞いているというより聞こえている。そこで私たちはメモに色々書き綴っては交換した。

"谷さん話し聞いてるよ"

"やあね"りりこは書いてきた。

"スキー楽しんできてね"

" OK"

 昼休み、りりこは下の階に買い物に出た。

私はいつもより早く昼食を済ませ旅行センターへ急いだ。 もし行くことができるなら2泊はしたい、 無理かと思いながら聞いてみた。

「少しお待ちください」コンピューターの画面を見ながら調べている。「ホテルはどこにしますか」との係の問いに「できれば駅の近くがいいです」時計を見ては時間を気にする。

ちょうど駅近くのホテルが空いていて希望通り31日と元旦の 2泊が取れてた。とてもラッキーでこの調子でいくときっとしゅんちゃんにも会えて上手くいくのでは 、なんて楽観的になった。

 時計の針が昼休みを過ぎている。

「遅くなってすみません」

慌てて仕事に入る。

「どうだった?」

「ちょうどキャンセルがあってホテル取れたんだよ」

もう嬉しくてたまらない。 何着ていこうか美容院に も行かなきゃだし、 仕事中は嬉しさで頭の中が混乱していた。

 暗い空に太陽が差したような。 駅周辺の店を回りながら、なんたって久しぶり会う人だから 、なんて顔だけ見ればいいと思っているのにまだ会えるかどうか もわからないのに勝手に思い込んで進めている自分に惨めさも感じているが 京都に行けるという思いだけが 先走っていた。どの服にしようか、鏡の前で服を当ててみる、 やっぱりスーツがいいかなスーツならお店にも着ていけるし、 淡い小豆色のスーツ、これひとり旅にはどうかな、 色々考えたすえ店員のとてもよくお似合いですという無難な言葉で決めた 。

 外は冷え今朝の雪で道路がガラガラ凍っている。今夜は星が綺麗に澄み まるで星たちが微笑みかけているような…スーツを着て姿見を見て、やっぱり 髪も気になる。考えながら水槽に目をやると 錦鯉は静かに沈んでこちらを見ている。

この時期、餌はそれほど必要ないが留守にすると寂しがるかな、音楽も聴かせてあげれない。

たった数日のことだけどもしもよ、私が自殺でも考えたら、京都でね、ありえないことだけど もし万が一何かあったらどうなるだろうか「留守番頼むね」背中を丸め腕を組み、凍った道を避けるように 銭湯 へ向かう。 お湯をかけ静かに足を入れた。お湯が熱くて恐る恐る肩まで浸かると大きく息を吐いた。じわじわと温まってくる中 考えることはしゅんちゃんのこと、 話なんてできなくていい、離れたところから見てくるだけで、頭の中は俊ちゃんのことでいっぱいになっていた。銭湯を出ると一組のカップルとすれ違う。腕を組み楽しそうにして、あんな風にしゅんちゃんと歩いたこともあった…。

 京都に向かう日は朝から旅行気分で、よけいに詰めた鞄の中はしゅんちゃんの思いでいっぱいになっていた。

しばらく聞いてなかった曲を聴きながら仕事が終わると毎日のようにドライブに行ってたことが頭を巡らす。

 昼過ぎに予約した美容院に行くと店の中は結構な客入りで髪をカットしてもらいブローはプロ からしてもらった方が綺麗に仕上がる。 この店には素敵な美容師がいる。世間ではカリスマ美容師などともてはやされ、 女子にとって髪型はとても重要、髪型を変えてリフレッシュを求める。 いつも自分の思った通りに仕上げてくれて誰にでも笑顔で接してくれる彼は何歳なんだろうと思ったりする。 最近になって彼が薬指に指輪はめているのに気づく。自分と同じ向きにいるから右手か左手かわかりそうなものだけど鏡に映る時計の針と錯覚を起こしてしまう。彼のはめてる指輪が右手か左手か気になって仕方ない、それで彼と同じ側の手をブーケの下から出してやっと納得する。やはりいい男にはそれなりの人がいるのだ 。

 アパートに着き髪型をチェックする、それからは落ち着かず寒いからってホッカイロを持って行こうかって… 夜行バスの時間が近づく、コンコン「 じゃ行ってくるね」 錦鯉は勝手にすればっていう風にも見える。暗い夜道は慣れてるがそれに合わせて気分も暗い。

しゅんちゃんには連絡しないまま今日まで来てしまった から 。

それを 案じる かのように数日前の雪の塊が街灯に照らされ翳りを帯びていた。

 東京駅では帰省する人々が大きな荷物を持って待合室で静かに時間を過ごしていた。そろそろ人が動き始める。カセットテープを切ってイヤホンを外した。

バスの中に押されるように座席に着くと窓側に若い女性が座っていた。 茶髪のその子は小さなバッグを膝にのせ窓の外を見ていた。

冷たい暗闇の中をバスは動き出した。

24時をまわったころサービスエリアでバスは止まり自販機からココアを買って座席に置いた。 音楽も聞き飽きてイヤホンを外すといびきが聞こえている。みんな熟睡できるのだろうか、 いびきがこだまして眠れずにいるとタバコが吸いたくなった。 まだ温かいココアを開けて静かに飲む。うとうとしながら運転手が変わる気配でバスは動き出す。

しゅんちゃんに会うことができるだろうか、いったい今何時だろう、暗くて時計が見えない、見えなきゃ 無理に見る必要もなくイヤホンをつけしばらく目を閉じていた。

外は明るくなり、いびきもピークの頃に比べるとだいぶ治る 。 腕時計は6時5分を指していた。

 バスを降りるとどんよりとした空で 遠くは白濁の霞がかかっていた。ここがしゅんちゃんの住む京都。 この町の西も東も知らないのにとうとう来てしまった。 以前来たことのある山科という地名と周りの景色の記憶だけを頼りにして、 向かう場所もどっちの方向かわからない。これからどうなるのだろう、 あたりは静かだ 。

今日は大晦日 、 たった今降ろされたバスはいなくなり乗客たちも早々に消え、 ここから今晩泊まるホテルが見える。 ベンチに座りタバコを吸う。 ここで一人でいるのも…これからどうしよう、考える時間は山ほどある。

とりあえず荷物をロッカーに入れ身だしなみを整えた。 気持ち的にスッキリしたがスカートの座りジワが気になる。

ベンチに腰掛けタバコに火をつけた。

これから山科に行くのだがそこには彼の実家がやっている書店と薬局がある。

 それはこの京都行きがふたりの最後になるだろうと予感した日…あの日も寒い年の暮れだった。 彼の実家に案内されて少しの手伝いと手伝いといっても床掃きや陳列棚の整頓で大したものではなく、

新幹線で京都に着くと彼は駅に迎えに来てくれた。それから車に乗り鴨川を通り、 頭に残っているのは店と周りの風景で、 普段何をしてもしゅんちゃんへの思いが離れず、そんな思いつめた今回の行動だった。 きっとしゅんちゃんは店に入るはずだ 、なんて確かめもせず会ってしゅんちゃんを攻めたりするつもりはない。遠くから見て帰るだけで… 来る前まではそう考えていた。しかし今は会って話がしたいと… 食欲もなく、バスでの疲れもあり 自販機でコーヒーを買うと近くに置いてあるパンフレットを取った。

観光案内が乗っていてあの日しゅんちゃんと訪れた場所があり懐かしく見ていた。

 時間が経つにつれここら辺も次第ににぎやかになってきた。いつまでもここにいても始まらない 。 出かけなければ。行き先を駅員に尋ねると丁寧に教えてくれた。 切符を買いホームに出る。

風は冷たく時間までベンチに座って待つ間、 心が沈み不安になっていた。 以前来た時はしゅんちゃんの車だったからどう走ろうと気には止めていなかったがいざ来ても住所はわからず、しゅんちゃんがいるかだってわからない。そうこう考えてると電車が来て、乗る人もまばらで不安になってる重い体を後ろから無理やり押し込まれたような。車内を呆然と見渡し窓側に座った。

過ぎてゆく街を見ながら彼の所へつけるよう祈る 。

まったくもう、 住所もわからないのにこんなとこまで、自分でももどかしくて 、でももう引き返せない。

 山科についた。静かな駅だった。タクシーで行くなんて考えてない。 左右に 商店が並んでいる。何処を見ても見覚えがないままさまよっている。人に聞くしかないか…書店の前で立ち止まる。ここなら同業者だから知っているかもしれない。尋ねるとこのあたりにはそういう店はないという。しばらくいくと前方に積み荷を降ろしているトラックが目に止まった。 そこは薬局の前で店の人も出ている。 店の奥さんによるとここからだとかなり遠いようで忙しそうに積み荷を降ろしている運送屋のお兄さんに聞いてくれた。すると運送屋のお兄さんが まだ寄るところがあるけど それでいいなら乗せてくれると言ってくれた 。

「 いんですか ?すみません、よろしくお願いします」

とっさにラッキーとしか思えなかった。あーよかった。

店の人が見ている中 スタスタ とトラックの助手席に乗り込むとトラックは走り出した。

「あそこの店に何しに行くの?」

「 知り合いがいて1度来たことあるから大丈夫かなと思ってたら」

自信なく答えた。続けて「いろいろあって今日中に行かないといけなくて すみません場所を確かめておけばよかった」

「 どこから来たの」

「東京です」

「名前は何て言うの」

「 丘沢ひかえと言います」

彼はもう一度名前を聴きなおしてから「 誰かに会いに行くんだ、 大変だね」

結構色々聞いてきて、悪い人ではなさそうな気がした。 しかし乗せてもらったのはいいけどこのトラックはどこを走っているのかわからない。今更ながらこの人にこれから人寂しい山の中に連れて行かれたらどうしよう、 なんて心配で無口になっていた。 運送屋のお兄さんもそれからは無口だったので尚更そう思えた。

信号待ちになり、 店の店員を知っているような 言いかたで「 あそこには何人かいるけど… 」 運転中に顔を覗き込むようにして「 あー 、危ないからちゃんと前見てください 」 大晦日で交通量も多い中ハラハラした。

途中、 トラックを止めて伝票を持って降りるとまたトラックを走らせ忙しそうにしている彼に「 暮れの忙しい時にすみません」 恐縮する。

トラックはまだつきそうな気配はない。

この人わざと遠回りして何か危険なことを考えているのでは、 ひとけのない道に突然おろされたりはしないだろうか、不安で顔がこわばる。

「今日はどこに泊まるの」 そんな時に突然聞かれ、ついうっかりホテルの名前を言ってしまい後悔する。

 だいぶトラックに乗ってた気がする。トラックはゆっくり建物の脇に止まった。

「着いたよ」

ドキッとして 車の窓から周りを見たが ここだったっけ。

でももうトラックからすぐにおりたくて 、 さっきトラックが止まった時に用意していたお礼を渡そうと 助手席にお金を置いてトラックを降りた。

「 ありがとうございました、少しですがお昼食べてください」

一瞬 見覚えがなかったがこの場所でなかったとしてもここまで何事もなく 地面 に足をついていられることに心からお礼を言おうとしている時に運転席で彼は何かメモっている様子だった。

なんとかお金を受け取ってもらうことができこの時くらいである、彼の顔をまじまじと見たのは。彼が好みのタイプであったとしてもこの先、彼とアバンチュールなんて考えられない。

別れ際に彼は書いていたメモを半分に折って差し出した。その時に彼からの熱い視線を感じてトラックをあっという間に走り去った 。しばらく立ち尽くしたまま店の中に入る勇気もなくもらったメモを開いていた。 名前と電話番号が書いてあリ少し動揺した。 別れ際の彼の目は真剣に見えたから 。

 自分自身に危ない気持ちを起こさないよう、その場でメモを揉みくちゃにして道路脇の側溝に捨てた。メモにはパッと目を通しただけでしかし彼の名前だけが頭の中に残っていた。

店に入る前に周りを見る、ここだったっけ、この場所が本当ならしゅんちゃんはここにいるはずだけど 周りを見ながらゆっくり入り口に近づいた。 そうだ、ここだ、見覚えがある。

ドキドキしながら入り口から中を覗いた。

レジには店員がいる。

 時計は10時を過ぎていて入り口でモジモジしていると自動ドアが開いてしまった。

「いらっしゃいませ」

その声に中に入らざるを得なかった。

客 を装いながら店内を見て回る。もう一度レジの方をまわり 振り向いたがしゅんちゃんらしき姿はない。薬局の方に進むと白衣を着たおばさんが 客 に薬の説明をしている。このまま店を出るにも行かず、ゆっくりとひと回りした後2階に上がった。

このフロアには文房具が並んでいる。

何気ないフリをしてしっかり見て回ったがしゅんちゃんの姿はない。仕方なく下へ降りるとまた薬局へと向かった。

レジにいるおばさんと目が合い思い切って聞いてみた。

「 すみません丘沢といいますがこちらに矢野俊一さんいらっしゃいますか」

おばさんはニコニコしながらそして興味ありげな 顔をした。

「丘沢さん?」 

「はい」

「今日はやすんではります」

「そうですか」

すっかり覇気がなくなっていた。

「家に電話しますよって 」

「お願いします」

おばさんは壁の受話器に手をやりボタンを押した。

柔らかな京都弁で話している。そのうち電話を切ると「今日と明日と大津に出かけなはったようです」

「 いないんですか、どうもありがとうございました」

気が抜けたように一礼して店を出てきた。あぁ、来なきゃよかった。直ぐにそう思えた。 苛立たしかった。

 足早に逃げるようにして歩いた。通りの駐車場には今着いたばかりの車から男の人が出てくる姿がある。 すぐにしゅんちゃんのお父さんであることが前に会っていたのでわかった。

私のことなど気に留めることなくすれ違う。

さっきまではとても懐かしいくらいのここら辺だったが一変して気持ちが変わった。顔だけでも見れたら、欲を言えば会って話が出来たらなんて… もうここへは二度と来ることはないと思った。今考えれば彼と出会った時からこうなる運命だったんだと 、 涙が出た。

 しゅんちゃんの顔がチラつく、早く忘れよう… それから一目散にかなり歩いた気がする 。会いたかったのに、顔が見たかったのに、おかしくて切なくて溢れる涙。冷たい風に煽られ傷ついた心をなお冷たくし た。大きく溜め息をついた。

途中でタクシーを拾い、 一点を見つめながら 気持ちが宙に浮いたようにぼーっとして瞳が潤んだ。 そうだね、これでうまくいくなんて話ができすぎている。逢いたさばかりが先に来て、急に京都に行こうと思い、年末だからホテルなんてどこもあいてないと思っていたらキャンセルがあり、 目的地まで少々ハラハラしたけど来ることができた。

その上しゅんちゃんに会うことができるなんてそんなにうまくいくはずないもんね。

この日のために洋服を買い髪まで綺麗にしてきたけどなんだかおかしいね。本当にお笑いだね 。ショックは大きかった。

駅でタクシーを降り 冷えた風が頬を撫でた 。

気持ちはいくらか落ち着いてお腹も空いてきた。 なんかあったかいものが食べたい。

京都に来ることが 決まって 以来、そわそわしてろくに食べていない。 年末のにぎわいの中 、紺色の暖簾が見え湯豆腐と書いてある。風邪に揺れてる暖簾が" ひかえちゃんさあどうぞ"と言わんばかりに空腹を満たしてくれそうで、とにかく身も心も寒いから温かいものが食べたかった。暖簾をくぐると古めかしくも落ち着いた雰囲気の店で昆布と鰹の効いたお汁に風味のある豆腐は芯から温まった 。

テーブルのメニューを見ると"にしんそば" と書いてある。

 あの日 …彼の家に案内され、その夜頂いたのがにしんそばで初めて食べたにしんそばはとても美味しかった。その後ふたりで夜の京都を走り抜けた。あーっダメ、思い出すと涙が出てしゅんちゃんに会えなかった無念さがこみ上げてきた。

 気分を紛らわそうと土産物を見て回った。

気がかりなことがある、それは運送屋の彼のこと。

ホテルのロビーで待っていたりはしないだろうか、部屋まで来たりはしないだろうか、とても会う気にはなれない。

ホテルに着くと辺りを見ながらフロントへと向かう。部屋に入り窓の外を眺め 街に灯る明かりをしばらく見ていた。

 タバコを吸い大きく煙を吐く。しゅんちゃんに会えなかったことが切なくてベッドに顔をうづめた。

 明日もまたしゅんちゃんのいない京都にいることが耐えられなくなっていた。早く帰りたくなって今からでも帰ろうか、 2本目のタバコに火をつけた。この夜は部屋から1歩も出ることはなく、そして京都に来た1年前のあの日のことが頭を巡らしていた。

 夜の京都を抜け 神戸へ向かう途中、初詣で賑わう人たちを見て車を停めた。近くには神社がありあまりの人の多さにしっかりとしゅんちゃんの腕に捕まり歩いていた。

 神社でふたり並んでお参りをし、あの時しゅんちゃんは何を参ったのだろう。肩を並べて歩く姿を思い出している自分が哀れだった。あの時ふたりとも別れの言葉は口にしなかった。どこにでもいる恋人同士を装っていたようにも思える。これからのことお互いに口に出さなかったが傷つくことを口にしないでいるのがつらかった。

何もかも言いあったった方が良かったのか 、そしてあの時彼の家を目の当たりにして自分にはふさわしくないということがわかり、もうこれ以上しゅんちゃんには近づかない方がいい、しゅんちゃんには相応しい女性がいる。きっと彼もそう思っているに違いない、プロポーズもされてないのにそんなことを真剣に考えた。

これくらい聞いてもよかっただろうか「私のことどう思ってるの?」      この夜は眠ることができず、たまにベッドから降りタバコを吸う。これからしゅんちゃんのことは心の中に良い思い出として無理に忘れようとしなくていい 、忘れられない彼と出会えたことに、これからはそう思うことにした。

 夜が明けると外は真っ白だった。

ホテルは正面が広い庭になっていてここから 見下ろすとすでに誰かがつけたとみられる足音があり、子どもの姿も見える。

白い絨毯が敷かれた朝は嫌なことは何もかも埋め尽くしてくれた新しい出発の朝のようだった。気持ちの整理がついた。

それからは魔法にかかったように眠ることができ気が付くととても良い目覚めである。ココアが飲みたくて下に降りると 通路 には、外から来たばかりの若いカップルが雪の感触を楽しんできたんだろうか、 冬の京都はふたりに良い思い出になるんだろうな、なんて余計なことを考える。

 ふーっとしてココアの甘い香りをすする。

これからの予定を考えた 。

もうしゅんちゃんを訪ねる気はない、部屋に戻るとベッドに仰向けになりやっぱり来るんじゃなかったかな…アパートを出る時の錦鯉のそっけない顔、彼らには何もかもわかっていたような、これでいいの、もうこれで… 。

 コートを着てフロントに鍵を預けた。気のせいかフロントの人が顔を伺ってるようにも見える。それもそのはずで昨夜はシャワーを浴びてちょうどバスルームから上がった時、電話が鳴った。

もしかしてあのお兄さんかもしれない。

そんな想いとともに受話器を取った。

「こちらはフロントでございます丘沢様でしょうか」

「はいそうです」

「先ほど男性の方で横尾様からお電話があり外出しておりますと、お伝え致しました」

すぐにあの運送屋のお兄さんだとわかった。

 昨日重い足でチェックインしたとき誰からの電話でも外出してると言って電話を繋がないようにとフロントに伝えておいた。

ホテルに着いて早々にそんなこと言うもんだから…でもホテルの人達は客の申し入れをちゃんと聞いて、顔の表情ひとつ変えず対応してくれるので有り難い。

あの時ホテルを教えたりしてもし相手の気持ちをそこないでもしたら今頃こうやっていれただろうか…なんてサスペンスの見すぎである。お兄さんにはとても感謝している。 軽はずみに会って彼が本気だとしたら彼を傷つけてしまうだろう。

 ホテルを出て駅の方に向かった。雪は降りそうにないような、そんな薄日がさしている。空に向かい大きく深呼吸した。

駅には市内の観光をコースごとに案内してくれるバスが並んでいる 。バスの屋根に積もった雪、その時の気分次第で 雪にも趣がある。 今日のこの白い雪は心を妙に落ち着かせていた。

この気持ちはなんなんだろう。

諦め…吹っ切れた気持ちにここに来て良かったんだと思えるようになっていた。観光バスに乗った。

周りの風景を見逃さないように窓際に座る。

バスに揺られながら…大津へ行ってるって言ってたけど彼女と一緒かな、きっとそうかも… またしゅんちゃんのこと…無理に忘れなくていい、忘れることなんて出来っこない。心の中にいてくれたら…。

 バスでの観光も終わりベンチでコーヒーを飲んでいると隣のベンチで男の子がふたりで何やらふざけあっている。低学年くらいかな、関西弁で喋っているのを耳にしてふたりで漫才でもやっているかのように聞こえ可愛らしくしかも面白い。

少しするとその子たちはベンチから飛び出しかけて行った。 向こうの方で親が手を振っていた。 そして楽しそうに四人の姿は駅の中に消えていった。

 フロントで鍵を受け取る。綺麗にセットされた部屋の中でベッドに腰掛ける。外はもう暗い、ふと故郷に電話したい気分に駆られる。女のひとり人旅、バスの中はいろんな人がいて賑やかだった。ひとり人で浮いていたように思えたが気分は紛れた。今こうして部屋に戻りきれいに整えられたベッド、空っぽの屑籠、何か一つでも例えば出かけに吸ったタバコの吸い殻が灰皿の中にあったりとか グラスがテーブルにおきっぱなしになっているとか生活の匂いというかそんな匂いが少しでもこの部屋に感じられたらこんなセンチな気分にはならないだろう。今じわじわと寂しさを感じていた。

 母の声が聞きたくなる。

「もしもし」 いつもの母の声だ。正月は友達と京都に行くから帰らないと話していた。妹も来ていて電話の向こうから賑やかな様子が伝わってくる。涙声になる前に電話を切った。

大きくため息をつくき思いたったようにそういえばあそこの千枚漬け美味しかったな、今日観光の途中で買った千枚漬けを思い出し食べたくなり袋を開けた。パリパリした歯ざわりが口の中を転がる。

これは人にあげる土産なんだけど、また明日買えばいいか、りりこにはつげの櫛を頼まれていてお揃いのを買った。

またしゅんちゃんのことを考えていた。

もう帰っているだろうか、今電話したらいるだろうか、まだまだずっと一緒にいたかった、そうすればもっと彼のことを理解できたし優しくなれたのに。

もういい、彼の生活を邪魔してはいけない。

 今夜は京都での最後の夜、美味しいものでも食べに行こう。鞄からポーチを出し化粧を整えエレベーターに乗った。

そこは和食の高級な店である。ちょっと中を覗いていたら華やかな振袖を着た綺麗な女性を連れて一組のカップルが店を出ようとこちらにやってきた。 一瞬ドキッとした。 男性がしゅんちゃんに見えたから。 ふたりで着物を着てしゅんちゃんもあんな綺麗な女性を連れてたっておかしくないから、 少しほっとしたように息を吐き店の中に入った。

さっき千枚漬け食べなきゃよかったかな 、なんてメニューを見ながら少し奮発した。 京都に来てしゅんちゃんに会うことができず 早く帰りたいなんて思っていたが今ではもっと京都を知りたいと思っている。

 静まり返った部屋の中でまたしゅんちゃんの事を考える。

せっかく京都に来ているのに、声が聞きたい、顔が見たい、会いたい、でももうそれは駄目、あって動揺してこれ以上しゅんちゃんへの思いが悪い思い出にならぬよう、あきらめなさい、そう言い聞かせた。

 帰りの朝、空は薄曇りだった。ホテルを出たのはそれから1時間後のことで両手に荷物を下げ改札口に入った。機会があればまた来たい。そしてもし偶然にもしゅんちゃんに会えるようなことが起きたとしたらその時は笑顔で…。

 新幹線に乗り空いていた座席に座り窓から通り過ぎる京都の町にそしてしゅんちゃんに別れを告げた。 溢れる涙に 町 が滲む、キラキラと輝いたあの日々が、うつろになって渦を巻いて沈んでいく、しばらくの間目を閉じていた。

 東京駅に着いてからはここが東京とは思えないくらいの静けさで、人々の少なさが異常に感じる。これが都会の正月である。そんな街の中、道のところどころに雪の塊が置いてある 、こっちも雪降ったんだ。アパートの玄関脇にも雪があった。カーテンを引き部屋の窓を開けた。「ただいま元気にしてた?」

錦鯉は静かにして隅っこに固まっているのでコンコンコン優しくノックした。「あけましておめでとう、今年もよろしくね」やっとそれでいくらか反応した。この頃はそれほど動き回らない。

「ねえ、嬉しそうに迎えてよ !」なんて言ってはみたものの、何さ、勝手に行ったくせに、行かなくてもよかったのに、なんて寄のママみたいに冷ややかな目で見られているような。ドント置いた荷物の横に仰向けになって寝転んだ。

 新幹線の中で考えてたけどこれからどうしよう、友達どうしてるかな、ひとまず電話をかけに公衆電話に向かった。皆いない、これは 困った。

帰ってきてからのこと何も考えていなかった。

自然と指が故郷の電話番号へと動く。

「もしもし…」

この後続く正月休みをひとりで過ごすことに耐えられなくなっていた 。 これから出ても最終の新幹線には十分間に合う。 待ってるからという母の言葉が嬉しくてすぐに東京を離れた。

新幹線の窓から街灯りが漂う、しゅんちゃんは私が会いに来たことを聞いただろうか、今どうしてるだろうか。とっくに空になってるコーヒーの缶を口に傾けた。

 屋根 に盛り上がった雪を見ると帰ってきたことを実感する。 電柱の灯りが反射してゆきが輝いている、粉雪がふんわり被さっているのを目の当たりにし片手にすくいふうっと息を吹きかけた。輝いて雪の羽のように夜空に舞う。そんな雪に気を取られていると足を踏み外して転びそうになった。

 部屋は暖かくストーブの上のやかんから白い湯気がたっていた。この温かなぬくもりに来て良かったとホッとする。

妹と色んな話をした。銀座でバイトしてることは妹しか知らない。窓からちらつく雪はそれほど積もりそうになく長く楽しい夜だった。

 仕事始めは朝日が差し込み透き通った空にカーテン越しから窓際の枝に優しい光を通していた。錦鯉の元気な姿に「今日はバイトで遅くなるからよろしくね」 同居している錦鯉は話の聞き役、そして癒してもくれる、見てると時間を忘れてしまいそう。

バイトも今日は仕事始めであのスーツにしよう 、京都行のスーツはとても気に入っている。

 りりこから京都のことを聞かれしゅんちゃんに会えなかったことを伝えた。心に詰まったままのしゅんちゃんへの思いはしまっておいて今回のひとり旅で気持ちの整理がついたことにしよう。

りりこにひとり旅は進めない、その時の自分の気持ちで決めたらいい。

 新年を迎えた 夜の銀座 は活気にあふれ、すれ違う人、いつもの道までも新鮮に感じた。

 鈴江は 掃除機を片付けていた。

「あら、ひかえちゃん スーツよく似合うわ」

「ありがとうございます」

手提げから土産を出し京都に行ってきたことを話す。

鈴江は肩からおりた長い髪を手で払いタバコに火をつけた。

京都での話をしているとあきよが出勤してきた。

あきよは艶やかな着物姿で見違えて見えた。

「あきよさん髪型も決まってますしとてもきれいです」

あきよは笑いながら「 馬子にも衣装って言いたいんでしょ、兄にも七五三かって言われたのよ 」

ほほほと淑やかに笑うあきよである 。

「やっぱり着物っていいわよね日本らしさよね、若い人はもっと着物きて良いと思う。あきよちゃん惚れ惚れするわ」

鈴江はタバコの手を休めつくづく言う。 ママも着物は毎日来てくるけど同じ着物を着てきたことは一度もない。

カウンターに座るあきよを見てママの姿と錯覚した。あきよもママの貫禄は十分にある。あきよは更衣室から手帳を持ってきて客に電話をかけ始めた。鈴江がお茶と一緒に八つ橋と千枚漬けを出し「ひかえちゃんからのお土産よ」

「ひかえちゃん京都に行ってきたんだ」

「はい」

「いいただきま─す」あきよが千枚漬けを楊枝に刺しパリパリ食べるのにつられてまた1枚口に入れた。

 ママと冴子は一緒に出勤してきた 。

「ほら、どお?」あきよはくるりと回りポーズをとった。

冴子はクリーム色の着物を着ている。冴子とあきよはママと気軽に話をしているが私にはママと気軽になんて話せない。

あきよはあっけらかんとした明るい性格で冴子もあきよも厳しいことも言うしふたりともプロのホステスとしての要素をしたたかに身につけている。私はそこまでは及ばない。ママからは客ともっと話をするようにと言われるのが常でママとの席は苦手なのだ。

 客から名刺をいただくが顔と名前が一致せず忘れないようにと電車の中で客の印象をメモするようにしている 。

問題は私自身が客に電話をかけて店に来てもらうよう誘えない。誘ったとしても客にどう接していいかわからない。

話題はなく 相変わらずトークは苦手である。

いつかはこのお店の no.1になってやる、なんて気持ちは一切ない 。「おあきもおひかも今日はよく似合ってるよ」

ママからそう言われることでママへの親しみを感じる。

順はブルーのロングドレスで首には同じ色の宝石をつけていた。

今日は忙しく、どこにどんな客がいるのか選んで見てる余裕がない。グラスを持って次の席を移る。

「あけましておめでとうございます」

「おめでとうコイちゃん」

客の顔を見てハッとして「今年もどうぞよろしくお願いします」元々林田には悪い印象はなく林田と佐藤は別々の会社の取引先ということで 付き合いは古く最近よく店に来てくれる。

「はあさんとこは庭に大きな 池 があってすごいのよ、正月はどこにも行かず錦鯉の番してたって誰かに聞いたけど本当かしら 、どっかで浮気でもしてたんじゃないの」

冴子が横目で林田を見る。佐藤もその通りというように頭を上下している。

「錦鯉って女体に似て、そうそう見たことないですか、なんか昔に書かれた寸胴の裸の絵、くびれはあるんだけど色気のある艶めかしさを感じるというか錦鯉は女性の裸体のような」

「ん?寸胴でくびれがある?、ひかえちゃんとても芸術的な表現ね」

「面白い」

林田は濃いめのブランデーをゴクンと飲んだ。

それから少しして林田がお腹が空いたと冴子に言う。 頼まれて磯辺焼きを買いに外へ出た 。

この界隈ではこの時期磯辺餅の屋台が出ている。通りの角で餅を焼いていて長い列になることもある。焼いた丸餅に醤油をつけて海苔で巻いてあり海苔と醤油の香ばしい香りが冷たく乾いた通りを和ます。三人目で番を待つ間、香ばしい香りにつつまれる。たまにバイトの帰りにこの匂いに誘われて食べながら歩くこともあって手を汚さずに食べれるから人気である 。

「ひかえちゃん今日はハイヤーだすから最後までお願いね」

鈴江にそう言われ、磯辺餅におしぼりを添えて持っていった。

それから店を閉めるまであっという間に時間が過ぎ、客が帰る時ママは羊羮を渡していた。暮れには一箱 1万円もするという築地で買った数の子を客に持たせ、そんなママの客の家族への気配り、客を10年20年と通わせるママの腕はすごいと思った。お店を閉める準備が整い早々に寄を出るとヤマハ前にはハイヤーが待っていた。それぞれ行き先が違うので私はひとりでみんなと別れた。

ハイヤーとタクシーはどう違うのだろう、確かにママはハイヤー頼んであるからと言っていた。

今足を置いてるところは赤い絨毯が敷かれている。料金はどうなるのかしらなんて考えながらアパートに着き運転手は車から降りキビキビとドアを開けてくれた。

私は礼を言うとハイヤーは去っていった。

その後もバイトは自分の出る日は休まず出勤し、会社もいつもと変わらぬ日々を送っていた。

 そんな中お店では新しい子が出たり入ったりで最近入った恵子は三つ年上で可愛い子だった。

 恵子とは気が合い一緒に出かけたりお互いに行き来するようになりバイトも楽しくなっていた。

恵子はこういうバイトは始めてと言っているが客からの評判も良く接し方も慣れていてとても初めてとは思えない。

親しくなるとやっぱりホステスの経験は以前にもあったということでお店は毎日出てきて積極的に客と同伴したりで私とは比べ物にはならなかった。しかしそんな彼女だが最近になって度々休んでいる、それは男性関係が難を発していた。恵子はとてもしっかりしてるように見えるがそういう面ではルーズなとこがあるのかと感じていた。恵子の彼は 会社員で彼の知り合いのレストランに食べに連れてってもらったことがあり面識はあってとても好青年という感じだった。恵子は他にも付き合ってる男性がいるようだ 。

お店では苦手な客とそうでない客とで 対応が異なり、ママにはそれがわかり「おひか、もう少し何とかならないの」ママと客を見送った帰りのエレベーターの中でそう言われる。その度に落ち込んでしまう。

ママの言ってることはごもっともでわかってる んだけど客の顔でわかる堅い表情に馴れ馴れしくもできないし"ホステスとして働いているんだ"と自分に言い聞かせてはいるもののママお願い、こんな私を少し多めに見て欲しい。

 今日は気分を変えて有楽町で降りた。歩きながら人の着ている洋服など興味を持ってすれ違う。

あっ、向こうから素敵な女性が颯爽として歩いてくる。

真似してお腹をへこませ歩いた 。

喫茶店の 大きなウィンドウの中で人々が楽しそうにお茶を飲んでいる。しゅんちゃんと銀座で待ち合わせなんてしたことなかったけどこの通りをふたりで歩きたかった。しゅんちゃんとは何の連絡もないままもちろんあるはずないけど、1日1日と過ぎていく中でしゅんちゃんを思うこと以外にもう何も行動はできなかった 。

 街を歩く若い人、年配の人、腕を組むふたり連れ、皆楽しそうに銀座の灯は私以外の人をキラキラ照らしていた 。

 もう何度も歩き慣れたこの道、うっかり夜の銀座に溶け出してしまいそうな。日々緊張しながら、実はそれが本心ではないだろうか。

 店ではすでに恵子が接客していて急いで化粧を整え客の隣に座った。

「いらっしゃいませ」そしてすぐに「ねえ、ひかえちゃん男性からプレゼントいただくとしたら何がいい?」

恵子はいつものように話しかけてきた。

「そうねお花も嬉しいしアクセサリーも嬉しいです」

恵子はふたりの客に納得させるように「そうよね女性はモノに弱いよね 」

「あら、恵子ちゃん何かいただくの?」

「女性の誘い方について話していたらいつのまにかプレゼントっていう話になってね」

「そうね順番があるから付き合っていきなりプレゼントじゃ相手の方も困ると思うから何気なく食事から誘って徐々に彼女の反応を見てそれから自分の気持ちを打ち明けて、そこまでは自然の流れで行きたいわ、私の場合そうたびたびいただかなくていいからバースデーとかふたりだけのアニバーサリーとかにね」

「まあ、ひかえちゃん最近の横文字入れてくるのね」

恵子は咳払いして続けた「 今、女性は高級志向でブランド品だのって男の人も大変だと思うわ、ホホホ」ふたりの客は頷く。

「藤谷さんは奥様にどんなプレゼントするんですか」濃いめのウイスキーを作りながら尋ねると

「うちの奥さん自分が気に入ったのじゃないとダメなんだ」

「そうね、私も自分で買ったのだと身につけるけど、せっかく頂いても気に入ったものでないと日の目を浴びることのないのが多いわ」「あら恵子ちゃん、そんなにプレゼント頂いてるの」

「そうなのよ、せっかくだからって軽い気持ちでいただくけど、ええ、あっ、いやもちろんとても大切にしてるわよ」

恵子のドギマギした言い方に水割りをゴクンと飲み、ちょうどその時「ひかえちゃん 」鈴江の呼ぶ声に見ると片手に耳を当てて電話がかかっていることを知らせている。"もしかして"と予感した。

「はいお待たせしましたひかえです」

「こんばんわ、小田島です」

予感があたり体温が上昇する。 金曜日の夕方6時にソニービルの前で待ち合わせをして電話を電話を切った。さすがに旅館の専務だけあって歯切れの良い話し方でそれにお店の中での電話で細かいことを話すわけにもいかず断れなかった。断る理由もなかったし、お店にも来てくれるということだったから。

 灰皿を交換しに持って行くと相変わらず恵子はふたりの客を囲んで話が弾んでいた。

静かに座り小田島からの電話にときめいた気持ちを切り替えようとしていた。そのちょっとの隙に恵子から「帰りラーメンどお?」「OK 」

 恵子と寄を出る際、金曜日に小田島と同伴することを鈴江に伝えた。小田島が来たあの日は団体客として小田島はその中の一人で多分鈴江は覚えてないだろう。

同伴というのは客と一緒にお店に入ることで、客と食事してくることが多い。恵子も数日前、客と同伴してその時にお寿司を食べて、なんだかよくわからないけどストッキングもらったって言っていた。私もその客は知っていて楽しく面白い客である。

エレベーターの中で「ひかえちゃん同伴するの?」「うん」

「よく来る人?」

「恵子ちゃんの知らない人、去年ね東北から団体でいらした客で店が終わるとみんなでディスコに行ったの、年が明けたら来るって言って たんだけど」

「そうなの」

 並木通りを足早に歩く。

「どこのラーメン屋さん?」

「もうすぐよ、とても美味しいんだから」

恵子についていくとラーメン屋の看板が見えてきた。

私もここら辺は歩いたことがあるから知っていたが店に入ったことがなく、中に数人の客がいた。ラーメンも大好きでたまには食べたいと思うがニンニクの臭いが残るので前日や仕事前は避けていた。恵子はチャーシュー麺を、私は味噌を頼んだ。

ラーメンが来るのを待ちながら恵子から小田島のことを聞かれ小田島とはただの客とホステスの関係で恵子が想像しているような関係ではない、それに自分でもそれ以上になることはないと思っている。

「おまちどうさま」

体格のいいおばちゃんがふたつの熱々の丼を置いていった。ニンニクと味噌のいい匂い、なんかのきっかけで味噌ラーメンには酢を入れて食べるようになり割り箸をどんぶりの中に入れひと口すすると酢のツンとした臭いにむせてしまった。

「そういえばほら、あのフィギュアスケートの彼の回転、空中の中でひゅるるって、いとも簡単に舞ってるの、ほら、その麺のようにすごいよね」

恵子のすすった1本の麺がくるくるって回転しながら口の中に入っていくのを面白く見ていた。そんなたわいもない話をする。

「どお、美味しい?」

「うん美味しい」

ふたりともしばらくラーメンにハマっていた。

「恵子ちゃんはどうなの、彼とは」

「ん、まあ今はどっちも別れたくない 」

「なんで?」

私にはよく理解できない、 ふたりの男を同時に好きだなんて「ふたりとも愛してるってこと?」

「うん」

「どちらかを選ぶとしたら」

「ある時期悩んだんだ、自分から言うのもなんだけど私こう見えて尽くすタイプなの最終的にはどちらかなんだろうけど男友達はたくさんいたっていいと思う」

「でもそんなの嘘よ、自分でもどっちが好きかわかってるでしょ?でもそれほど悩んでないということか、 羨ましいわ、せっかく心配してあげたのに」

「んー、余計なお世話ってことはないけど、この歳で修羅場乗り越えてんだから」

「えっ」

恵子のそれは自慢にも聞こえたがひとりは会社員、もう一人は妻子ある人、その修羅場もわかるような気もするけど人に言いたくないことは言わなくていい、それ以上は聞かなかった。

「ふー、おいしかった」冷たい水をゴクンと飲んだ。

 黒塗りの車や高級車、タクシーなど道路脇にびっしり横付けされている。まだまだここら辺は賑やかだ。恵子とは途中でわかれるとさっきの恵子の話に羨ましいと思った 。

だが恵子は恵子、私は私でなるようにしかならない。

 東京って大好き。一人で暮らすことがこんなに自由でいられる。誰からも干渉されることなく好きなようにできる。

これで彼でもいればもっと充実していられるのに 。しゅんちゃんは今何しているだろう、少し気になる。

 部屋に入り明かりをつけようと手を伸ばし、電球のつまみをひねった。オレンジ色の丸い傘が傾いてしばらくの間あかりがゆらゆら揺れていた。

「 ただいま」

静かにしている錦鯉を見てしばらく考える。金曜日に小田島が来るという。小田島はいったいどういうつもりなんだろう 。

結婚してると聞いているが…彼もいないことだし、まぁいいか…。

 仕事帰り今日はバイトも休みだし久しぶりに何か作って食べようかな、スーパーの売り場では"寒い日は熱々の鍋料理"なんて繰り返すテープの声、それにつられて寄せ鍋セットを買ってしまった。何か作ろうと思ったけど簡単でいいや。

 思うことがあり 小田島に会う前にもう一度… 足早に電話ボックスに向かう。どうしてもしゅんちゃんの声が聞きたい。

シーンとした空気の中電話ボックスに入ってしまった。彼が京都に帰る前日、ふたりで洗足池に行った時、近くの喫茶店で彼が綴ったメモで、家の電話番号と一緒に住所も書いた。なぜか住所だけ破いてしまい電話番号だけは残していた 。その時私も同じように実家の住所と電話番号をメモに書き二人で交換した。

しゅんちゃんはとっくに私の書いたメモなど持っていないだろうと彼の筆跡を見て懐かしく 思っていた。

 これから馬鹿げたことをしようとしているがその気持ちを抑えられないでいる。しゅんちゃん の"もしもし"という声だけでも聞けたら…そしたら無言で切る。息苦しい思いで番号を押す。こういうことをストーカーというのだろう、自分の気持ちを満たすためなら相手の気持ちなんてどうでもいい、こんなことをしている自分がとても苦しくて、まだ出ないでいる呼び出し音にドキドキしていた。

家族の人が出たらどうしよう…ボックスからふと外を見ると人が待っている、すぐに冷静さを取り戻し受話器を置いた。こんなにしゅんちゃんのこと思っているのに、なんでこの思いが伝わらないの。しゅんちゃんのバカ…大きくため息をついた。

 冷たい夜空に丸い月の光。ねぇ、そんなに私のこと照らさないでよ。 スポットライトのような月の光に後ろめたさを感じていた 。

 明日は小田島が来る。

しゅんちゃんとはもう終わってしまった関係、もうこれでいいんだ。部屋の中はぐつぐつ煮立った鍋の匂いで溢れていた。

体もポカポカしている、誰かの声がおもむろに聞こえて目を開けるとテレビがついたままになっていて、すぐに後か後片付けを始めた。それからが大変、明日は小田島と会うため洋服の準備をしなくてはならない、しゅんちゃんへの想いを断ち切れぬまま今なら付き合っていた頃より彼に対する優しさがあのころの何倍も溢れているのに、今ならきっとうまくやっていけるのに。

彼は京都に会いに行ったことを知っている だろうか 。

あの日から何の連絡もない、もうやめよう、電話して何か仕掛けるのは…。

 朝いつも通り会社へ行きいつも通りの仕事をする。

5時前からそわそわし5時を過ぎて念入りに化粧をした。

今日はいつものズボンやスニーカーは持っていかない。松屋で買ったグレーの小さいバッグに最近買った口紅を入れた。

りりこはとっくに帰った 。

 待合場所に着きまわりを見るが小田島らしき男性は見当たらない。誘っておいて送れるなんて…あんまりキョロキョロするのも何だししばらくすると人の現れる気配がして「お久しぶりです」小田島の笑顔に答え「こんばんわ、お久しぶりです、今日はお店に来ていただけるということでありがとうございます」

小田島の笑顔に嬉しくてとても会いたかった人のような、そんな恋心を抱いていた。

「来てくれてありがとう 」

「ディスコとても楽しかったです」

時計を見ながら「食事に行こうか、何がいい ?」「何でもいいです」ふたりでいる街灯のしたはまるで大きなスクリーンの中のワンシーンのような、小田島は大人の男性として素敵に見えた。

小田島の横で少し遅れて歩いていた。

「ここに入ろう」

寿司屋の暖簾をくぐる。

「いらっしゃい」

板前の威勢の良い声に置いてある魚も活きのいいの出してくれそうな、そんな店である。ふたりでカウンターに座り握りを 2人前 頼んだ。目の前には穏やかな感じのご主人がいて細やかな手つきが握り一筋という表情に表れていた。奥には客がいて賑やかな声がしている。

「ひかえさんに気に入ってもらえるといいな」

小田島は鞄から箱を取り出した。

「開けていいよ」

少しためらいがちに中を開けた。

「わあー素敵なブレスレットですね」

「どうぞ」「…そんなに気を使わないでください」

彼は笑顔で笑い「気は使ってないよ、お金は使ったけど」

嬉しいのに申し訳なくて「ありがとうございます素敵なデザインですね」ちょうどタイミングよく握りが出されたが思わぬプレゼントに胸がいっぱいになってお腹が空いてるはずなのに緊張しているせいかひと口でお腹がいっぱいになりそうな。

「お店は何時に?」「8時までに入ればいいんです」寿司屋を出るとホステスという気持ちが常に頭にあり、歩きながら「寒いですね空気も乾燥してますし」「都会も結構寒いね」「こっちは正月に雪が降ったんですよ 」 時計を見るともうすぐ8時になるところで「あっ、すみません少し急ぎます」 本当はロマンチックに歩きたかったのに時間が気になり、サマにならない慌てた様子でエレベーターに乗り込んだ。

ふたりとも息をきらし「すみません、急がせちゃって」小田島を寄に案内する。

「いらっしゃいませ」鈴江の声に 「おはようございます」息を飲んで挨拶し、小田島を紹介した。

「いらっしゃいませ」

奥の方からあきよが出てきてすでにセットしてあるテーブルへ小田島を案内してくれた。

コートを預かり更衣室へ入り、 急いで出るとあきよは他の客へと移った。小田島は車で来ているということでアルコールは飲まなかった。しかしそれからは客としての小田島をどうしていいか、でも小田島はきさくでいつのまに時間が流れた。左手には小田島からのブレスレットがアクセントになり、つい目をやってしまう。

「いらっしゃい」

ママが椅子に腰掛けると小田島は旅館の宣伝をはじめている、その間にカウンターに行きグラスに注がれたカンパリソーダを持ってきた 。店でお酒を飲まないママはこれを赤いジュースと言って飲んでいる。ママは小田島とグラスを合わせた。

しばらくして先生がギターを弾き始めた。

小田島がタバコを持つ手にすかさず火を付け六本木でのディスコの話をしながら小田島に惹かれていくのを感じていた。

「何か歌いますか」

小田島は今流行りの歌を歌い始めた。そんな時恵子がいないのに気付く、今日は休みかしら。小田島が歌ってる間、恵子のことが気になっていた。歌が終わり拍手しながらブレスレットが輝いているのがわかる。

小田島は真面目な顔で「このあとどこか行きたいんだけど」そんなことも考えていなかったわけではない、心の中では密かにそんな予感があった。それに明日は 休みだし小田島となら少しくらい遅くなっても構わない。

待ち合わせの約束をすると小田島が帰ることをママに告げた。

預かっていた小田島のコートと鞄を用意しているとママから伝票を見せられた。"こんなにいただくのかしら"お酒を飲んでないのに申し訳なく思った。

そんな小田島のお勘定は初めて目にするこの世界の相場だった。そこには私の日給の倍以上の額が記されてあり、ママはその明細を小田島のところへ持っていく。

「 どうぞ 」そっと小田島の肩にコートをかけママとエレベーターを降りると小田島を見送った。

銀座の夜は続く。

 お店に戻ると順の隣には前田がいた。今日はひとりで来ている。

"今日は何も起こりませんように"前田はホステス達にパセリを投げたりナフキンを散らかしたりで、順はそんな前田を優しく受け止めている。挨拶をし視線を前田に向けた時、前田がタバコに手をかけた。すぐに置いてある寄のマッチに火をつけると片手を添え前田の くわえた煙草 に火を移した。今日は静かにしてと促す順に 何かの雑誌のゴシップ記事 について話しつづける。

 いつのまにか蛍の光が流れだしこの場を離れた。

更衣室の鏡に向かい口紅を付け直し左手のブレスレットをひとしきり見てこの後どうなるのだろう 、静かに寄を出た。

 人待ちしているタクシーを見ながらソニービルの前に着いたがどこにいるのか小田島を探す。すると後ろから肩を叩かれ振り向くと小田島がいた。

「きてくれないのかと思った」

「これないなら断ります。先ほどはどうもありがとうございました」

「向こうに車を停めてあるんだ」車は少し離れた駐車場にあった。助手席のドアが開き乗り込む。

「どこへ行こうか」

ためらいもなくにこやかに「どこでもいいです」

「明日会社は?」

「休みなんです」

「それじゃあ… 」明日仕事があったとしても関係ない、その時はその時で、頭の中に小田島への思いを充電させる。

行き先なんてどこでもいい今小田島といれるだけで良かった。

心が揺れ動く予感と共にじっと前を見ていた。

  ランプを抜き去り246を走る。

小田島がシガーライターに手をやるのを見て、すぐにバックからライターを出し火をつけようとした。

「いいよ、もう仕事終わったんだから」小田島は車に備え付けてあるライターからタバコに火をつけた。 仕事が終わったんだからという小田島の言葉に気持ちが和らいぎ「私も吸っていいですか」少し窓を開け静かに 煙を吐いた。

聞いたことのあるメロディーがラジオから流れる、そんな時ふと見るドアミラーから 自分とは違う別の顔がすうっと自分の中に入ったような…でもそれは幽霊でも何でもない、 ドアミラーに映る自分が 魔法にかかって、あかりとともに見え隠れしている。

車は走り続けた。

小田島は結婚していて奥さんは今ふたり目の子を妊娠してるという。これは私から聞いたことで、しかしそれについてためらいや嫉妬がなかったわけではない。

小田島にしてみればほんの遊びのつもりだろうが、私としては成り行きに任せるだけで奥さんがいる彼をとろうなんて気は毛頭ない。

思い続けてるしゅんちゃんとも 気持ちの整理 がついた今は気を紛らす相手が欲しかった。小田島は大人の男性として好奇心もあった。カーブを曲がると目の前は暗く大きなスクリーンのような、車はそのまま走り続ける。

「ひかえさんて本名?」

「はい、名前の通り控えめなんです」

小田島は納得して、ふたりの笑い声で車の中は明るくなった。

「ひかえさん新潟だよね、東京はひとりで?」

「錦鯉と暮らしています」

「あっそうだったね」

「私が留守にするとみんな沈んじゃって」

「じゃ、今沈んでるね」

「たぶん」ふたりして笑う 。

 この時間帯サービスエリアは誰もが静かでコーヒーを 買うと車は走り出した。

「眠っていいよ」そう言われるとなんだか目が冴えてタバコを吸う回数も増えてくる。車はまばらに走り去る。

「付き合ってる人は」突然聞かれ 「もてなくて、男の人が近づいてこないんです」

「じゃあ横にいる人はどう?」

「ほんとですよね、いい遊び相手見つけたって思ってるんじゃないですか」

「そんなことないよ、ひかえさんに惹かれました、本当です」

それからどれくらいの時間が経っただろうか半分ウトウトしていると手に温かい感触が伝わる、またすっかり小田島のペースにはまってしまっていた…真夜中の高速道路、もうこのスピードから後戻りはできない。そんな気持ちを掻き立てるかのような速さの中で自分の気持ちをコントロールできないでいる諦めがあった。

 小田島は黙っている。

 車はスピードを緩め大きく緩やかなカーブに入った。

ランプの下では御殿場の文字が目に入る。まだ明けきらぬ寒空のなか目の前のスクリーンの中に突然現れた富士山は白い衣を纏い神秘な姿を見せていた 。

そして小田島といる今は夢の中ではなかった。

ホテルのイルミネーションが見え、そんなイルミネーションに刺激され小田島とならどうなってもかまわないという気持ちになっていた。

 「休んでいこう」

こういう場合なんて答えたらいいんだろう、しばらくふたりは無口だった。

車はホテル街へと近づきゲートをくぐる。

こんなこと小田島の車に乗った時から予感してたではないか今更… 小田島が車から降りたらひとりでここにいるとでもいうのか、こんなところで揉めるつもりはない、心はすでに小田島の中にあった。

 車から降り小田島の後ろからついていく 。

部屋に入るとふたりはもう自分の気持ちを抑えることができず、すぐに抱き合いキスをする。全身が包み込まれ目を閉じると車に乗ってた時から感じていた熱い想いが今小田島の腕の中で燃え上がる。

この人とずっと一緒にいたい。素肌がふれあいふたつの裸体は激しく 揺れる。

「好きだ 」

「あぁ…」

喜びと興奮が入り乱れ声を出さずにいられない。

小田島の胸に何度も顔を埋め鼓動が溶けていく。

全てを小田島に…これが大人の男性…ついしゅんちゃんと比べてしまう自分にこれからもしゅんちゃんへの思いがこんな時にまでつきまとうのかと思うと悲しくて愚かで情けなく思わず小田島を引き寄せてキスをした 。

 目が覚めるとカーテンの隙間から光が漏れ小田島の腕の中に包まれていた 。ベッドの中のぬくもり 、乳房に絡まった小田島の手をそっと外しバスルームに向かう。シャワーを浴びながら全身には小田島に 纏わる 感触がほてりと共に蘇った。

 シャツにボタンをかけながら小田島は時計を見る。

ふたりはホテルを出た。


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