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Lemurial Historia《レムリアル・ヒストリア》――時渡りの英雄と古の神獣  作者: 秀田ごんぞう
第一章 ―― 邂逅 ~ Chance meeting ~ ――
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第五話 結晶石

 正直な話、マリーにはアユムの言うことが信じられなかった。

 この街の人間なら黒の樹海には近づくなと子供の頃から教えられる。あの森には悠久の昔、この大陸に災厄をもたらしたレムレスが封印されており、森へ踏み入ったものは立ち処に心を邪気に支配され、正気を失った廃人になってしまうと伝えられているのだ。伝説はあくまで伝説だが、それでも街の人間は気味悪がって森に近づこうとする者はいない。

 家出にしてはいくらなんでも無謀すぎるし、かといって記憶喪失というのも……どうにも釈然(しゃくぜん)としない。だが、彼が嘘を言っているようにも思えないのも事実だ。現に彼女が信頼する相棒の反応を見るに、少なくともこれまでのやりとりでアユムは嘘をついていない。

 結局、彼の素性については分からずじまいだが、ここらで打ち止めだろう。

 青年の曇りない眼に見つめられ、マリーはため息をついた。


「……ハァ、もういっか。嘘じゃなさそうだし。イクシリア」


 マリーが指をぱちりと鳴らすと同時に、アユムの視界がぐにゃりと揺らいだ。かと思えば、テーブルの上にはアユムを心配そうに見つめるイトミクがいた。うっすら涙を浮かべながらアユムを見つめている。わけがわからない。


 その時、アユムの背後から、あの勇者然とした人物がどこからともなく現れた。

 いつから背後に立っていたのだろうか、アユムはまったく気配を感じなかった。


 マリーは先ほどまでのきりっとした表情を崩し、テーブルにぐてーっと体を押し付けると、理解の追いつかないアユムに説明すべく、別人のようにへらっとした口調で話しだす。


「ごめんねー。私もこんなマネしたくなかったんだけど、ま、事態が事態だし。アユム君には悪いけど、君を試させてもらったの。演技するのって肩凝るのよね。はぁ、つかれたー」


「いや全然意味わかりません。だいたい、俺の後ろに立ってるこの人、なんですか? めっちゃマジな目してて怖いです」


「私の相棒、イクシリアよ。ちょっとマジメすぎるのよね。イクシリア、あなたもこの子が嘘をついてないってわかったんでしょ。構えを解きなさい」


 マリーがそう言うと、イクシリアは彼女の横へ移動する。それと同時にテーブルの上にいたイトミクがぴょこんとジャンプして、アユムの肩に飛び乗って来た。どうやらあの時の怪我はすっかりよくなっているらしく、アユムはひとまずほっとする。


「君の素性を調べるため、イクシリアに軽い幻覚をかけてもらった。部屋を出るとき変な感じしなかった?」


「そういえば、確かに。ちょっと船酔っぽい感じはしました」


「素性の知れないあなたにちょっと警戒させてもらったの。申し訳なかったわ。何より、この子がずーっと私を肉親の(かたき)みたいな目でずーっと睨んでくるんですもの。ハートブレイクしそうだったわ」


「いきなりイトミクが現れたし……わけわかりませんよ」


 マリーにしてみれば、わけわからないのはアユムの方なのだが、今は黙っておくことにした。


「君が部屋を出た瞬間、イクシリアが仕掛けていた幻覚を作用させる術技(スキル)が発動したの。……って言っても、多分わからないわよね」


「はい。だいたいその人は魔法使いですか? なんでそんなことできるんです?」


 やはり、というべきか、マリーが思っていたより、アユムの記憶喪失はだいぶ厄介な状態にあるらしい。イクシリアをずっと人だと思っているとこからして、おかしいとは思っていたけれど……。


「アユムくん。イクシリアをよく見て。この子が人間に見える? レムレスに決まってるでしょう?」


 そう言われて、アユムはマリーの横に立つイクシリアをじっと見つめる。

 背丈はマリーと同じくらい。耳はとんがってる。ゲームとかに出てくる、エルフに近い感じだ。イトミクとも似ている。すらっとした体躯で、なんというか気品を感じる。ちょっとコスプレした勇者って言われれば、まぁそうかもなって思う感じの見た目である。


「うーん……まあ、仮装大会の人っていえばギリ……。ていうか――レムレスってなんです?」


 マリーは頭を抱えた。これは……後で病院へ連れていって、ちゃんとした検査を受けてもらわないといけないな。この街に記憶喪失の治療できるような病院あったっけな……。

 マリーはこれまでの人生で記憶喪失の人間と接した経験はなく、しかもアユムの記憶喪失具合は彼女が思っていたより、ずっと深刻である。さて、何から教えたらいいものか……マリーは頭を悩ませる。彼女の傍らに立っていたイクシリアは、彼女に同情して憐れむように肩にポンと手を置いた。一応、イクシリアにとっては慰めのつもりである。


 ふと、マリーはどこからか声が聞こえてきた気がした。が、まずはアユムの常識力を把握するのが先決と考え、無視することにした。


 マリーは腰にっていたひし形の綺麗な石を一つ取って、アユムの前に置いた。

 彼女が置いた、アクセサリーらしき石は淡い青色の光を発しており、宝石のように綺麗だった。大きさはちょうどピンポン玉程度といったところか。


「アユム君。君はこの石に見覚えはない?」


「なんですか、この石? 知りませんよ、こんな綺麗な宝石。結構、値は張りそうですけど」


「そう……知らないのね。きっと忘れてるだけだと思うけど、ちょっと触ってみなさい」


 そう言われて、アユムはひし形の宝石を手に取ってみる。普通の石みたいにごつごつした感触は変わらないが、ほんのり温かいくらいの熱を発している。余計に不思議さが増した。


「なんかあったかい……これ、変な石ですね。俺にこれをどうしろと?」


 マリーは何か言いたげだったが、ぐっと言葉を()み込んだ。


「わかったわ。触れても何も思い出さないなら、私が実践して見せるまでね」


 肩をすくめながらそう言うと、マリーはアユムが持っていた石を手に取り、イクシリアに向ける。すると、突然それまでわずかだった石の光がほんのり強くなった。


 マリーが一言、つぶやく。


「――戻れ」


 その瞬間、マリーの横にいたイクシリアが眩い光に包まれ、忽然(こつぜん)と姿を消した。

 あまりに突然の出来事にアユムは開いた口が塞がらない。


「え、な……イクシリアさんが消えた!? うそでしょ!?」


 この期に及んでイクシリアを人間と思い込んでいるアユムに対し、マリーは余計なことを考えるのをやめた。彼の記憶はもはやスライム並みになってしまった。そう考えた方がよさそうだ。一人、そう納得してマリーはアユムに今起きた現象について説明ために、地面に落ちている結晶石を拾って手に取る。


「……君はすっかり忘れてしまっているようだけど、これは結晶石。レムレスを封印することができる特殊な鉱石よ。私たちは結晶石を通じて、契約したレムレスを召喚したり、今やったみたいに戻したりすることができる」


「結晶石……? 契約……? レムレスの封印……?」


 アユムが混乱するのは目に見えていた。

 マリーはアユムの混乱に拍車をかけるように、先ほど拾った結晶石を握って、意思を込めた言葉をつぶやく。


「――召喚」


 その瞬間、マリーの握っていた石が眩いばかりの光を帯びる。石は大きな輝きを放って砕け散った。アユムは思わず、自分の目を疑った。ついさっき消えてしまったはずのイクシリアが光の中から現れたのだ。驚いているのはアユムだけで、マリーもイクシリアも何食わぬ顔をしている。イトミクもさして驚いている様子はない。


「結晶石からレムレスを召喚したり、反対に石に戻すこともできる。こんな風にね」


 記憶がないアユムにとっては、未知の事象を目にした驚きとワクワクした気持ちで胸がいっぱいだった。それはまるでおとぎ話の世界の出来事のように思えた。

 だが、記憶喪失ではないマリーにとって、今起きた一連の事象は日常の風景であり、特に物珍しいものでもないのだ。だけどそんな彼女でも、子供の頃に初めて結晶石を見た時はきっとアユムみたいに感動したんだろう。ほとんど覚えちゃいないが、しんみり感慨にふけりつつ、マリーは机の上に紙を広げて、学校の先生みたいに解説を始めた。人に物を教えるのはこれで結構好きなのである。


 家のどこからか、二人を呼ぶ声がしていたが、熱中するアユムとマリーの耳には届いていなかった。

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