第三話 思いついた奇策
閃光の主――本の解説文からするとギアノロイドというらしい――は熱線で焼き払った木々を恐るべき跳躍で飛び越え、瞬時にアユムとルビー:カーバンクルの前に立ち塞がった。アユムよりも大きい体躯で、体中についた歯車が常に駆動音を発しながら回っている。目は赤く点滅していて、明らかに敵意むき出しだ。
「まずい……伏せろっ!」
ルビー:カーバンクルが叫ぶ。
瞬間、ギアノロイドが突き出した手から赤い閃光が射出される! アユムはルビー:カーバンクルのおかげで間一髪、ギアノロイドの熱線をかわす。本に記述されているギアノロイドの解説をゆっくり読んでいる暇はない。
アユムは疲労したイトミクを肩に担ぎつつ、歯車の回転音から光線のタイミングを予測し、反復横跳びの要領でかわしていく。閃光を放射する瞬間さえ見切れれば、回避することは可能だ。だが、もともと体力に秀でている体質なわけではないアユムが、回避に集中力を割きながら動き続けるのは容易ではない。時折、ルビー:カーバンクルが木陰から不意打ちを仕掛けるも、ギアノロイドは意にも介していない様子だ。先刻一瞬、ギアノロイドの動きを止めた火球攻撃は、天運に恵まれた偶然だったらしい。
ルビー:カーバンクル本人も先ほどから火球を出そうとしているがうまくいかない。記憶喪失は随分深いところまで影響しているようである。
限界はすぐにやってきた。
ギアノロイドの放つ赤い閃光がアユムの足先をとらえた。熱線は片足をかすめるに過ぎなかったが、横跳びをするだけで、口をゆがめる程の痛みが走る。足だけではない、今や衣服のあちこちに熱線が僅かにかすった跡がついており、ところどころに血が滲んでいた。
「くっ……追い詰められたか!」
ギアノロイドも無暗に光線を撃ち続けていたわけではない。アユムとルビー:カーバンクルの二人を攻撃しながら、二人の逃げ場がなくなるように誘導していた。今や二人の背には切り立った断崖がそびえ立っている。追い込まれるまで気づかなかったのも無理はない。二人ともギアノロイドの光線を回避することだけに注力していたため、それ以外のことに考えを割いている余裕はとてもなかったのである。
アユムが一歩後ずさると、小石が崖に転がって落ちていった。目がくらむような高さで、落下すれば生きてられないであろう。
死が近づいてくる。
アユムは全身の感覚がねっとり泥付き、冷たくなっていくように感じた。
「ギ……ギギギッ!!」
歯車の駆動音が一層強くなり、ギアノロイドは両手を後ろに引いて攻撃態勢に入った。
来る! その瞬間、アユムの肩に掴まっていたイトミクが閃光に向けて手を伸ばした。
咄嗟にうずくまるアユムだったが、熱線は何かに命中することなく霧散した。どういうことだ……と顔を上げたアユムは目を見張る。後ろに待機していたルビー:カーバンクルも驚いている様子だ。
「やるじゃんチビ助。アユムを守るために、念力で見えない防壁を張るなんてな」
アユムにはイトミクの使った技の仕組みもわからなかったが、とにかくイトミクが決死の力で自分たちを守ってくれたらしい。
しかし、攻撃を防いだイトミクはもはや疲労のピークを迎えているようだ。防壁を張るためにかなりの力を使ったらしく、時折、過呼吸になりながら、小さな肩を上下させている。そして疲れているのはイトミクだけではない。不思議なことに、今の攻撃を防いだ後、アユム自身も体の底からどっと疲れが上って来た感覚がある。まるで疲労をイトミクと共有しているかのような奇妙な感覚だが、どちらにせよ、再びあの防壁に期待することはできない。
イトミクが作りだしてくれた僅かな時間を無駄にするわけにはいかない。
見たところギアノロイドの赤い熱線による強力な攻撃は撃った後に反動があるみたいで、ある程度の待機時間を必要とするようで、次の光線はすぐには飛んでこない。
この隙に何か策を練らなければ……何か、ないか……! 何か……探すんだ!
アユムはギアノロイドをじっと観察しているとあることに気がついた。全身の歯車が回転していると思っていたが、実際に動いているのは半分だけで、もう半分はほとんど動いていない。よく見ると、歯車と歯車の間に小さな葉っぱや石が挟まっていて、歯車の動きを邪魔しているようだ。おそらくイトミクがギアノロイドの頭にこぶし大の石をぶつけた時、一緒にぶつけた奴だ。
一部が停止している歯車を見ていて、アユムの脳裏に光明が浮かんだ。
まるで規格外のモンスターみたいな奴だが、全身の歯車は規則的に連動して動いている。その体は様々なロボットの例に漏れず精密機械のような構造になっていて、一つの歯車を破壊もしくは停止させることができれば、それが他の歯車にも連鎖的に伝播し、奴を機能停止させることができるかもしれない。
となれば、残りの歯車をどう止めるかだが……肩に掴まっているイトミクに目をやると、すでに疲労の限界で、拳大の石を持ち上げた先ほどの力は出せそうにない。
アユムは疲労の色濃い小人にそっと声をかけた。
「イトミク。俺には原理はわからないが、さっき石を持ち上げた力。あの力の欠片でもいい……一瞬だ。一瞬だけ奴の歯車の動きを止めてくれ。できるか?」
アユムの言葉を聞いたイトミクは、小さくこくんと頷いた。
イトミクはだいぶ無理をしている。限界は超えているに違いないが、それでもやってくれるらしい。失敗は許されない。おそらくチャンスは一度限りだ。
「おい、犬。ちょっと力かせ」
「オレは犬じゃねえ。で、何すればいい? 言っとくがオレは大したことできねえぜ。火の吐き方も忘れちまったらしい」
「俺が合図したら、全力で奴に砂をかけろ。あいつの周りを走り回って、落ち葉や小石を織り交ぜつつ、全方位から砂をかけまくってくれ」
幸いここは森の中。地面には落ち葉やら砂礫やらいくらでも落ちている。それらを巻き込みながら、犬の砂かきの要領で奴に土砂をかけるのはそう難しくはないだろう。
「目くらましか? 悪いけど時間稼ぎにもならないと思うぜ」
「違う。俺の考えが正しければ、これであいつを止められるはずだ」
「ふん。妙に自信があるみたいだけど……いいさ。乗ってやるよ」
しかし、そうしている間にもギアノロイドはすでに光線発射のためのエネルギー充填作業を終えていた。轟音と共に光線が撃ちだされる!
アユムは全身の力を振り絞って横っ飛びをして、ギアノロイドの光線を回避した。
痛む足に鞭打った決死のダイビングジャンプだ。すぐには起き上がれない。
ギアノロイドはすかさず追撃の準備を始める。赤い光が射出口に収束してゆく。
アユムが起き上がるより早く、ギアノロイドが次撃の準備を終えた。
ギュィィィン……と無数の歯車が高速回転を始める。ギアノロイドは両手を軽く引いて、射出態勢に入った。赤い閃光を放とうとする寸前、アユムは叫ぶ。
「今だッ!」
飛び出したルビー:カーバンクルがギアノロイドの周囲を高速で駆け回りながらツメで地面を掻きだす。もうもうと砂塵が立ち込めるただ中へ、すかさずイトミクが小さな手を伸ばして、頭の角を光らせた。
瞬間、砂煙の中で爆音が爆ぜる!
歯車が急停止した瞬間に、無数の砂塵が体内に入り込み、射出されるはずの熱光線が内部で暴発を起こしたのである。木々を焼き貫く威力のエネルギーが、内側で暴発したのだからたまらない。ギアノロイドの赤い目がチカチカと短く点滅した後、灰色に変化し、そのまま動かなくなった。
「はは……やった……のか?」
アユムの狙い通り上手くいったものの、なんだか実感がわかない。それもそうだ。作戦こそ立てたはいいが、明確な根拠に基づいたものではなく、ある種の賭けだったわけで。喜びよりも安堵の方が大きく、アユムは空笑いしながら、地面にぺたんとへたり込んだ。
安心した瞬間、今までアドリナリンで騙されていた体が悲鳴を上げ始めた。
冗談抜きにしばらくまともに動けそうにない。それくらい今のアユムは疲れていた。
彼のすぐ近くで眠るように倒れているイトミクも同じだった。小柄なくせして、凄い能力を持っている小人の表情は苦しそうに見える。どこかで手当てしないといけないと思うも、小人の手当てなんてどうすればいいかわからないし、そもそもこの場所がどこなのかという疑問は未だ解決していない。
「油断するな! まだ終わってねぇっ!」
ルビー:カーバンクルの声にはっとする。
停止していたギアノロイドの目がチカチカと高速の明滅を繰り返す。体中の歯車が軋むような駆動音と共に、停止していた歯車が異常なまでの高速回転を始めた。アユム達がやっとの思いで歯車の間に挟み込んだ砂礫も、歯車の高速回転でむりやり引きちぎられている。
「ちくしょう! ヤツめ……ここら一帯を巻き込んで爆発するつもりだ!」
ルビー:カーバンクルが悲痛に叫んでいる。
ギアノロイドはアユム達を厄介な相手と認識し、自らの体共に道連れの大爆発を巻き起こすつもりらしい。さっきまで停止していたのは、爆発のための膨大なエネルギーを溜め込んでいたのである。
アユムの顔が青ざめる。もう……いよいよもう、打つ手がない。
アユムもイトミクも碌に動ける体力は残っていないし、ルビー:カーバンクル一人であの強大な機獣の大爆発を止める術はない。
ギアノロイドの瞳の明滅が加速する。赤とグレーの明滅が、終わりまでのカウントダウンに思えて、アユムは己の死を覚悟した。
しかしその時、凛とした声と共に上空から何者かが降り立った。
女性と、もう一人はなんだろう……RPGの勇者みたいな恰好をしている。中性的な容貌ではっきりしない。女性は開いた片手を前に向けて、つぶやく。
「イクシリア。《――影の二重太刀――》!」
女性の一言と同時に、勇者然とした人物が腕から黒い太刀を出現させ、ギアノロイドに対して一閃する。
「ギ……ギギ…………ガ、ギ…………」
一刀両断の撫で斬りにされたギアノロイドは壊れたラジオみたいな駆動音を発すると、動かなくなった。ギアノロイドの体は淡い光の粒となって、まるで小さいシャボン玉が空へ上ってはじけ飛ぶように、霧散して……消えてしまった。
「ふぅ……危ないとこだったわね。……で、何がどうなってるわけ?」
女性の言葉がそこまで聞こえて、アユムは自分の意識がだんだん遠ざかっていくのがわかって、視界が黒ずんでだんだん狭くなり……やがて目の前が真っ暗になった。